初陣で幼馴染が全員死んだ。生き残ったのは俺だけだった
初めて支給された鎧は、思っていたよりもずっと重かった。
肩に食い込む革紐。
わずかに動くだけで鳴る金属音。
胸当ての内側にこもった熱が、じわりと肌を湿らせる。
革の匂いが鼻を刺し、鉄の冷たさが身体に貼りついて離れない。
腕を上げるだけでもぎこちない。
歩けば、遅れて自分の身体がついてくるような感覚がある。
――こんなものを着て、本当に戦えるのか。
鏡に映る自分の姿は、確かに兵士だった。
だがその顔は、どこか頼りなくて、今にも逃げ出しそうにも見えた。
「本当に兵士になったんだな……」
呟いてみても、実感は薄いままだった。
「ルーク、似合ってるじゃん」
背中を軽く叩かれ、振り向く。
リアムが、いつもの調子で笑っていた。
その笑顔を見た瞬間、少しだけ肩の力が抜ける。
「お前もな。……いよいよだな」
「ああ。いよいよだよ。俺たちの初陣だ」
リアムは胸を張っていた。
声はまったく震えていない。
昔からそうだ。
こいつは、こういうときに強い。
俺たちは五人。
同じ村で育ち、同じ夢を見て、同じように兵士になった。
ミナは村一番の俊足だった。
子どもの頃、誰も彼女に追いつけなかった。
一度、足を怪我したことがある。
それでも彼女は無理をして走ろうとして、結局その場に倒れ込んだ。
そのとき、リアムが怒鳴った。
「無理すんな! お前が走れなくなったら意味ねえだろ!」
ミナは悔しそうに歯を食いしばっていたが、最後には小さく頷いた。
それ以来、彼女は誰よりも自分の身体を理解して走るようになった。
リックは力自慢だった。
だが不器用で、訓練ではよく叱られていた。
盾の構えが遅い、と。
ある日、模擬戦で俺が攻撃を受けたとき、
本来なら防げたはずの一撃を、リックは間に合わなかった。
試合後、あいつはずっと俯いていた。
「……守れなかった」
その一言だけを、何度も繰り返していた。
それからリックは、人一倍盾の訓練をするようになった。
腕が震えても、倒れるまで構え続けていた。
サナは魔法の才能があった。
だが最初からうまくいっていたわけじゃない。
制御に失敗して、自分で自分を吹き飛ばしたこともある。
その日、サナは泣いていた。
「向いてないのかもしれない……」
そう言った彼女に、リアムは笑って言った。
「じゃあやめるか?」
サナは首を振った。
「やめない」
「なら大丈夫だ」
その一言で、サナはまた立ち上がった。
リアムは、いつもそうだった。
誰かが迷ったとき、迷いを断ち切る言葉を持っていた。
そして俺は――ルークは。
特別強いわけじゃない。
特別な才能もない。
でも、誰よりも努力した。
誰よりも遅くまで訓練場に残り、
誰よりも多く剣を振った。
手の皮が破れても、血が滲んでも、やめなかった。
「世界を平和にするんだ」
「魔王軍なんて、俺たちが倒す」
「村のみんなを守るんだ」
そんな青臭い夢を、俺たちは本気で信じていた。
――だから、ここにいる。
「連合軍第一陣、前へ!!」
号令が響く。
地面を蹴る音が一斉に重なり、鎧の音が鳴り響く。
走りながら、ふと違和感を覚えた。
静かすぎる。
風は吹いているのに、鳥の声がしない。
草のざわめきが、どこか重たい。
「……なあ」
言いかけたとき、前方に魔物の姿が見えた。
牙を剥き、唸り声を上げている。
――知っている。
訓練で何度も倒した相手だ。
「いける……!」
リアムが叫ぶ。
その声に引き上げられるように、俺たちは前へ出た。
剣が肉を裂く。
血が飛ぶ。
ミナの槍が喉を貫き、魔物が崩れ落ちる。
サナの魔法が炸裂し、焼けた匂いが広がる。
リックが盾を構え、仲間を守る。
身体が自然に動いていた。
訓練の通りに。
「やった……!」
誰かが叫ぶ。
「俺たち、戦えてる!」
胸が熱くなった。
努力は無駄じゃなかった。
ここまでやってきたことは、間違っていなかった。
ミナが笑う。
リックが拳を握る。
サナが涙ぐみながら頷く。
リアムが俺の肩を叩いた。
「ルーク、俺たち――」
そのときだった。
地鳴りがした。
足元が揺れる。
空気が震える。
嫌な音だった。
聞いたことのない、重く、深い振動。
視線を上げる。
黒い影が、地平線を埋めていた。
数が違う。
大きさが違う。
そして――距離がおかしい。
さっきまで遠くに見えていたはずなのに、
もう、すぐそこにいる。
「……嘘だろ……」
リアムの声が、初めて震えた。
次の瞬間、世界が壊れた。
何が起きたのかわからない。
前にいた兵士が、消えた。
音が、遅れて聞こえた。
肉が裂ける音。
骨が砕ける音。
血が、あとから降ってきた。
速い。
いや――違う。
認識が追いついていない。
ミナが吹き飛ばされるのが見えた。
次の瞬間には、もう地面に叩きつけられている。
動かない。
リックが叫びながら突っ込む。
だが、その動きが遅く見えた。
魔族の腕が伸びる。
気づいたときには、リックの胸に穴が空いていた。
サナが魔法を放とうとする。
詠唱の途中で、背後に影が現れる。
振り向く間もなく、その身体が裂けた。
「ルーク……!」
リアムが俺の腕を掴む。
その手は強かった。
いつもと同じはずなのに、なぜか遠く感じた。
「逃げ――」
最後まで言い切ることはなかった。
リアムの身体が、弾けた。
温かいものが顔にかかる。
赤い。
音が消えた。
何も聞こえない。
何も感じない。
ただ、立っていた。
剣を握ったまま。
動けなかった。
どれくらい時間が経ったのか、わからない。
気づけば、静かだった。
さっきまでの音が、すべて嘘のように消えていた。
魔族の姿はない。
風だけが、ゆっくりと吹いている。
足元を見る。
ミナがいた。
リックがいた。
サナがいた。
リアムがいた。
誰も動かない。
誰も、もう――。
俺はその場に座り込んだ。
鎧が、やけに重かった。
さっきよりも、ずっと。
呼吸が浅い。
手が震えている。
でも、涙は出なかった。
悲しみも、怒りも、何も湧いてこない。
ただ、無表情のまま、
幼馴染たちの亡骸を見つめていた。
努力した。
夢を見た。
未来を信じた。
でも――届かなかった。
風が吹く。
草が揺れる。
血の匂いが、まだ残っている。
俺は、リアムの手に触れた。
もう、冷たかった。
「……俺たちじゃ……無理だったんだな……」
声は、自分のものじゃないみたいだった。
剣が、手から落ちた。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
そして戦場の真ん中で、
俺はひとり、取り残された。




