序章 砂に嚙まれる街
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足元の砂がサリッと音をたてる。靴の中にも散々砂が入り込んでいて、今更気にすることでもなくなった。じりじりと身体を焼く暑さに耐えながら、黙々と進む。左目に映る景色は今日も変わらず砂だらけだ。
「…はぁ」
口元を覆った布の中でため息をつく。前の街を出てから4日ほど経ったが、今のところ誰にも出会っていない。急いで街を出てしまったからあまり備えも持っておらず、そろそろ水も食料も底を尽きる。人がいないのは幸か不幸か…。追われる身としてはやや安心だが別の意味で危機を迎えている。
唾液はとうに干からびて全身の渇きが強い。砂も混じって体の中まで乾ききっている気がした。
少し、休憩が必要だ。
遠くに大きめの岩が見える。そこまで進んだら岩の陰で休憩することにしよう。
風が収まってきた頃、目標としていた岩までたどり着いた。空はうっすらと黄色く濁ってきて、怪しい天気だ。
岩場に腰を下ろし、鞄の奥から小さな筒を取り出す。
親指で側面をなぞると、内部に溜められていた水が細く口元に流れた。
のどに流し込む。ひりつく乾きが多少和らぐが、残量を示す光が弱くなっている。
早いとこ街を探して水を補給しないともたないだろう。
魔道具は貴重だ。メンテナンスも兼ねて街で調整をしないといけない。
続いて携帯食料をほおばると、なんとも言えない味が口の中に広がった。風が強い砂漠では一人での調理も難しい。金銭面も余裕があるわけではない。これから先、旅が続くことを考えてもお金は節約すべきだろう。
今後のことを考えながら食事を終えると、ふと、風がぴたりと止んだ。
さっきまで頬を撫でていたはずの熱風が消え、代わりにどこか重たい空気が纏わりつく。
地平線の向こうに映る景色が揺らぐ。
「まずいな」
次の瞬間、轟音と共に砂嵐が押し寄せてきた。
砂の壁が視界を呑み込む。
反射的に顔を覆うが、細かな砂が容赦なく布の隙間から入り込んでくる。
「…っ」
息を吸おうとした瞬間、喉に砂が流れ込み、激しくむせこんだ。慌てて岩場の陰に滑り込むが、風は回り込むように吹き付けてくる。
身体を丸め、頭を抱える。
耳元で、獣の唸り声のような轟音が鳴り続けた。
鞄の中で何かがぶつかる音がした。嫌な予感がして思わず手を伸ばす。
衝撃が走った。
ひと際強い風に吹かれ、手から小さな筒が飛んでいった。
砂の中に落ちたそれが、弱く光っている。水を失ってしまえばいよいよ後がない。
「だめっ!」
必死に手を伸ばしたが、指先は砂を掴むだけでサラサラとこぼれていく。
視界は黄色に染まり、距離感も方向もわからなくなる。
地面に身を伏せる。どのくらい時間がたったのかわからないが、とにかくやりすごすしかない。激しい砂嵐の中、息を殺して耐えるしかなかった。
肌にまとわりついていた暴力的な風がふと弱くなった。
砂混じりの風音が遠くへ引いていく。
「終わった…?」
ルミナは布越しに息を吐く。唇は乾ききり、砂がじゃりっと鳴った。
「…あ」
思い出した瞬間、心臓が跳ねる。
小さな筒。水の魔道具。
視線を足元に走らせる。岩陰の周りはさっきまでとは別物みたいに地形が変わっていた。
風に削られた砂が薄く波打って積もっている。
「どこ…?」
砂に膝をつき近くを探るが、指先に当たるのは冷たい砂ばかりだった。
焦って、掘る動作が雑になっていく。
ダメだ、落ち着け…。
深呼吸をして気持ちを落ち着け、改めて辺りを見回す。
魔道具は微量ながら魔力を蓄えている。砂しかない場所だからこそ、意識を集中させれば大まかな場所くらいはわかるかもしれない。
目を閉じて集中する。
水の魔道具…かすかにだが小さな鼓動みたいな感覚が前方でかすかに揺れている。
注意しながら進むと、砂に埋もれるようにして小さな筒が落ちていた。
「良かった…」
胸の奥から安堵の息が漏れた。残量を示す光はまだ弱く点いている。
魔道具は見つかったものの、一つ問題が生じていた。
水が出ない。砂が噛んで故障したのだろう。
干からびる前に街にたどり着いて修理しなくては。
恐らくそう遠くないところに街があるはずなのだが…。
目をこらすと前方にぼんやりと小さな集落の輪郭が見えた。
崩れかけた外壁。ところどころはがれた白い漆喰。無理に積み上げられた石の小屋が砂に埋もれるように肩を寄せ合っている。
水も食料も、もう限界だ。砂嵐の後では嫌がられるかもしれないが、立ち寄る他に選択肢はない。




