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第二章 二人で歩くー⑤

***


宿に戻り寝る支度を進める。やや歯切れの悪いセラの様子を気にかけつつ、ルミナは着替えを済ませてベッドに横になった。

明日、リュネスを出るつもりだ。セラの装備も整え、食料や水の確保もできた。謝礼でもらった火の魔道具は旅に出ればすぐ役に立つだろう。

ルミナはごろん、とセラがいる方へ寝返りをうった。セラはまだ荷物の整理をしている。要領のいいセラならもう終わっていてもおかしくないのだが、ベッドの上には物が散らかっていた。

「セラ。」

ルミナが優しく呼びかけた。なるべく刺激しないよう、ゆっくりと声を出す。

「…なぁに?」

セラがルミナの方を見る。柔らかな橙色の灯りが部屋を照らし、セラの影が伸びていた。

「何か考え事?」

表情を緩めてルミナが聞く。

セラは少し視線を落とし、手に持っていた布を畳み直す。もう整っているのに、もう一度。

「…ねえ、ルミナ。」

声は小さい。呼び止めるというより、確かめるみたいな音。

「……国境を越えたらさ、どうするの?」

ルミナは天井を見る。灯りの影が揺れている。ルミナから伸びている影も灯りに合わせてゆっくり揺れた。

「……まだ決めてない。」

「そっか…。…私さ、旅に出るなんて今まで考えたこともなかったんだよ。」

指先で鞄の紐をいじりながら、足はベッドの端で不規則に揺らしていた。

「親は早くに病気で死んじゃってね。あの街で、仲間と支えあって生きてた。」

笑おうとして、少しだけ失敗する。

「色々辛いことも多かったけど、でも、思い出そうとすると、みんなと笑ってた記憶ばかり浮かぶんだ。」

セラは少しだけ笑い、鞄の口を閉じた。結び目を指でなぞってから、顔を上げる。

「……ルミナは?」

短い問いだった。それ以上の言葉を続ける勇気が、まだ出ないみたいに。

ルミナはしばらく黙っていた。天井の木目を目で追い、灯りの影が揺れるのを見ている。

「私は帝国にいて…。」

それだけ言って、言葉を切る。続きはすぐには出てこない。

セラは急かさない。ただ、待つ。

「あまり、長くいたくない場所だった。」

小さく息を吐く音と一緒に、ルミナは言った。

「戻るつもりは、ないかな。」

部屋の空気は変わらない。灯りだけが揺れている。時間だけが静かに進んでいた。沈黙が広がるが、流れる空気は心地よい。

少し間を置いた後、セラは頷いた。深くではなく、そっと。それ以上聞かないことを選んだみたいに。

「……じゃあさ。」

指先が、毛布の端をつまむ。

「もう少し、一緒にいてもいい?」

頼むというより、確かめる声だった。

ルミナは少しだけ笑う。声には出さず、口元だけで。

「うん。」

それだけで十分だった。

ランタンの火を落とし、部屋は暗くなった。外の風の音が、さっきより近くに感じる。

ゆっくりと目を閉じる。呼吸が揃うまで、長くはかからなかった。


***

目が覚めると朝になっていた。

「眠れた?」

寝癖がついたままのルミナがセラに聞く。

「うん!」

セラはいつも通り元気に頷いた。


宿の扉を閉める音が、やけに澄んで響いた。街の出口に向かって歩き始める。来た頃は右も左もわからなかったのが嘘のように迷いなく進んだ。

門の方角だけ、人の流れが少し多い。街の出口に近づくほど、兵の姿が目につくようになった。商人の荷車、旅装の男女、見送りらしき家族。いつもより声が低く、足取りも早い。

門の脇には兵が立っていた。鎧は磨かれているが、顔には疲れが残っている。一人が二人に視線を向け、手を軽く上げた。

「少し確認いいか。」

高圧的ではないが、急かす響きだった。

「夜に光るような魔道具、見なかったか?」

ルミナは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに首を振る。

「いいえ。」

兵は短く頷き、通行を促す。その背後で、別の兵が小声で言った。

「青騎士が来るらしいぞ。しかも隊長が、だとよ。」

「嘘だろ…あの人が?こんな辺鄙な街に?」

「上の命令らしい。会ってみたいよなぁ。」


「行こっか。」

セラの声と共に門を抜けると、街の音が一段遠くなった。

ルミナは振り返らない。セラは名残惜しそうに一度だけ振り返り、すぐに歩幅を合わせた。

空には変わらず綺麗な青が広がっている。雲は風に押されるように、足早に流れていった。

「青騎士の隊長って、有名な人だよね?私も聞いたことある。」

「…そうだね。活躍してるみたいだね。」

「そっか!いいなぁ、会ってみたいなぁ。」

ルミナは答えないまま道の先を見つめた。その横を、街へ戻る家族とすれ違った。子どもが荷物の端を握っている。荷車が急ぎ足で追い越して行った。御者は帽子の縁を軽く持ち上げるだけで、言葉は交わさない。

少し進んだ先を見れば、道端で旅人が地図を広げ、何度も指を動かしていた。風が強くなる。草の波が道の先へ流れていく。

「このまま行けば、国境まで二日くらいかな。」

セラが地図を覗き込みながら言う。ルミナは小さく頷いた。遠くに見えるのは丘の影だけだ。旗も、兵も、まだ見えない。それでも、空気は少しだけ硬かった。

二人は地図を畳む。足音がまた揃う。

振り返らない。歩き続ける。空は広く、道は細い。それでも、進む方向だけははっきりしていた。



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