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第二章 二人で歩くー④

***

メェェェェェェッ!

快晴だ。朝の通りに響きわたる声にセラがぱっと顔を上げる。

「いた!」

「静かに近づこう。」

ルミナとセラは足音をたてないようにしつつ極力スピードを上げる。

あともう数歩までの距離まで近づくが、敏感に気配を感じたようで逃げられてしまった。

「もう!あと少しだったのに!」

セラが悔しそうに叫ぶ。相手のスピードはこちらを遥かに凌いでおり、あっという間に見えなくなった。軽く息を乱したルミナもため息をつく。

「…なかなか難しいね。」

「これじゃいつまでも走らされるだけだよ…何かいい案ない?」

「んー、餌で釣るとか?」

「なるほど…野菜とか、いいかもね!」

メェェェェェェッ!メェェェェェェッ!

異なる方向から再び声が聞こえた。距離はそう遠くなさそうだ。

「…手分けしよっか。」

珍しく苦い表情をするセラの提案にルミナは頷いた。

二人の苦労はいざ知らず、山羊の声は至る所で響き続けた。


最後の一匹はなぜか荷車の上に乗っていた。

「どうやって登ったの……。」

「降りられないのかな?」

メェェッ!

ルミナの言葉に、そんなことはないとばかりに山羊が得意げに鳴いた。

セラがそっと近づくと、山羊は警戒するように後退った。二人で挟みうちにしても、ジャンプして逃げそうなイメージが容易に浮かぶ。そのような気概を感じさせる佇まいだ。覚悟を決めているような表情で、しかし余裕な貫禄を滲ませて山羊は荷車の上に鎮座していた。

「…魔術で捕まえたり、できる?」

今日だけで街中を散々走り回されたセラが、さすがに疲労を濃く滲ませてルミナに聞く。

ルミナは山羊を見上げたまま、少しだけ間を置く。

「できるよ。」

「やっぱり!」

セラの顔が明るくなる。

「でも、やらない。」

「え?」

「魔道具がないから。」

セラの気落ちした思いを感じ取ったのか、はたまた偶然か、山羊が短くもう一度鳴いた。

「魔術ってね、必ず代償が必要なんだ。免許を持ってる人は専用の魔道具があるけど…ない人の魔術は代償の矛先が定まらないんだよ。」

セラは荷車の縁に手をかけたまま止まる。

「え…それって、危なくない?」

「そうだよ。使った分がどこに流れるかわからない。私かもしれないし……。」

ルミナは山羊を見る。

「この子かもしれない。」

セラの表情が固まる。山羊は、何も知らない顔で木箱を一つ踏み鳴らした。

「じゃあ、昨日の魔術はどんな代償だったの…?」

恐る恐るセラがルミナに尋ねた。

「少し疲れたくらいだよ。大丈夫。かなり小さな魔術だったから今はもう何ともないよ。」

「そっか…。ごめんね、ルミナ…。」

ルミナは首を横に振る。

「昨日は子どもが怪我してたし、早く助けないといけない状況だったからね。でもこの山羊は…。」

再び山羊に注目が集まる。当の本人は口の周りを呑気に舐めまわしていた。

「…元気そう。」

「…そうだね。野菜作戦でいこう!」

セラは鞄から葉物野菜を取り出し、山羊の前に差し出した。

「ほ~ら、美味しいよぉ…こっち来たらあげるよぉ。」

山羊は興味を示したようで野菜に鼻を近づけた。

「そうそう…こっちだよぉ。」

山羊は葉をかじり、満足そうに咀嚼した。

「よし……。」

セラが一歩踏み出す。山羊は一歩後ずさる。

「……。」

セラが止まる。

山羊も止まる。

「交渉してるみたい。」

「負けそう。」

交渉の結果、鞄にしまっていたすべての野菜を山羊が獲得した。


飼い主は苦笑しながら頭を下げた。

「あれは、沢山食べると急に動かなくなるんです。」

「うーん、最初に言ってほしかったかも!」

山羊は何事もなかった顔で水を飲んでいる。大量の野菜を食い尽くしているのだ。喉も乾くだろう。

飼い主が小さな革袋を差し出した。

「今朝搾ったばかりなんで。」

セラが目を輝かせる。

「いいんですか?」

「野菜の分です。」

山羊の元気な声を聞きながら、ようやく今日の依頼は終わった。


***

役所の扉を押し開けると、昼の光が床に斜めに差し込んでいた。午前中よりも人の数が増えている。掲示板の前には小さな人だかりができ、紙の端を指で押さえながら読み込んでいる者もいる。ざわめきは低いが、落ち着きがない。

「昨日より、多くない?」

セラが小声で言う。

「増えてるね。」

ルミナは掲示板に目を走らせた。似た文面の依頼がいくつも並んでいる。

夜に光る場所の調査、井戸付近での不審な発光、魔術使用時の不具合の報告。

どれも急いで書かれたような字だった。紙の端が揃っていない。

近くで、二人の商人が話している。

「昨日は魔術灯が急に消えてさ。」

「国境の方でも似た話を聞いた。兵が増えてるらしいぞ。」

別の声が重なる。

「夜間の通行が厳しくなったって聞いたけど、本当か?」

「検問が増えただけだろ。……たぶん。」

係員の机の上には書類が積まれている。処理が追いついていないのか、角が少し曲がっていた。

セラは掲示板から目を離し、ルミナを見る。

「……なんか、昨日より落ち着かないね。」

「うん。」

短く答え、紙の束をもう一度眺める。光る場所。魔術の不調。国境の話。どれも断片的で、繋がっているようで繋がっていない。

「そろそろ、この街も出た方がいいかもしれないね。」

ルミナが言う。

セラは一拍だけ考え、頷いた。

「そうだね。ルミナは国境を目指してるんだっけ。」

「うん。帝国の外にいくつもり。」

「そっか…。」

掲示板にまた新しい紙が貼られた。仕入れ値の高騰について書かれたものだ。

ルミナは、街を出るタイミングが来たことを肌で感じた。


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