一
「つまらない・・・。」
遊羅は扇子で顔を扇ぎながら庭を眺めた。
軒先で頬杖をつく遊羅、とても美しい。
遊羅は溜め息をつき、庭にある池を眺め続けた。
溜め息が止まらない。
額から汗が流れて、桜色の頬を通る。
「遊羅様〜。」
浮ついた男の声が聞こえる。
遊羅はその声を聞くとさらに深くため息をついた。
そして、扇子で顔を覆った。
声の主は遊羅のもとに駆け寄った。
この、二十歳前後の腺病質な細身の男、名を館丸という。
この館丸という男、遊羅に首っ丈である。
しかし、当の遊羅はそんな気はさらさら無い。
「遊羅様。近にとても良い避暑地があるのです。一緒に参りませんか?」
遊羅は扇子をたたみ、扇子の先をあごにつけて言った。
「避暑地か。これ、アヤメ。」
遊羅がそういうと、奥に控えていた小柄な女の子が出てきた。
彼女の目はとても嬉しそうにきらきらとしている。
アヤメも遊羅にあこがれているのだ。
緋色の小袖を着ているアヤメはそばかすいっぱいの頬を赤らめて、遊羅の脇に膝をついた。
「御用ですか?遊羅姐さま。」
遊羅はアヤメを見るととても嬉しそうな顔をした。
嬉しそうというより微笑ましい顔つきだ、それはお釈迦様のように美しかった。
そんな、遊羅の表情に館丸もアヤメも心を揺らされる。
遊羅はアヤメをとても気に入っていた。
遊羅は気に入った侍女には自分のことを姐さまと呼ばせていた。
遊羅はアヤメを片時も放さない、いつも、自分の身のまわりにとどめさせている。
アヤメもそんな遊羅の気持ちがとても嬉しかった。
「アヤメや、お前涼しいところは好きか?」
遊羅はゆっくりとした調子でアヤメに問う。
「はい、今日は特にあつうございます。そのようなところがあったら行きとうございます。」
「そうか。」
遊羅はにっこりと笑って館丸のほうを見た。
館丸は自分の願いが聞き入れられたと思い口を開きかけた時だった。
「館丸殿。この私の大事なかわいいアヤメを避暑地に連れて行ってやってくれぬか?このような暑い所に置いておくには私には不憫で仕方が無いゆえ。」
「でっ、では、遊羅様もご一緒してはいかがです。せっかくですから。」
館丸は気まずそうに焦って口を開いた。
この会話を聞いているアヤメも気まずい表情だった。
唯一、遊羅だけが笑顔だった。
「私は十分涼しいゆえ、避暑地にいかなくても良い。そなたたち二人で涼んで来い。」
「でっ、ですが、遊羅姐さま・・・。」
アヤメが遠慮したいというような声色で口を開く。
そんなアヤメを見て遊羅はアヤメの赤く染まった頬を撫でながら言った。
「館丸殿はここが暑いから、避暑地に行きたいと申している。だから、私は大事なお客の館丸殿のお世話をしてきて欲しいと言っているのだ。お前が優秀な侍女だから。お前が帰ってくるまで私はずっとこうしているから心配するな。だから、行ってきなさい。」
すると、アヤメは嬉しそうに笑顔で彼女の言葉に頷いた。
その様子を見て、遊羅も嬉しそうな表情になる。
「と、言うことで館丸殿。よろしく頼みましたよ。」
館丸は意気消沈して遊羅の言葉に返事をして、アヤメを連れて屋敷を出た。
つまり、館丸は失恋したのだった。
この世界では一度でも遊羅に出かけの誘いを断られると、失恋を意味する。
館丸はこの日以来、遊羅の屋敷に現れることは無かった。




