異説鬼退治Ⅲ①
この小説は前作『異説鬼退治Ⅱ』の続編となっております。前作をお読みいただかなくても話は理解できるようになっておりますが、より深く理解されるために前作をお読みいただくことをお勧めいたします。では、ドタバタ活劇『異説鬼退治Ⅲ』をお楽しみください。
むかしむかし、あるところに桃太郎という少年がいました。
桃太郎は三匹の下僕とともに毎日借金を返すために働いていました。
ある日のことです。桃太郎が川に洗濯に行くと、川上からどんぶらこどんぶらこと、お爺さんとお婆さんが流れてきました。よくあることなので、全然驚きません。
お爺さんとお婆さんは桃太郎の手前まで来ると、両足からジェット噴射をして中空に浮かび上がりました。さすがの桃太郎も引きつります。
しばらくして、がしゃんという音とともに着地すると
「オオ、ココ二降臨セシコトヲ感謝イタシマス。あーめん」
「グフフ、ココ二漂着セシコトヲ激写イタシマス。がっでむ」
と耳障りな音声でお爺さんとお婆さんはのたまいました。お婆さんは既に頭脳に異常をきたしているようですが、いつもと変わりないので放っておいても問題はないでしょう。
桃太郎は戸惑います。
それもそのはず。
耳にあたる部分からは大きなネジが生えており、両目は光を放っているからです。さらに、皮膚は薄暗い緑色でした。二人はそろって音声を発します。
「こーど認識。対象ヲ桃太郎ト認定。コレヨリ日常生活へ入ル」
「お爺さん? お婆さん? 一体どうしちゃったのさ?」
桃太郎が上ずった声でロボ化したお爺さんとお婆さんに問いかけます。
確か、二人はあの事件(異説鬼退治Ⅱ参照)で逮捕され、牢獄暮らしのはずです。
「桃太郎、コレハワシラノ罪ノ証ジャ。最高裁カラ、二度トろりすとーきんぐガ出来ヌヨウニ機械化サレタノジャ」
「桃太郎、今マデスマナンダ。爺ト婆ハ心ヲ入レ替エテコレカラハ真面目二生キテイクコトヲ誓ウ」
桃太郎は内心驚きました。
何だかんだでまともになっています。
というか、ロボ化する前と比べたら天と地の差です。これは最新鋭の科学技術に感謝しなければなりませんね。
桃太郎は歓喜の涙を流しそうになりました。
やっとこれで。
求めていた平凡な日常生活を送ることが出来る。
そんな誰もが当然すぎて抱かないような願いがついに叶うのです。
「お爺さん、お婆さん。いいんだよ、そんなに自分を責めなくても。うん、間違いは誰にだってあるし、これからは三人一緒に頑張ろう」
「桃太郎ヨ、コレカラハ力ヲ合ワセテ暮ラシテイコウデハナイカ」
晴れ渡る空は桃太郎の心境を示すがごとく。
三人は一緒に歩いて家に戻りました。
家に戻ると、桃太郎は三匹の下僕にお爺さんとお婆さんが戻ってきたことを告げました。
桃太郎はとりあえずリビングに三匹の下僕を集めます。
犬のダイゴロウとキジのポアロは帰ってきた二人に挨拶はしたものの
「何だこの怪生物は?」
的な目でロボお爺さんとロボお婆さんを見ています。もちろん、主に仇為すようならばと警戒は解いていません。
メタボになりかけているサルのホームズは、相も変わらずリビングのソファに寝転がって、みたらし団子を食べながら漫画雑誌を読んでいます。もちろん、帰ってきたお爺さんとお婆さんに挨拶なぞするわけがありません。
「ほら、ホームズ。ちゃんとお爺さんとお婆さんに挨拶しないと」
桃太郎の声に応えて、しぶしぶと立ち上がります。
そして、みたらし団子の串をお婆さんに投げつけました。それはお婆さんの額に当たって、かちんという乾いた音をたてます。
その瞬間、ホームズとロボお爺さん以外の誰もが直感しました。
これはやばい、と。
数秒後にはリビングは火の嵐で埋め尽くされると誰もが予想したのです。
しかし
「コレコレ、オイタハイケマセンヨ」
お婆さんは優しくホームズの頭を撫でます。
いや、いつも通りグレネードランチャーぶっ放してもいいんですよ?
桃太郎はダイゴロウとポアロに命じて、すぐにホームズを冷蔵庫に監禁させました。この穏やかさは逆に不気味です。
「ああああ、あのね、お婆さん。ごめんなさい、躾ができてなくて」
桃太郎は焦りながら謝ります。
借金がたくさんあるのに、その上お婆さんがキレて家が一個消し飛んだら、リアルに草を食んで生きるしか術がなくなりますから。
「ヨイノジャ。オイタハツキモノ。桃太郎、寛大ナ心ヲ忘レテハナラヌゾ」
との有難いお言葉が降臨しました。
桃太郎は胸をなでおろします。
「お爺さん、お婆さん。とりあえず、お昼ご飯作るから、部屋で待っててよ」
ああは言ったものの、きっと胸の内ではお婆さんは不機嫌に違いありません。それを少しでも和らげるためにも桃太郎は腕によりをかけて昼食を作ろうとしました。
しかし、やはりお爺さんとお婆さんの返事は桃太郎の予想を大きく裏切るものでした。
「イヤイヤ、ソレニハオヨバヌ。桃太郎、昼ハ婆ガ作ッテヤロウデハナイカ。ソウジャノ、すぱげてぃみーとそーすデヨイカ?」
「お婆さん? 無理しなくてもいいんだよ?」
「無理ナドシテオラヌ。サア、桃太郎ヤ。部屋デ勉強シテクルガヨイ」
桃太郎は思わず落涙しました。
こんなお婆さんがいればとずっと思っていたのです。
それがついに実現したのです。
常識人であることがこんなにありがたい。そのことを桃太郎は誰よりも実感していたのでした。
桃太郎はお爺さんとお婆さんの好意に甘え、部屋で宿題を片づけることにしました。
来年、桃太郎の通う大江戸高校では理系と文系のクラス分けがあるのです。希望のクラスに進むためにはテストで良い点を取らねばなりません。
加えて、先日の事件で背負い込んだ借金をどのように返すかを思案しなければなりませんでした。
しかし、このような重い難題が降りかかろうと大丈夫だと思ってました。何しろ、トラブルメーカーがもういないのですから。
平穏な日々は続きました。
それはまるで夢のようでした。
しかし、そんな神に祝福されたような桃太郎の日常は突然の来訪者によって終わりを告げることになるのです。