遭遇
嫌な湿気と暑さがまとわりつく。薄い半袖シャツの上に、透明な重い衣を羽織っている心地がしていた。
俺は高校近くの大通りを歩いていた。今日は夏休みが始まって四日目。塾の講習さえなければ、暑くて空気の悪い大通り沿いなど歩かない。
生まれてこのかた、俺の住む場所はここ「東京から快速列車で二時間ほどかかる某田舎県」だ。中心地から少々離れた場所に自宅があり、近頃は夜になると蛙の大合唱を聞ける。そんな俺にとって、中心地の大通りは落ち着かない、疲れを感じさせられる場所なのだ。
前の方から、同じ高校の制服を着た少女が歩いてくる。俺はちらりと顔を確認した。いつも通り、誰だかはわからない。俺は祈るように視線を女子高生からそらした。しかし、相手の女子高生は俺の顔を見るなり、気がついたような視線をよこした。
「あ、後藤くん」
ああしまった、と思いながら俺は憂鬱な気分で振り返える。知人だとは全く気がつかなかった。
俺は改めて少女の顔を見る。
肩で中断されるようにぷっつりとカットされた、あらゆる装飾を拒みそうな黒髪。鼻は低く、唇は小さい。平凡な造形をした丸い目は、人が良さそうだ。黒く太いフレームの眼鏡が、薄い印象の顔の中で目立っている。
クラスメイトだろうか。全く気づかなかったからといって、違うと断言はできない。
同じクラスの同級生でも、名前と顔が一致するのに三ヶ月かかる。そしてきまって、覚えた頃に夏休みに突入するのだ。一ヶ月半も過ぎれば、印象が強かったり特によく話したりという人以外、簡単に忘れる。
……ああ、夏休みなどなければいいのに、とまで思ったがその思いは振り払う。夏休みがなくなったら、さすがに困る。
「千秋ちゃん、その人、誰?」
麦わら帽子をかぶった女が、知り合いらしい女子高生に話しかける。おそらく、彼女の連れだろう。
「あのね、ひとつ前の席の人なの。時々消しゴム借りる感じの……」
俺の後ろの席だったのか! と少々頭を抱えたい気持ちになる。相変わらず、記憶があてにならない。俺の気持ちが不快にざわつく。
「千秋ちゃん、よく忘れ物するもんね、今もそうなんだ」
連れの女の笑いを含んだ声を、俺はおれはうわごとのように耳に入れていた。
この不得手がきっかけで中学生の頃には、部活の上級生に「挨拶をしない生意気な下級生」として無視された。今回の相手はあまり心配していないが、また今回も「無視しようとした」と誤解されてはいないか?
「え、う、うん」
「ほんと、昔からうっかりしてるもんね」
連れはまるで俺などいないように話を進める。
そのとき、トラックがスピードを上げて俺たちの横を走っていった。女の麦わら帽子が吹き飛ばされる。
そのとき、俺は今まで大して気にしていなかった、連れの女の顔に釘づけとなった。