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第四章 どこに足を置くのかー⑤

***


朝の光の中、石壁が近づいてきた。

遠目に見えていた白い影は、思っていたよりずっと大きい。積み上げられた石は均一で、継ぎ目がほとんどない。泥も苔もついていない。磨かれたみたいに、乾いている。

「大きいー…。」

セラが思わず呟く。

帝国の城門みたいな装飾はない。旗もない。彫刻もない。

ただ、まっすぐな壁。まっすぐな門。無駄がない。機能だけでできた建造物だった。

門前には、すでに列ができている。声が、少ない。代わりに聞こえるのは、紙をめくる音、乾いた足音だけ。

「……静かっすね。」

トナーが小声になる。自然と、全員の声量が落ちていた。

門兵が三人。

全員、同じ服。同じ装備。同じ姿勢。

鎧ではない。軽装。腰には剣より短い刃物と、革袋。袋の口から白い布と金属器具が覗いている。

「医療道具…?」

セラが小さく呟く。

武装より先に治療具。それだけで、この国らしかった。

「次。」

呼ばれる。ガルドが代表して前に出る。書類を渡し、門兵は無言で目を通す。

やけに速い。読むというより、確認。

「商会登録済み。滞在七日。物資検査不要。」

淡々。ぽん、と小さな札を置かれる。白い木札。焼き印で番号が打ってある。

「体調不良者は申し出るように。入領印だ。携帯必須。紛失時は再発行料。」

それだけ。帝国みたいに荷物を漁られない。質問もされない。

信用は「書類」と「記録」にあるらしい。

「次。」

ルミナが前に出る。視線が合う。冷たい目。敵意はない。ただの観察。

一瞬だけ、門兵の視線が右目で止まった。

眼帯。ほんの一拍。

「外傷か。」

感情ゼロの声。どき、と心臓が鳴る。何か言われると思った。止められるとか。問い詰められるとか。

でも。

「治療区画は第三街区。希望者は自費。滞在証提示が必要だ。」

それだけだった。もう次の人を見ている。興味が、ない。助けない。でも、見捨てもしない。

ただ、選べ、と言われただけ。札を渡される。軽い。

「……終わり?」

セラが小声で呟く。

「あっさりすぎない……?」

「帝国より早いですよね。」

ダンが苦笑する。門をくぐる。

石畳。乾いた音。こつ、と杖が鳴る。薬品みたいな、清潔な匂いが広がっている。

振り返る。湿原が、遠い。七日間の泥が、嘘みたいに小さい。

そして前には、白い街。まっすぐな道に、同じ高さの建物。

整いすぎていて、少し怖いくらいだった。

「……なんか……。」

セラがぽつり。

「ちゃんとしてる国って感じ。」

帝国とはまるで違う。

ここは、誓約領だ。


***


荷車が止まった。

「ここまでだな。」

ガルドが短く言う。それだけで、終わりだと分かった。

「……ありがとうございました。」

気づけば、ルミナは頭を下げていた。

「本当に。お役に立てたかどうかは分からないですけど……一緒に来れて、助かりました。」

少しだけ、笑う。湿原での七日間が、胸の奥をじんわり温めた。

トナーが照れくさそうに手を振る。

「いやいや、こっちも楽しかったっすよ!」

「助けられたの、何回もありますし。」

ミハリが小さく頷く。

「セラの声量とか特に。」

「どういう意味!?」

笑い。いつもの空気。

その後ろで、ダンがふっと目を細めた。

「……こちらこそ。」

穏やかな声。

「最初から、ぜんぶ込みの契約です。…それでも、十分すぎるほど助かりましたよ。」

軽く礼をして、ガルドの後を追った。

気づけば、黒い外套の男も歩き出している。

彼だけ、挨拶ができていない。

「あ…!」

慌てて追いかける。

呼び止めようにも名前すら知らなかった。

「お世話になりました…。それと、何て呼べば…?」

一瞬、眉が寄った。

「……アウレリオ。」

それだけ。

そのまま、人混みに消えた。

「……それだけ!?」

取り残される。

「ルミナー!置いてくよー!」

セラが手を振る。

「あ、待って!」

考える暇もない。ルミナは走り出した。


白い門の向こうで、商会の背中が小さくなっていく。七日間の泥と、笑い声と、焚き火の匂い。

すべてが、あっさりと遠ざかっていった。

「……行こ、セラ。」

前を向く。

石畳は、もう沈まない。

誓約領が、目の前に広がっていた。

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