12
高速道路の完成により既に使われる事も少なくなった海岸沿いの道から、さらに外れた山の中。殆ど人が訪れないその場所に、巨大な瓦礫の山が出来上がっていた。
ほんの数分前までその瓦礫はパンドラの城と呼ばれる悪の組織の拠点であった筈だが、今となっては見る影すらない。
否、瓦礫の山を掻き分けるように一つの影が現れる。現れたのは人間は愚かこの世の生き物とすら思えない、とてつもなく醜く凶悪な見た目の化け物である。
「・・・・・・死ぬかと思った」
ブヨブヨと膨れた手で額を拭う。見た目に似合わぬ行動だが、化け物は人間ではなく化け物である事を忘れているかのようだった。
「痛! しまった、額にも目があったんだ」
額を拭うさなかうっかり額の目に触れてしまい化け物は蹲る。人間には額に目は無いが、化け物には額に目がある。咄嗟に変身したが故に化け物はそれを忘れていたのだ。
「バカみたいだな僕」
ふと化け物は自分自身の行動がバカげている事に気が付き大人しくなると、自分が掻き分け出てきた瓦礫の山を見返す。
所々に派手な色をした瓦礫や、金属も混じっているが原型が分からないほど見事に壊れた瓦礫である。
それを見た化け物は思わず噴き出してしまった。
「はっはっはっはっはっはっは!! 何だよあれ! 殴った拍子に建物崩壊で粉々って、昔のコントじゃないんだからさ!」
顎まで裂けた醜い口を大きく開き、山を揺らす程の大声で化け物は笑う。建物の崩落に巻き込まれ生き埋めになるなど、人間ならば笑いごとにならないどころか大惨事だが、文字通り化け物じみている彼にとっては笑いごとでしかない。
「ははははは・・・・・。ボスとその他二名は大丈夫かな? まあ、殴って柱を砕けるだけの怪人がこの程度で死ぬとも思えないけどね」
一通り笑い終えた化け物は思い出したかのように、ついさっき自分のボスとなった少女とその部下の身を案じた。いや、本格的に心配しているのはボスである少女の身だけだろう。
しかし彼は案じるだけで本格的に助けようとはしなかった。ただ何となく近くにあった瓦礫を噛み砕いてみる。
「不味い。けど食えるな」
味はせずジャリジャリとした感覚だけがする。だが彼の底なしの腹の足しにはなった。
化け物は次から次へと瓦礫を拾い上げそれを喰らっていく。彼にとっては軽いオヤツの様な感覚かもしれないが、食べている物と化け物の見た目が見た目だけに非常にグロテスクな光景である。
「やっぱりボスって相当な美少女だよな。あのパンチも考えようによってはご褒美かも・・・・」
バクバクとグロテスクな食事を続けながら、化け物は自分のボスである少女の事を考えていた。
ムッチリとした太股に豊満な胸、それに反してへっ込んだ腰。顔は表情が薄いながらも人形のように美しく、声はいつもは平坦だけど興奮するとものすごくエロくなる。最高じゃないか!!」
途中から考えが口に出てしまっていた。だが化け物はどうせ聞いている人間などいないと高を括り妄想を垂れ流していく。
「やっぱり膝枕は良いよね~。太股と下乳が良い。出来れば今度は耳掃除でもしてくれないかな~」
見た目に全く似合わぬ人間的な、俗な欲望を次々と化け物は垂れ流していた。そんな中でも手は休めることなく動き、喋る合間を縫うようにして瓦礫を口の中に放りこんでいく。
「よく考えたら僕ってかなり不幸だけど、同じぐらいの幸運をゲットできるかもね。上手く立ち回ればだけど」
満腹であると感じられる程に瓦礫を喰らった化け物は、今後の事を本格的に考えながら全身の力を抜いた。
「戻れっと」
化け物の体が蠢き、肉と肉とが喰らいあうように重なり合って人間の姿を形作っていく。
僅かな間をおいて化け物は人間の姿に戻っていた。
「さてと。ボスたちは未だかな~? まさか結構ダメージ受けてたりしてないよね?」
ふと頭によぎる不安。思い返せば先ほどの闘いにて金太は力を見せろと少女たちに言っておきながら、殆どの意識を自分の力の確認に回しており、少女たちの力については余り積極的に確認しようとはしていなかった。
特に耐久力と再生力においては、金太が攻撃を行っていないために未知数である。
「・・・・・・ギャグ補正って偉大なんだな~・・・」
現実を逃避するように金太は呟いた。自分にとっては笑いごとで済む事も、そもそも自分とはまったく異なる存在にとっては笑いごとで済まないかもしれないと、気がついたからだ。
だがそんな金太の考えは一瞬にして否定されてしまう。
「ヤージュゥゥゥ!!!! さっきから変な妄想を垂れ流してないで、速く助けなさいよ!!!」
すさまじい形相をした少女、というよりも蜂の様な姿をした怪人ビークイーンが瓦礫の山から飛び出して金太に襲いかかったからだ。
全身は瓦礫の砂と埃で汚れており、腕は既に両手が針に変化している。声も妖艶さ以上に怒りの感情が強く込められていた。
「え? ボス、聞いてた・・・・・」
自分の妄想を聞かれていた事に対する羞恥心を感じる前に、もっと強い衝撃に金太は襲われた。
ビークイーンの両手の針に胴体の中心をを貫かれ、腕の中ほどまで差し込まれたのだ。
そしてビークイーンは腕を金太の体に差し込んだまま少女の姿に戻ると、勢いよくそれを引き抜き大きく振って血を払った。
「金太。よくも私たちのアジトを、パンドラの箱を粉々にしてくれたわね。許さないんだから・・・・」
うって変って急に静かになった少女の声、だがその声に先ほど以上の怒りがこもっている事を金太は感じていた。
美しい少女に不似合いで、これ以上ないほど似合っているようにも見える血の汚れが金太に激しい恐怖を掻き立てた。
胴体に大きな穴を二つ開け、血をドクドクと流しながら金太は縮こまってしまう。
「いや、あれは、ですね・・・・・」
金太にも言い分はあった。だがそすらをも今の少女は言わせてくれないのだ。
ただニッコリと美しい笑顔を浮かべて少女は妖艶に囁く。
「とりあえずもう一回刺したら聞いてあげるわ」
今度は胸の中心に少女の針が突き刺さった。金太は唯目を閉じてその圧倒的な暴力に耐えているしかない。逆らえばさらなる暴力が襲いかかってくると本能で感じたからだ。
「・・・・・痛い。心と体が痛い・・・・・」
ある程度落ち着いたとはいえ、体に大きな穴が空く事も、そんな穴が空いて生きている事も金太にとっては異常だった。それだけで化け物であると自覚してしまい、嫌悪感を感じてしまう。
だが今の金太は嫌悪感こそ覚えても暴走はしなかった。
「はあ、すっきりした。ごめんなさいね金太。こうしないと落ち着いて話も出来ないだろうから」
平坦に戻っていく少女の声。その声の主が自分にとっての仲間であると心の奥で認め、心の支えとする事が出来たからだ。
「いえ、大丈夫ですよボス」
何度も何度も穴を開けられた結果、僅かな布を残し後は肌が見えるだけになったジャージに身を包み、金太は至って普通の表情でそう返した。
腹部の傷は既に治っている。
「とりあえず今後について話さないとね。でもその前に・・・・」
服に付いた砂埃を落としつつ平坦な声で話しながら、少女は自分が出てきた瓦礫の山に振り返る。
「出てきなさい南部、印辺。貴方達がこの程度で死ぬわけ無いでしょ?」
少女の声は至って普通の大きさだった。普通ならば瓦礫の中にいる人間には聞こえる訳がないだろう。
だが少女の声が山中に響いたとたん、二つの影が瓦礫の中から飛び出してくる。
「はっはっはっはっは! すいません姉御。今後の上下関係のために有田の妄想を聞いてたかったんですよ!」
「ははは、ふと、もも! ひざ、まくら・・・・。最高だ!」
大笑いしているカミキラーは腹を抱えながら線の細い男である南部の姿に戻る。壺に入った様子のビートラーは笑いすぎてまともな言葉を発せられないながらも、何とか屈強な男印辺の姿に戻った。
二人とも少女と同じように砂ぼこりに塗れているが、目立った傷は無い。どうやら耐久力にも優れているのだろう。
だが無事な様子で笑っている二人を見て、金太の顔が赤くなる。いや、赤くなったかと思えばすぐに血の気が引いて蒼くなった。
「まさか、聞いてたんですか・・・・・・」
がくがくと膝は震え、目も落ち着きなく四方八方を見回しながら金太は尋ねた。一様僅かばかりの希望は持っているようだが、既に半分以上諦めているようでもある。
「そりゃー、もちろん」
「全部」
「聞いてたわよ」
南部、印辺、少女の順番で彼らは金太を絶望の淵に追いやる言葉を発した。
それを聞いた金太は膝を付き、上半身裸に近い体が汚れるのも厭わず地面に倒れてしまう。
「さっ、最悪だ。終わったよ僕の青春・・・・・・・」
金太は絶望していた。自分の妄想をその妄想の対象と取り巻きに聞かれていたからだ。
しかしそんな金太に対し、少女はさらなる追い打ちを加えていく。
「とりあえず金太。貴方は私に借金が二十億円あるから、働いて返してよね」
「ブハッ! なぜに!」
自分が一生を掛けても返せないほどの借金を付きつけられて、金太は地面に倒れた体を大きく揺さぶった。
だが少女は瓦礫の山を指さしながら話を続けていく。
「私のアジトを壊した分と車とそのた諸々の精神的苦痛の総額よ。むしろ仲間だから大負けに負けてあげてるのよ感謝しなさい」
出来るか! と叫びそうになったのを金太は必死に抑え込んだ。
ボロボロになった建物、それも不法に占拠していたであろう存在に払う額としては明らかな暴利だからだ。
「原価償却とかは計算に入れてますか?」
「何それ知らないわ」
明らかに知っている様子だが、少女は華麗に恍けてみせる。
「ひどいもんだな全く。ブラック企業どころかとんだ悪徳業者だよ」
などと言いつつも、どうにか言い訳に出来る部分を見つけて少しでも金額を減らそうと、金太は自分が暴れた時の様子を思い返していた。
「まあよかったじゃないか有田。借金を返しきるまではうちで働かないといけないから、姉御と一緒にいられるぞ」
「耳掃除もお嬢に頼み込めばやって貰えるかもな」
真剣に考えている金太を余所に、南部と印辺はそれぞれ他人事と思ってか、笑いながら金太をいじっていた。
そんな彼らを見ていると、何やら黒いものが金太の中に浮かんでくると同時に、すさまじい速さで金太の頭は回った。
「分かりましたよ。二十億円、返しますよ」
でも、と金太は神妙な顔つきで呟く。
「南部さんと印辺さんも僕と同罪ですよね?」
少女を刺激しないために、あえて少女の名前は挙げなかった。
だが急に名前を挙げられた二人は慌てた様子である。
「ちょっと待て! どうしてそうなるんだよ! 暴れてからアジトを壊したのはお前だろ!」
南部は金太に掴みかかりながらそう言うが、金太はそれを軽く流していく。
「そうですか? 確かに初めに暴れたのは僕ですけど、壊れた直接の原因は二人にもあると思いますよ」
「「何!!」」
南部と印辺、二人の声が重なった。金太は構わず続けていく。
「多分あの建物が壊れた原因は、駐車場になっている一階部分を支えている柱が壊れたからだと思うんですけど、誰がその柱を壊しました?」
金太の言葉に場が固まった。
確かにあの時一階を支えている柱を複数破壊されたパンドラの箱は、自重を支えきれなくなって崩壊した。
だが事柱を壊した事においては、金太が破壊したのは一本でしかない。
「確かカミキラーさんは自分の能力を見せ付けるためだけに、柱を壊しましたよね~?」
「ははは、そういう事もあったな・・・・・」
言い訳のしようがない南部は、突き刺さるような周囲の視線に必死に耐えながら苦虫を噛み砕いた様な顔をしている。
「ビートラーさんも、パンチの威力は凄かったですけど、狙いをよく考えて欲しいです。吹き飛んだ余波で柱がボンですよ」
「待て。あれはお前がお嬢を笑ったからでだな。第一吹き飛んだのはお前だろう」
印辺も同じような顔をしながら、弁解を図った。だが金太は笑いながらその弁解にさらなる追撃を加える。
「でも、吹き飛ばしたのは印辺さんですよね?」
「・・・・・そうだ」
勘弁したのか印辺はそうとだけ言って俯いてしまう。
二人の様子に満足したのか、金太は少女の方を向いて白々しい口を叩く。
「という訳ですボス。責任と借金は、僕たち三人で、分けて下さい」
あえて三人の部分を強調しながら金太は言った。少女を外すことで恩を売り、少しでも自分が優位に立とうとしているのだ。
「そうね、分かったわ。一人十億ずつにしてあげる」
少女もそれが分かり、同時に自分にも過失がある事を悟ったので、大人しく金太の思い通りの采配を下した。
それを聞き金太は満足げに笑う。
「てな訳です南部さん、印辺さん。借金あるもの同士頑張りましょう」
完全に金太に優位にたたれた二人は、唯それに頷くしかなかった。
「分かった」
「てかあのホテルかなりの手抜き工事の筈だったから二十億もしな・・・・」
余計な事を口にしかけた南部に印辺の拳が突き刺さる。
「頑張ろうな」
涙と苦笑いを浮かべながら南部はそう言った。
「さてと金太。とりあえず貴方の住所を言いなさい」
「え?」
不意に思ってもいなかった事を聞かれて金太が間抜けな声を出す。
だが少女は構わずに話を続けていく。
「鈍いわね。アジトをつぶした責任として、暫く貴方の家をアジトにさせてもらうのよ」
「ええぇぇぇぇえええええええ!!!!!!」
突如として命じられた自宅への帰還命令に、金太は山が震えるほどの大声を上げ驚愕した。
あれほどの事をした自宅に戻っても、碌な目に合わないのは火を見るよりも明らかだからだ。
「うるさいわね。これはボスの命令よ」
だが少女は金太の事情など知った様子で無く、命令を出してくる。反論しても撤回はさせれないだろう。
「その、少しですね。・・・・事情が悪いというか、何というか・・・・」
だがそれでも、最低限の言い訳を並べてみた。
その程度で少女が自分の意見を曲げないのは既に悟っている。だが何かしらの反抗はしたかったのだ。
「大丈夫。私の能力を使えば問題ないわ」
不安そうな金太に対し少女は無表情ながらも、自信に溢れた顔をして見せた。
「お腹が減ったわね」
「え?」
不意に少女の腹がなった。




