表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/45

第三章 絡む意図ー⑤

***


同時刻、ステイラ南端、河沿いの旧倉庫街。人気の薄い石畳を、青い鎧の一団が無言で進んでいた。

ここ数日、同じような場所をいくつも回っている。廃倉庫、修理工房、密輸船、無許可の魔道具屋。通報、密告、裏帳簿。

怪しい情報を片端から潰してきた。だが成果は、ほとんどゼロだった。

「ここも空振りか。」

若い騎士が小さく舌打ちする。

昨日だけで三件。一昨日は四件。

どこも「怪しい」だけで、決定打がない。魔石は普通。刻印も規格内。証拠は何一つ出てこない。

「……妙だな。」

先頭を歩くオルフェンが呟く。鎧がわずかに鳴る。

「不具合は確かに起きている。だが、発生源だけが見つからん。」

「巧妙に隠しているのでは?」

横のイリスが静かに返す。

「かもしれん。」

オルフェンは短く答えたが、表情は硬い。巧妙に隠すにしては、痕跡がなさすぎる。まるで最初から存在しないかのように。

そのとき、先発隊の騎士が駆け寄った。

「隊長、こちらの倉庫から反応が出ました。魔石です。数も多い。」

「……ようやくか。」

疲労が滲んだ声だった。イリスが即座に手を上げる。

「突入準備。」

青騎士が散開する。呼吸が揃う。合図と同時に、扉が蹴破られた。中へ雪崩れ込む。

「制圧完了!」

抵抗はなかった。倉庫の中央に、木箱が積まれている。蓋を開ける。

魔石。未加工の原石、加工済みの補助石、用途不明の特殊形状。数十、いや百はある。

「当たりだ……!」

誰かが声を上げた。奥には簡易工房。刻印用の器具、設計図、試作品。帳簿まで揃っている。証拠としては十分すぎるほど、綺麗に。

「やっと捕まえたな……。」

安堵の空気が広がる。だが、オルフェンだけは動かなかった。視線が倉庫をゆっくりなぞる。

魔石の箱。整然と並びすぎている。

器具。片付けられすぎている。

設計図。机の上に、まるで展示品のように広げられている。

「……。」

胸の奥に、嫌な感触が残る。

「隊長?」

「……証拠が、揃いすぎている。」

「え?」

「隠す気がない配置だ。見つけてくれと言っているように見える。」

それは発見というより、提示に近かった。

騎士たちは顔を見合わせる。だが、ここまで追ってきてようやく掴んだ現場だ。疑う理由の方が薄い。

「ともかく押収だ。関係者は全員拘束しろ。」

命令は出た。作業が始まる。

この商会のリーダーらしき黒髪の女は、妙に落ち着き払った様子で、素直に両手を挙げて膝をついた。他の商会の人間たちも、大人しく縄に手を差し出した。暴れない。言い訳もしない。ただ、静かに従うだけ。

その様子が、余計にオルフェンの胸をざらつかせた。

「……隊長?」

イリスが隣に立つ。

「どう思われますか。」

オルフェンはしばらく黙り、短く息を吐いた。

「分からん。」

本当に分からなかった。ようやく掴んだはずなのに。勝ったはずなのに。なぜか、追い詰められているのは自分たちのような気がした。

「事情聴取だ。俺も行く。」

オルフェンは倉庫を後にした。

その背後で、拘束された黒髪の女が、ほんの一瞬だけ視線をある方向へ向けた。その方向には鳥がいて、女と視線があった瞬間飛び立っていく。青騎士たちは押収と拘束を手際よく進めていた。警戒も怠ってはいない。だが、その仕草はあまりに自然だった。

黒髪の女は青騎士の声に従いながら、鳥の羽音を確かに聞き届けた。


***


男の姿が奥へ消えると、店内はさらに静まり返った。紙をめくる音すら止んだ気がする。さっきまでどこかで聞こえていた生活の気配が、嘘みたいに消えていた。

「……ねえ。」

セラが小声で囁く。

「やっぱダメかな。」

「……まだ、分からない。」

ルミナは棚に並ぶ道具を眺めながら答えた。保存食、油布、予備紐、簡易浄水器。どれも旅慣れた商会が扱う品だ。無駄がない。選別されている。

ここなら、越えられる。理由のない確信だった。

奥から足音が戻ってくる。

男は変わらぬ微笑みを浮かべたまま、二人の前に立った。

「お待たせしました。」

声色は先ほどと同じ。柔らかく、丁寧で、角がない。

「現状、同行枠はすべて埋まっております。」

「……ですよね。」

セラが苦笑する。

「ですが。」

男が続けた。

「護衛や荷役とは別に、“臨時協力者”という形で契約する場合もございます。」

セラの顔がぱっと明るくなる。

「ほんとですか!?」

「はい。ただし、条件があります。」

「条件?」

「商会にとって明確な利益となる技能、もしくは専門性を提示していただくこと。」

声音は穏やかなまま。だが、言葉は冷静だった。

「単純労働でしたら既に足りております。危険地帯へ連れて行く以上、相応の理由が必要です。」

面接だ。ルミナはそう思った。

男の目が、自然な動作の中で二人を観察している。手の傷。靴底の減り。荷物の質。立ち方。呼吸。

値踏みされている。

「料理とか、雑用とか……。」

セラが言葉を探す。

「それだけでは、少々難しいかと。」

やんわりとした拒絶。責めていない。否定していない。ただ事実を述べているだけ。

だからこそ、逃げ道がない。

沈黙が落ちる。外の音が、やけに遠い。ここだけ、世界から切り離されているみたいだった。

「……他には?」

男が静かに問う。

「何か、専門的なご経験は。」

それはただの質問の形をしていた。だがルミナには、別の意味に聞こえた。

あなたは、何ができる。

あなたには、どんな価値がある。

胸の奥が、重く沈む。これ以上、隠していても進めない。

セラの横顔を見る。まだ何か言おうとしている。必死に別の案を探している。自分のために。

その姿に、胸が締め付けられた。

「……セラ。」

「ん?」

「……私。」

喉が少しだけ震えた。一瞬、迷う。

帝国内で名乗るのは賭けだ。灰色の魔術師が探されている今、危険でしかない。

それでも。ここを逃せば、もう道はない。最後の切り札を、出すしかない。

「……魔術、使えます。」

空気が、止まった気がした。奥の部屋で、かすかな物音が止む。男の瞳が、ほんの一瞬だけ、初めて感情を帯びた。

驚きでも警戒でもない。納得。そんな色だった。

「……魔術師、でいらっしゃる?」

「はい。湿原だし、大きな魔術は無理ですけど……補助とか、簡単な修理とかなら。」

嘘は言っていない。だが全部も言っていない。

男はゆっくり瞬きをした。それから、いつもの穏やかな笑みに戻る。

「……それは、貴重ですね。」

声が、わずかに低くなった。

「でしたら、契約の再検討が可能です。詳細を詰めましょう。」

その瞬間、ようやく話が始まった気がした。


***

商会を出ると、昼の光が思ったよりも強かった。さっきまで薄暗い店内にいたせいか、白く滲んで見える。

ルミナは目を細め、ゆっくりと息を吐いた。気づかないうちに、肩に力が入っていたらしい。

「……はぁー……」

隣でセラが大きく伸びをする。

「なんかさ、めちゃくちゃ緊張してたかも、私。」

「うん……私も。」

笑い合う。声に、やっといつもの柔らかさが戻っていた。

胸の奥に張りついていた重たいものが、少しだけ剥がれる。

通りは昼の賑わいを取り戻しつつあった。荷車がきしみ、港の方からは水夫の怒鳴り声が飛ぶ。パン屋の煙突からは香ばしい匂いが流れてくる。

朝のあの異様な静けさが、嘘みたいだった。

「よかったね、ルミナ。」

セラが言う。

「契約、いけたじゃん。」

「……うん。」

手の中の書類を見る。羊皮紙。帝国式の書式。商会印。通行許可番号。補助魔術師登録。

どれもきちんと整っている。整いすぎているくらいに。

名前を書いただけで、もう自分はこの商会の一員になっている。

不思議な感覚だった。昨日まで、どこにも属していなかったのに。

「これで、越えられるね。」

セラの声は、少し弾んでいる。

湿原。国境。誓約領。ずっと遠かった場所が、急に現実味を帯びてきた。

「明日、日の出前集合だっけ?」

「うん。だから今日はもう休もう。」

「賛成。私もう限界。」

セラが笑いながら腹をさする。

「お腹も減ったし、足も棒だし、頭も使いすぎたし。」

「全部だね。」

「全部。」

くだらない会話なのに、なぜか胸が温かくなる。

歩きながら、ふと周囲を見る。港の方角から、甲冑の擦れる音が遠ざかっていく。朝あれだけ目についた青騎士の姿が、ほとんどない。衛兵が二、三人いるだけだ。あの重たい鎧の青は、どこにも見当たらない。

「……あれ?」

「ん?」

「騎士、減ってない?」

「ほんとだ。どっか行ったのかな。」

「事件でもあったとか?」

「さあ。でもラッキーだね!」

セラは気にしていない。ルミナも、それ以上考えるのをやめた。今日はもう、追われていない。それだけで十分だった。

宿へ戻る道は、やけに短く感じた。石畳を踏む音が軽い。身体は朝よりも軽く、楽になっていた。

「湿原越えたらさ。」

セラが前を向いたまま言う。

「向こうってどんな街なんだろうね。」

「さあ。教会が多いって聞いたけど。」

「じゃあご飯まずそうー。」

「偏見。」

「だって質素なんでしょ?」

「……確かに。」

二人で吹き出す。未来の話を、こんなふうに笑ってできるのは久しぶりだった。

不安もある。追われているかもしれない。危険も多い。

それでも。

今だけは、ただの旅人だった。普通の二人だった。

宿が見えてくる。見慣れた扉。軋む看板。帰る場所があるというだけで、胸の奥がふっと緩む。

「今日は早く寝よ。」

「うん。」

「明日、がんばろ。」

「うん。」

短いやり取り。それだけで十分だった。

ルミナは小さく空を見上げる。薄い雲の向こうに、やわらかな陽射し。静かな午後。

何も起こらない、ただの一日。

このまま、何事もなく明日が来ればいいのに。そして、無事に湿原を越えられますように。

そんな、柄にもない願いが胸をよぎった。すぐに自分で苦笑する。うまくいきすぎている日は、だいたい後で痛い目を見るものだ。

それでも。今日くらいは、少しだけ期待してもいい気がした。

扉を押し開け、二人は宿の中へ戻った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ