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果て無く続く海岸線沿いの道なり。高速道路の完成により使われる事も少なくなったその道を、一台の車が走っていた。

 

 車内には4人の人間いや、4人の人間の姿をした何かが乗っている。

「・・・・・もうすぐ着くぞ」

 一人は運転に集中している。

「・・・・・ああ、そうですか・・・・・・」

 もう一人は助手席で煙草をくわえて狸寝入りに励んでいる。

 二人の声は後の二人には聞こえていない。


 後の二人は後部座席に座っていた。いや、座るというのは正しくない。

 片方が膝枕をしており、もう片方がされているのだ。

「二回も刺すなんてひどいじゃないですか! やっぱりブラックですよここ!」

 膝枕をされている男は胴というよりも身に纏ったボロボロのジャージに、大きな穴が二つ空いた状態でそう言った。

 不思議な事に服はボロボロなのだが、その下にある肉体には傷一つ付いていない。

「いいじゃない別に。大した事ないみたいだし、ボスの名を笑った報いよ」

 膝枕をしている少女は済ました顔で、平坦な声でそう言ったがその両者には確かな怒りの感情が込められていた。

 実際彼女の右手は依然として太い針のままであり、いつでも追撃を放てる状態にある。

「いや、確かにそれは謝りますけど。せっかく手に入れた貴重で強大な新戦力を、いきなり失う事になってたかもしれないんですよ!」

 膝枕をされている男、有田金太もまた怒りの感情を込めた声で抗議する。

 だが少女は済ました顔を崩さない。それどころか針と化した右手すら戻してはいない。

「失ってないからいいわ。それに貴方の能力もある程度把握できたしね」

「え?」

 ふと口にした間抜けな言葉。だが金太もまた直ぐに少女の言葉の意味を理解した。

「なるほど。とりあえず僕は腹を二回、そんなデカイ針に刺されても無事なだけの生命力と、すぐに傷が治るだけの回復力があるってことは分かりましたね」

 そう、今の今まで余り痛みは感じず、またこれまでとんでもない事が多すぎたために気がつかなかったのだが、普通なら胴体を二回も巨大な針に貫かれて無事な訳がないのだ。

 だが今の金太は無事である。それどころか痛みも余り感じず、貫かれた体も一瞬で再生してしまっている。

「ええ。もっとも、あの侍に胴を貫かれて生きてた時点で、なんとなく予想は出来たのだけどね」

 不敵な笑みを浮かべて、少女は腕を戻した。

 本人は知らない事だが、金太は侍に胴を貫かれた状態で侍を食い殺したのだ。

 さらにこれも知らない事だが、この車の中に連れ込まれる際にも頭を巨大な針で貫かれている。

「・・・・だったら別に貫かなくてもいいじゃないですか! 怖いんですよあれ! 精神が抉られるんですよ!」

「人間の姿でも同じことが出来るかどうかは分からないし、やっぱり自分で直に確かめてみたいじゃない」

 恐ろしい事を口にする少女だ。 仮にも自分の部下になったばかりの金太の体で、人体実験を行ったのだ。

 金太はそれを悟り、またこれ以上抗議しても無駄であると悟った。

「はあ、もういいです。とりあえずこれから世話になるみたいですし、余り関係を悪くしたくはないので」

「物分かりが良いのね。嫌いじゃないわ」

「どうも・・・・・」

 そう言って金太は少女の心地よい太股に意識を沈めていく。

 だがその心地よさは長くは続かなかった。

「寝たらだめよ。もうすぐ着くからね」

「え? アジトにですか?」

 不意に金太は目を開くと起き上がり、車外を見た。

 余談だが目を覚ましてから一時間近く経つのに、少女の太股から顔を離したのはこの時が初めてである。

 車は海岸線沿いの道を外れ、山の中に向かっていた。

「ええ。私たちのアジト、パンドラの箱よ」

「ははは、そうですか・・・・」

 相変わらず中二病的なセンスだと、口に出そうなのを必死に抑えた。



「ほら、あれだよあれ、あの城だ」

 不意に狸寝入りをしていた南部が目を覚ますと、山中にあるアジトと思われる建物を指さした。

 だが金太はそれを見て絶句する。

「・・・・あれってどう見ても潰れたラブ「それ以上は言うな」はい」

 危険な事を口に出しかけた金太を、南部は慌てて制止した。

 だが国道から離れた山中にある、城のような建物など一つしか金太は思い当たらない。そして今の南部の発言からすれば当たりだろう。

「あそこは元々パンドラの箱って言う名前で、うちが経営してたのよ」

 少女は城のような建物を指さして、誇らしげに言った。

 だが金太はその言葉の意味を理解できない。

「え? どいうこと?」

 そんな金太を見かねたのか、今度は運転に集中していた筈の印辺が口を開いた。

「お嬢の家はここらじゃ名の知れた名家だったんだ。他にも幾つもレストランや休憩所を海岸線沿いに経営していてな、俺もそこでコックとして働いていたんだ」

「そっ、そうなんですか。すっ、凄いですね」

 急に口を開いた印辺に驚き、衝撃の事実に驚きながらも金太はなぜ先ほど、高速道路について口にしたときに少女が自分を刺したのか理解した。

「まあ全部、高速が出来て車が下道を走らなくなったせいで潰れたんだけどな」

 そう言った南部の後頭部に少女の拳が突き刺さった。

 南部の頭は大きく吹き飛んで、車のフロントガラスに直撃する。

「南部~? 嘘を言ったら駄目よ。潰れたんじゃなくて、休業してるだけでしょ?」

 少女の声は妖艶ながらも怒りを含んでいる。どうやら感情が高ぶるとキャラが変わるのだろう。

 金太がそう思った時には南部は助手席の上で器用に土下座していた。

「すいません姉御。俺が間違ってました」

「次は無いわよ?」

「肝に銘じます」

 そんな二人のやりとりを余所に、フロントガラスにヒビが入った車は城のような建物の駐車場に入っていった。






「へー、意外と広いんですね中は」

 車からか降りた金太は体を伸ばしながら周囲を見回し、感心したようにそう言った。

 城のような建物は一階がそのまま駐車場になっており、二階から上が部屋になっているようである。

「あら。こんな所に来たのは初めてかしら?」

 少女は平坦な声でわざとらしく意地悪な事を尋ねる。

「それは、もちろん・・・・・・」

 顔を赤くした金太は言い淀んでしまった。

 そんな金太を見かねたのか、南部が助け船を出す。

「まあまあ、それよりも姉御。今後の予定について話さないと」

「南部さん・・・・・」 

 意外と気がきく性格なのだと、金太は自分の中で南部の評価を上げた。

 南部はそんな金太を見て軽くウィンクする。

「それもそうね。とりあえず金太、変身しなさい」

「え? いきなり、ですか?」

 突如として命じられて変身に、金太は体を強張らせる。

 自分の思い通りに姿を変えられる事は知っているが、変わった後で体が自分の意識を殺して動くことも知っているからだ。

 自分では記憶にないが、仮にも人間である侍を食い殺したという事を聞いて、自然と変わる事に恐怖を抱いていた。

「大丈夫だ。俺たちならお前が暴れても止められる」

 印辺は金太を落ち着かせようと肩に手を置きそう言った。

 その手は力強く、頼りがいを感じられる。

「・・・・・本当に、大丈夫なんですよね?」

 だが金太は依然として恐怖を消せなかった。

 暴走した金太に意識はない。無意識の内にとんでもない事をしてしまうのが何よりも怖く、最も性質が悪いからだ。

「ボスを信じるのも部下の役目よ。そんなに心配なら、私たちの力から先に見せてあげるわ」

 少女は腕を高く上げ、勢いよくそれを振り下ろし叫んだ。

「変身!」

 少女の姿は変わっていく。人間から人間ではない何か、怪人へとだ。

 服の上から全身が外骨格に覆われたかと思えば、一瞬でそれが落ち着いて形が整っていく。

 僅かな間に少女は蜂を模した怪人となっていた。

「どう、これが私の真の姿ビークイーンよ。 美しいでしょ?」

 妖艶な声で、誇るように少女は言う。

 実際背中に映えた半透明な羽は暗い駐車場内でも確かな輝きを放っており、全身の色鮮やかな黒と黄色の鎧のような外骨格と合わさってとても様になった。

 頭も蜂の目の部分が装飾品の様に着いた兜の様であり、目の部分はバイザーの様になっている。口の部分も蜂の口を模したスマートなパーツが付いているだけで人間と大差がない。

 本物の化け物である金太と比較すれば余りに美しく、カッコいい姿であった。

「確かに、そうですね・・・・・・」

 自分の中に目覚めつつあった黒い感情に気づきながら、金太はそれだけを口にする。

 自分よりも遥かに精悍な見た目の怪人である少女に嫉妬を覚えているのだ。

「へっへっへ。次は俺だな!」

 南部もまた腕を大きく振りかざし、叫んだ。

「変身ってな!」

 少女と同じように南部の体も服の上から外骨格に覆われていく。

 そして瞬時に落ち着くと怪人の姿になっていた。

「俺の名はカミキリパンドラ、カミキラーだぜ!」

 誇らしげに南部は自分のコードネームを口にした。

 その姿はモチーフがモチーフだけに少女のそれよりも禍々しいが、青みがかった黒色の全身の外骨格と羽根を覆う装甲が美しくもある。

 顔も長い触角と少女よりも強大で屈強そうな顎が口の部分に付いているが、兜を模した頭部にバイザー状の目と頭の虫の目は共通しており、やはり金太の変身後の姿よりも美しかった。

「・・・・・・・本当に、あんたらは・・・・」

 どんどんと黒い感情が金太の中で膨れ上がっていく。

 少しでも気を抜けばその感情に飲み込まれてしまうだろう。

 金太はそれを押さえるので必死だった。

「最後は俺か」

 印辺は静かにそう言って変わった。

 前の二人の様に大きく手を振り上げ、かざす事もせず静かに変身と呟いただけだったが、変わり方は同じだった。

 全身を外骨格が覆うと、一瞬にして落ち着いて姿が変わっていた。

「カブトパンドラ、ビートラーだ。よろしく頼む」

 二人よりもふた周り程大きな怪人となった印辺は、静かにそう言って金太を見た。

 全身が茶色い鎧のような外骨格で、背中には装甲の付いた羽がある所は南部と共通だが、二人よりも遥かに強靭なその体からは圧倒的な力と逞しさが見て取れる。

 頭部もカブトムシの角が生えた兜の様で、バイザー状の目がとても映えてカッコがいい。

 それを見た金太はいよいよ限界が来た。

「良いよな~あんたらわさ。なんだかんだいってそんなにカッコよくて」

「ちょっと、どうしたのよ金太?」 

 突然態度を変えた金太に少女、ビークイーンが尋ねるが金太はそれを無視して話を続けていく。

 明らかに何かがおかしい金太に、少女はえも知れぬ恐怖を覚えた。

「あんたらは朝の特撮にだって出れそうじゃないか。え! そしたらきっと人気が出て、フィギュアだって作られるよ」

 そこまで言って金太は変わる。先ほどまで強く抵抗があった筈の化け物の姿にだ。

「僕なんて、僕なんて、此れだぞ此れ! こんなのが朝から出てきたら子供はマジ泣き、P0Aは大激怒で抗議の電話が鳴りっぱなしで番組はお終いだ!」

 三つある金太の目が、それぞれビークイーン、カミキラー、ビートラーを睨みつける。その目は憎たらしげにギラギラと光っており、見る者に恐怖を与えた。

「おいヤージュ、落ち着け。落ち着くんだ」

「俺たちはお前の敵じゃない。味方だぞ」

 カミキラーとビートラーがそれぞれ必死に呼びかけるが、金太は気にも留めない。

 今の金太は黒い感情にのまれてしまっているのだ。故に他を気遣うだけの余裕は無い。唯自分の感情を処理したいだけである。

「僕は落ち着いてるよ。唯ちょっと、イライラしてるだけさ」

 金太の口が大きく開かれる。顎まで裂けた口の中には、見ているだけで気味が悪くなる粘ついた液体が蓄えられており、悪臭を放っていた。

「ちょっとヤージュ。その液体をどうにかしなさい。臭いじゃない」

 ビークイーンはそう言って鼻にあたる部分を左手で覆った。

 カミキラーとビートラーも同じように鼻にあたる部分を覆っている。

 それを見た金太は口に含んだ液体を勢いよく、三人の近くにある柱に吹き掛けた。

「どうです僕の能力は? この液体を浴びると、どんな物でも跡形もなく溶けちゃうんですよ」

 愉快そうに笑う金太。

 金太が吐き出した液体を浴びた柱は浴びた部分から下が跡形もなく消滅しており、付着した床はアスファルトやその下の土まで溶かしていた。

 それを見てビークイーンをはじめとした三人は、一斉に体を強張らせる。

「ヤージュあなた本気なの?」

「本気ですよ。ボスの本気が本気で見たいです!」

 ビークイーンの言葉に対し、愉快そうに軽口を叩いて見せる。

「後悔するぞ」

「負けフラグですねそれ」

 カミキラーに対しても軽口を叩くと、体をウネウネと動かし始めた。

「いきなり関係を悪化させたくは無いのだが」

「僕もそう思ってましたよ。でも何だか止まらないんですよね~体が」

 ビートラーに対しても愉快そうに軽口を叩いた金太は、突然動くのを辞め、三つの目をそれぞれ三人に向けて叫ぶ。




「さあボスと愉快な仲間さんたち、新入りの力を見たいのなら直接体験していって下さいよ!」

 獣のような叫びを上げ、アスファルトを踏みぬくと全身の触手が牙をむき、目の前にいる三人を狙って構えられる。

 金太は本気だ。

「・・・・・仕方がないわ。もとからこうするつもりだったし、少しだけ付き合ってあげる」

「新人に先輩の実力って奴を見せてやるよ!」

「ここでお前を止められなければ、お前は俺たちに使える駒ではないだろうな」

 三人もまた一斉に身構えると、金太に対峙した。



 暗い城の中で化け物と怪人の闘いが始まろうとしている。

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