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序章 砂に嚙まれる街ー②

***

門は開いていた。

だが、誰も立っていない。

人々は砂嵐から身を守るため、家に閉じこもっているのだろう。

街には乾いた風がどこか湿り気を帯び、地面に積もった砂を転がしていく。


「そこの人!」

突然、横から声が飛んできた。

振り返ると、頭に濡れた布を巻いた女性が半分身を隠すように家の戸口から覗いていた。

警戒する眼差しがルミナをさす。


「あ、何でしょうか…?私は旅をしている者なのですが…」

「砂嵐の後は外を歩いちゃダメだ。砂の中に悪いものが混ざるから。」

悪いもの。その言い方には迷信とも真実ともつかない重さがあった。

「隣町でも倒れる人が出たの。砂嵐の後に出てくる。最初は咳なんだけど、どんどん悪くなっていくの」


砂嵐には悪いものが混ざっている。それは地面に降り積もり、風と共に街へ広がる。

「ここらの街ではね、砂が肺に噛みついてくるって言うんだ。だから、家から出ちゃいけない。」

噛みつく。まるで砂が生きているかのような表現だが、女性の真剣な表情が真実だと語っている。


「お嬢ちゃんも気をつけな。早く宿に行くといい。この街に宿は一つしかないからさ。」

宿までの簡単な道順を教えた後、女性はすぐに家の中へ入った。

静まり返った街はまだ昼間なのに人の気配がない。


口元の布をしっかりあてて、歩き出す。

嵐が去った後にくる病の嵐。

サリ、サリ、と足元の砂が不吉なリズムを刻む。

歩き出したルミナの背を、閉ざされた家々の影がじっと見つめていた。



***

教えられた道順通りに進むと、街の外れに小さな宿があった。木製の看板は風に削られて文字が薄れ、扉の前にはうっすらと砂が積もっている。


扉を叩こうとして、内側でかすかな物音がした。

少し間をおいて、扉がゆっくりと開く。

中から顔を出したのは、皺の深い中年の男性だった。

「旅の、人かい?」

視線がルミナの足元へ落ちる。砂だらけの靴と外套を見て、眉をひそめた。

「砂嵐に遭ったのか…」

迷うような間があった。

この街では砂嵐の後の客はあまり歓迎されない。それはさっきの女性の言葉からも分かっていた。


「…部屋は開いていますか?」

ルミナがそう言うと、男は小さく息を吐き肩をすくめた。

「本当は、今はよその人を入れたくないんだが…」

それでも、扉を閉めることはしなかった。

「このまま放り出すのは後味が悪い。いいよ、入んな。2階の部屋が空いている。」

「ありがとうございます…!」

中へ通されると宿の中はひんやりと静かだった。木の床には砂が点々と落ちている。


「砂はあとで払っておくよ。とりあえず部屋に荷物置いてきな」

階段を上がった先にある小さな部屋に案内される。古いが、最低限の寝具は揃っている。

「食堂は一階だ。あとで、何か温かいもんを出そう。まずは身体を洗いな。」

その言葉に、張り詰めていた胸の奥が、少しだけ緩んだ。

「助かります……本当に」

男は軽く手を振る。

「この街じゃ、今はそれくらいしかできないからな」


***

揺れるランプの灯りが、安っぽい木のテーブルを黄色く照らしていた。

「旅の人かい?珍しいね、この辺じゃ」

皺の深い店主が皿を置く。ルミナは軽く会釈して、スープを口に運ぶ。

出された薄いスープは具もほとんどなかったが、空腹の胃にはありがたい。温かい料理はそれだけで緊張をほぐしてくれる。


「最近は物騒でね。隣の街じゃ病が出たらしくて。薬どころか食料も回ってこないもんで、困ったもんさ。」

一瞬、胸の内がざわついた。

病。死。失われる明日。

目を逸らしたい言葉ほど、右目の奥が熱を帯びていく。

「…ご家族は」

聞くつもりじゃなかった。強まっていく熱に気をとられないようにして、勝手に言葉が滑り出た。

「妻と娘が二人いてね。元気なもんさ。」

歯を見せて笑う店主は真っ直ぐでとても無防備だ。


———視界が揺れる

右目の裏で断片が走る。眼帯で覆われて何も見えないはずの右目に、とある情景が映し出される。キンッと耳鳴りがして、水の中のように音が籠る。現実から距離が遠くなり、右目に映る断片が鮮やかになる。意識が右目に引きずられ、映る断片に吸い寄せられる。


———荒い息遣いの男性。充血した目。止まらない咳。血の気の引いた顔。

————床に崩れる女性。泣いている二人の若い娘。

——————暗く淀んだ街。重い砂だけが通り過ぎていく。


「うっ…!」

胸がつっかえて吐き気がする。スプーンが震え、皿が小さく音をたてた。

思わず咳込むが不快な気分は少しも吐き出せない。

音に気が付いた店主が首を傾げた。

「どうした?大丈夫かい?」

むせ込んだように見えたのか、水をコップについでくれた。

返事をする余裕もなく、顔を俯けた。


大丈夫なはずが、ない。

見えた情景にいた男性はこの店主だ。周りにいた女性は恐らく店主の家族だろう。


この人は死ぬ。それも数日以内に。

温かい宿と食事をくれた、今もルミナを心配そうにみつめている店主は、もうまもなく死ぬのだ。


「…大丈夫です。ご心配をおかけしました。」

無理やり笑顔を貼り付ける。出してもらった食事を胃に流し込んで席を立つ。

感謝の言葉もそこそこに、部屋へすぐ戻った。店主の顔をまともに見られない。


部屋の扉を閉める。静かな部屋で立ち尽くす。

店主は隣街に来ているという流行り病で死ぬだろう。右目が指し示す未来は、現時点で最も可能性が高い未来を映し出す。

病はやってくる。未来は、店主の死が妥当だと言っている。あの温かい店主が、死ぬ未来がもうすぐ現実となる。


関わるべきではない。病はルミナのせいではない。

しかし、未来を知った者が何もしないことは、責任から逃れているのではないだろうか。


店主は優しかった。街の食料も少ない中、ルミナを宿に泊めてくれて食事まで出してくれた。

未来を変えるには対価が必要だ。店主が死なないために、誰を死なせるのか?


どうか明日ではありませんように。

そう願うことしか、今のルミナにはできなかった。


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