英雄になぞ憧れるな
私は英雄が好きだった。
たった一人で悪の王に立ち向かい、最後には自らの命を犠牲にして国を救った英雄を。
「英雄になんて憧れないで」
母は英雄が嫌いだった。
私が英雄の話をするとぴしゃりと言う。
「そんなものになって何になるというの?」
私は母を睨む。
強く、強く。
「皆を救った」
「それがなに? 何で救う必要なんてあったの?」
「王の圧政に皆は苦しめられていた」
「国から逃れることだって出来た。だけど、皆は逃げなかった」
「逃げられない人たちだって居た」
私の言葉は真実だ。
身寄りのない子供はどう逃げればいい。
足の萎えた老人はどう逃げればいい。
そもそも、どこへ逃げれば良い?
国の外には法がない。
法がなければ人は死ぬ。
少なくとも、生きていくのはあまりにも厳しい世界しか広がっていないのだ。
それでも母は首を振る。
「逃げられない人のことを考えて何になるの」
カッとなって言い返す。
「自分たちが良ければ良いなんて。逃げられる人の事しか考えていないなんて、最低の人間だ」
母は口をつぐむ。
だけど、こんなの私の勝ちなんかではない。
*
私は父が嫌いだ。
私と母を遺して悪の王と相打ちになった父のことが。
「お父さんみたいな人になりなさい」
母は父が好きだった。
誰よりも。
「誰よりも優しい人になりなさい」
お墓の前で母は言う。
真心にほんの少しだけ嘘を込めて。
「わかった。英雄になる」
だから、少しだけ嫌がらせをする。
母はそれを理解して笑う。
「英雄にはならなくていいの。どうせ、そんな死に方をしても家族以外誰も覚えちゃいないんだから」
私は英雄が好きだった。
尊敬もしていた。
だけど、父が私達を捨ててでも英雄になったのを受け入れることが出来なかった。
「残される人のことを考える。そんな優しい人になって」
母の言葉は雨のようにお墓に降り注ぐばかりだった。




