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第二章 二人で歩くー②

***

次の日、早朝にも関わらず役所の前はすでに人であふれていた。朝の冷たい空気の中、建物の前だけが不思議と熱を帯びているように見える。


入口の横に据え付けられた掲示板の前には、すでに数人の列ができていた。貼られている紙はきちんと整えられており、古いものは外され、新しいものだけが残っている。役所が毎朝整理しているのだろう。

「思ったより多いね。」

セラが小声で言う。

「朝だから。」

短く答えながらルミナは掲示板に視線を向けた。薄茶色の紙がどれも簡潔に並んでいる。倉庫整理、護衛、修繕補助、物資運搬。似たような文面が続く中に、手書きの小さな紙が一枚混じっていた。

「これ、どう?」

セラが指先で軽く叩く。

繁忙時の手伝い募集。昼食付き。短時間可。

文字は整っているが、飾り気はない。他の依頼に埋もれそうなほど控えめだった。

ルミナは紙を一度読み直し、視線を外す。条件としては悪くない。報酬は小さいが、昼食代も浮くし、今日の宿代くらいにはなるだろう。

「うん、いいかも。」

セラが言う。

「そうだよね。初めての依頼だし、ちょうどいいよね。」

二人は依頼票の番号を控え、窓口へ向かった。



刻む音が、規則正しく台所に響いていた。木のまな板に包丁が当たるたび、軽い音が重なる。

「それ、もう少し細かくお願い。」

奥から声が飛ぶ。

「はい!」

セラが即座に返事をし、手元の動きに集中する。切り分けられた野菜はきれいに揃い、無駄がない。

ルミナは隣で鍋の火加減を調整していた。言葉は少ないが、指示は正確に伝わっている。

厨房は熱気に包まれていた。

「よし、野菜は強火で炒めて。」

鍋をかき混ぜながら店主が言った。

「わかりました。」

ルミナが答える。

「最近、客の入りはどうですか?」

セラが手を止めずに聞く。

「この街はまだマシだよ。国境が近いし外から物が入るからね。でも帝国の中心にいくほど物流が絞られてるらしい。」

鍋をかき混ぜる音が続く。

「粉もんもまた値上がりしてね。」

店主が肩をすくめる。

「仕入れが減ってるってことですか?」

「量が読めないんだよ。急に止まったり、急に流れたり。商売は安定してるのが一番なんだけどな。」

セラは小さく「大変ですね」と返し、包丁を動かし続ける。

気づけば昼時を迎えていた。


大量にあった皿の山や鍋の数も落ち着き、厨房にはようやく静けさが戻った。店主は深く息を吐き、二人に向き直った。

「やー、助かったよ。急遽団体さんの予約が入ったからどうしようかと思った。二人とも手際いいし、まかない奮発しとくよ!」

「やった!ありがとうございます!」

運ばれてきた料理に、セラがはじけんばかりの笑顔で喜ぶ。厨房の隅にある机で、ルミナとセラはやや遅めの昼食をとっていた。店主も台に寄りかかってパンをかじっている。

「んー!美味しい!」

「すごく美味しいです。ありがとうございます。」

二人の様子に店主も満足げにしている。

依頼は大成功に終わった。


「これ、持っていきな。」

店主は包みに入った干し肉と保存食を差し出した。

「え、いいんですか?」

「大助かりだったからな。また寄ってくれ。サービスするぜ。」

セラは何度も頭を下げ、嬉しそうに包みを抱えた。店を出ると、午後の光が通りに満ちている。

「疲れてない?」

「全然!まだいけるよ。」

「じゃ、次を見に行こうか。」


***

午後の通りは朝よりも人が多く、役所の前にも小さな列ができていた。掲示板の前に立ち、紙を一枚ずつ目で追っていく。朝と似たような内容が多い中、セラが声を上げた。

「…あ!ルミナ、これはどうかな?」

セラが指さした先にあったのは、急いで書かれたような筆跡だった。

「子どもの捜索…?」

紙には、簡単な似顔絵と名前、『昼頃から戻らない』とだけ書かれていた。

「うん。私、もともと子どもたちのお世話をしてたから、こういうの得意だよ。」

「わかった。これにしよう。」


ルミナとセラは通りを歩きながら、手に持ったざらついた紙をもう一度見た。

「どう探す?」

「まず、最後に見た場所だね。」

セラは迷いなく答える。

「子どもって、遠くに行かないことが多いから。よく行く場所、好きな場所、遊び場とかだね。」

通りを歩きながら、ルミナは周囲に視線を巡らせた。露店の前で足を止める子ども、広場の端で石を積み上げている子ども。似た年頃の姿はいくつもあるが、紙の似顔絵とはどこか違う。

「子どもって、匂いに引き寄せられることも多いんだよ。」

セラが焼き菓子の屋台を指さす。

「甘いものとか、音がする場所とか。」

ルミナは小さくうなずき、視線を移した。通りの先、細い路地が影を落としている。

「まずは広いところから、だね。」

「うん。見つからなかったら、静かなところ。」

二人は歩幅を合わせ、広場の方へ足を向けた。

広場に着くと、子どもたちの声があちこちから聞こえてきた。走り回る足音、石を弾く音、笑い声。

セラは一度全体を見渡し、視線を止める。噴水の縁に腰かけ、年下の子の靴紐を結び直している子どもがいた。周りにいる子どもたちよりも少し年上の子だ。

「ちょっと聞いてもいい?」

セラはしゃがみ、目線を合わせる。声は明るいが、急かさない。

子どもは一瞬きょとんとし、それからうなずいた。

「この子、見たことある?」

セラはざらついた紙を広げ、似顔絵を指さした。子どもは少し考え、うなずく。

「うん。今日遊んだよ。」

「そうなんだ。どこで遊んでたの?」

「井戸のほう。石、落として遊んでた。」

横で地面に線を引いていた別の子が顔を上げる。

「でも、さっきは裏の通り行ったよ。」

「裏の通り?」

「うん。でも、また戻るって言ってた。」

セラは小さく「そっか」とつぶやき、二人の顔を順に見た。

「ありがとう。助かったよ。」

子どもたちはすぐにまた遊びに戻り、広場の音が元に戻る。

ルミナは井戸のある方角へ目をやった。広場の端から少し外れた場所に、石積みの縁だけが見えている。

「まずは井戸だね。」

「うん。」

二人は軽くうなずき合い、広場を後にした。


ルミナとセラは子どもたちが言っていた井戸まで来た。古びた井戸で今は使われていなさそうだ。石積みの縁は黒ずみ、ところどころ欠けている。だが周囲の地面だけが、不自然に踏み固められていた。

「古びてるけど、枯れ切ってないのかな……?」

セラが縁をのぞき込む。

井戸の底は暗く、水面は見えない。石が落ちる音も、反響がやけに短かった。

ルミナは手を伸ばしかけて止める。縁の石が、不自然なほどひどく冷たかった。

「先に子どもを探そう。裏通りに行ったのなら早く追いかけないと。」

嫌な予感がする。急いだほうがいい。


裏通りに入ると、広場の喧騒が嘘のように遠のいた。石畳は狭く、建物同士が肩を寄せ合っている。洗濯物が頭上を渡り、風が通るたびに布がかすかに揺れる。だが、人の姿はまばらだった。

「こっちで合ってるよ。」

セラが迷いなく進む。ルミナは足元をよく見た。小さな靴の跡が、乾いた砂の上に辛うじて残っている。そのまま足跡を辿って進むが、少し進んだところでセラが立ち止まった。

「うーん。ここで途切れちゃってる。あとはもう頑張って探すしかないかも。」

「…そっか。ちょっと待ってて。」

ルミナが足を止め、地面に手をかざした。風の音が一瞬だけ消える。裏通りが異様なほど静まり返る。何も音がしない中で、右側の小道からかすかに音が聞こえた。

「……向こうかな。」

ルミナが立ち上がり、右手にある細い路地を曲がる。路地はさらに狭く、壁のひび割れに溜まった砂が足元でざらりと音を立てた。頭上の洗濯物が風に揺れ、布の影が地面をかすめていく。

もう一度、かすかな声がした。今度は確かに近い。

崩れた木箱が積み上がった一角の陰から、小さな指先が見えた。乾いた木片が擦れる音がする。

「だいじょうぶ?」

セラがしゃがみ込み、優しく声をかけた。

「……うん…。」

木箱の隙間からのぞく顔は、少し埃にまみれていたが、涙はこらえている。

「出られなくなっちゃたの?」

うん、と頷く姿が隙間から見えた。

元々はきれいに積まれた木箱だったのだろう。だが、今は半分ほど崩れ落ち、道を完全に塞いでいた。崩れた木箱は大きな板として折り重なっている。手で動かすには重そうだ。

ルミナは木箱に手を伸ばし、そっと力を込める。重なっていた箱がわずかに浮き、音もなく横へ滑った。

広がった隙間から手を伸ばし、セラが子どもを引き抜いた。

「ううぅぅっ…」

子どもはセラの腕の中で泣きじゃくっている。身体はすっかり冷え、膝は擦り傷で血がにじんでいた。

「だいじょうぶ、もう大丈夫だよ。」

セラが背中を軽くさする。

ルミナはしゃがみ込み、膝の擦り傷を見る。血はにじんでいるが、深くはない。

「歩けそう?」

子どもは小さくうなずいた。

セラが顔を上げ、ちらりと木箱の方を見る。

「……今、どうやって動かしたの?」

「たまたま、軽かっただけ。」

ルミナは短く答え、視線を外した。


子どもを抱き上げたまま通りに出ると、ほどなくして名前を呼ぶ声が響いた。

「――いた!」

息を切らした女性が駆け寄り、子どもを強く抱きしめる。肩が小さく震えていた。

「ごめんなさい……本当に、ありがとうございます。」

何度も頭を下げる姿に、セラは慌てて手を振った。

「いえ、大丈夫ですよ。挟まって動けなくなっちゃてただけなので。」

子どもはまだセラの袖を握ったまま離れない。セラが笑って頭を撫でると、ようやく手を離した。

女性は何かを思い出したように家の中へ戻り、小さな包みを持って出てきた。

「これ、ほんの気持ちですが……。」

包みの中には硬貨と、小さな金具のついた筒のような道具が入っている。

「火をつける魔道具です。古い物ですが、まだ使えます。」

「い、いえ、そこまで――」

セラが手を引こうとするが、女性は首を振る。

「娘の恩人ですもの。どうか、旅のお供に。」

セラは一瞬ルミナの方を見る。ルミナは小さく頷くだけだった。

「……ありがとうございます。大切に使います。」

セラは魔道具を大事に両手で抱えた。それを見て、女性は一層微笑んだ。


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