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第五話【ガラクタ兵士に白詰草の花冠を】

街の中央広場、人々の憩いの場。ベンチに腰掛ける青年は賑やかな広場には相応しくない冷たい澱みを沈澱させた空虚な瞳を膝に縫い付け、ポツポツと雨垂れに似た暗い声音で語り出す。


「···弟だけが僕の生きている意味だった。」


食べるものに困らず教育を受けられるという意味では僕は恵まれてはいたと思う。名家の生まれであったし、欲しいと思うモノは惜しみ無く与えられた。けれども物心つく頃に気付いた。


僕の本当に欲しいモノは与えては貰えないと。僕は頭を撫で、抱き締めてくれる両親が欲しかった。食卓を囲み、他愛のない話をしあえる。ごく普通の家族が欲しかった。


でも父も母も愛人を持ち。滅多には帰っては来なくて広すぎて持て余す屋敷に僕は何時も一人だった。使用人は居た。それこそ家庭教師も沢山。彼等が僕と一緒に居るのはそれが彼等の業務だからだと早い内に気付いていた。


彼等はただ両親に命じられるがまま僕が死なないように飼育しているだけだった。それこそ愛玩動物のように。


いや、両親からすれば僕はそれ以下の価値しかなかった。愛玩動物ならば愛される。興味関心を持たれるものだ。

だけど両親は僕には無関心で一瞥すら与えてはくれなかった。


此処に居るのに。目の前に居るのに両親には僕が見えてはいなかった。

それでも何時か、何時か僕を見てくれると期待して。ひたすらに世間的に見て良い子で居たけれども。僕に心臓の病があると分かった時。その淡い期待は打ち砕かれた。


難病で、移植手術をしないとそう長くは生きられないと診断され。両親は二人目の子供を作ることにした。移植手術のコストよりも二人目を作る方が合理的で低コストだと判断したらしい。僕はあっさりと両親に見捨てられた。


僕は屋敷の母屋から離れに移され最低限の世話だけをされた。

世間の目があるから治療は受けられたけど。言外に早くに死ねと両親に言われているのを感じていた。


「僕は生きる意味を持てなかったから扱いに不満はなかった。ただ静かに何時来るか分からない終わりをひたすらに待っていた。弟のアキラに出逢うまでは。」


両親は弟にすら関心がなかった。僕と同じように世話は使用人任せ。僕の時と違うのは弟には僕が居たってことだった。


“にぃちゃ、にいちゃ!おれとあそんで!!”


屋敷の離れに僕が居ることに気付いた弟は周囲の止める声も聞かず離れを訪れて。誰から聞いたのか、僕が好きな白詰草の花を数本握り締め。病人だっていうのに寝ている僕に飛び付いて遊んで欲しいと揺すった。


腫れ物に触るような扱いばかりだったから。遠慮がなくて、子供らしい我が儘を言う弟がなんだか小気味よくて。ねだられるまま弟と遊んであげれば弟は甘えて良い相手だと思ったんだろう。


弟はなにかあれば離れに来て僕に甘えた。本当なら弟は父や母に甘えたかったんだろう。だけど父も母も弟に関心はなかった。


どれだけ泣こうと癇癪を起こそうとも。返ってくるのは冷めきった視線だけ。嫌悪はない、嫌悪すら僕らは与えては貰えなかった。


弟は、アキラは両親が与えてはくれない愛情を無意識に僕に求めた。子供らしく、無邪気に甘えているように見えて僕に嫌われはしないかと何時も瞳の奥に怯えがあった。


“···にいちゃんにはおれが居るよ。おれが居るからにいちゃんはさびしくないよね。だっておれたちは家族だもんな。”


そう笑うアキラこそ家族の温もりを求めていたのに。


いじらしくて、寂しがりで。僕がとうに諦めたモノを諦めず求め続けるアキラが苛立たしくて。でも眩しかった。諦めてしまえば楽になるとアキラを嗤ったりもした。


なにがあっても与えられないモノを求めて藻掻くアキラを憐れみもした。アキラを見ていると両親の愛を期待していた頃の自分を見ているようで酷く腹立たしくもあった。


だけど愛しい。純粋で無垢で、愛情を求めるごく普通の子供だったアキラが可愛かった。


両親が僕らを省みることはない。ならばアキラを愛してやれるのは兄である僕だけだ。両親が愛さないなら僕が愛そう。


何時か昔、僕が求めても与えられなかったモノ。そのすべてを僕はアキラに与えてやりたかった。僕はアキラを普通の子供として育てようと決めた。


悪いことをしたらきちんと叱って、良いことをしたら沢山褒めて。寂しく思う前に抱き締めて。その頭を撫でた。同じ食卓を囲み、他愛のない話をしあって一緒に笑った。


“にいちゃん。お星さまの話を聞かせて···!!”


アキラは星が好きで。空気が乾いて雲ひとつない夜には望遠鏡片手にアキラに星座の話をしてあげた。


大人になったら天文学の博士になってハワイの観測所で働くんだってアキラは目を輝かせながら星を観ていた。


僕はきっとその姿を見ることはない。それだけが気掛かりだった。日に日に僕は起きていられる時間が減っていた。


心臓はとうに限界だった。冬の酷く寒い日に発作を起こした。発作自体はよくあることだったけどその発作はこれまで以上に苦しくて。


意識が朦朧とするなかアキラが必死に僕を揺すっていた。床には白詰草が散らばっている。僕に渡そうと摘んできたのだろう。


顔をくしゃくしゃにして泣きながら。にいちゃん死んじゃいやだと嗚咽を溢してアキラは発作を抑える薬を直ぐに僕に飲ませようとした。


でも薬はなかったんだ。確かにあった筈なのにね。発作が起こる前に庭でアキラと霜柱を踏んでいた時に離れに入っていく使用人を僕は見ていた。使用人が発作の薬を盗んだのであればそれはきっと両親の差し金だろう。


「···真実はわからない。分かっているのは死にかけているということだけ。アキラは嗚咽を溢しながら目を乱雑に拭い。にいちゃんの薬を貰ってくると離れを飛び出した。」


掛かり付け医が居る病院にアキラはひとりで向かった。アキラはまだ十歳だ。しかも屋敷と学校を行き来するだけで、ろくに外に出たことがないアキラを一人で遠く離れた病院に行かせる訳にはいかない。


「なのに痛みに耐えきれず意識を手放した。それが間違いだったんだ──!アキラは車の衝突事故に巻き込まれた。救急車がなかなか駆け付けず苦しんで死んだと聞かされた。」


その時に教えられたんだ。アキラは救急車が来るまでずっと僕を呼んでいたと!!救急車が来て救命医にアキラは言った。にいちゃんに薬を届けてくれって···!


「僕の何十倍も。何百倍もアキラは苦しくて怖かった筈なのにッ!!」


弟が、アキラが。僕の生きている意味だった。アキラが居ない世界で生きていたくなかった。だけど、父や母はアキラの心臓を僕に移植すると言い出した。


父や母は言ったよ。これでアキラの死は無駄にならなかった。移植手術を拒み。アキラの死を無駄にはするなと。


「────移植手術が成功したのかわからない。手術室に運ばれたと思ったらこの世界に居て。アイツが。快楽を司る女神が僕の目の前にいた。」


アイツに世界を、人類を救うなんて崇高な考えはなかった。下位の自分が最高神すら上手く出し抜き、人類救済という功績を掠めとれば他の神々は悔しがり。


自分は人類たちの賛美を得られて最高の快楽を味わうことが出来るという自分本意の考えだけでアイツは僕をこの世界に連れてきた。


「だけどこの世界を識っている人間ならアイツは誰でもよかったんだ。」


僕の世界には『───終末世界の神造兵士.』というビジュアルノベルゲームがあった。そのジャンルでは異例のヒットをしたゲームはこの世界と類似した世界観だった。この世界はゲームの物語と同様に魔王という脅威に晒されていた。


アイツは僕の知識と容姿が利用出来ると考え。アイツは権能を使って僕に祝福を与え、自分の使徒にした。それは祝福とは名ばかりで実態は隷属の呪いだった。


女神はゲームの情報と僕の身体を使い魔王討伐の攻略を始めた。僕はアイツの依り代にされてアイツが望む通りの行動しか取れず、自分の意志での会話も出来なかった。


そこに僕の意志はなかった。アイツは、快楽の女神は僕の身体で次々に仲間にした女性たちを抱いた。


「ゲームをプレイするように嬉々として女性たちを玩ぶ快楽の女神が悍ましくて吐き気がした。虫酸が走った!!」


けれどもどれだけ叫んでも、拒絶しても快楽の女神は遊びを止めることはなかったし。


僕の。いや快楽の女神の寵愛を得ようと女性たちはいがみ合いながら、快楽の女神と身体を重ねたがった。


快楽の女神は享楽に耽る一方、面倒なことがあると僕に押し付けた。戦闘は最たるもの。魔王率いる魔族や魔物の戦闘は全て僕にやらせていた。元の世界ではただの学生でしかない。


「そんな僕が常軌を逸した力を持つ魔物相手に戦えるかと言えば無理な話だ。だから快楽の女神は魔物と戦う時。痛みを強い快楽に。恐怖を殺意に置き換えるという祝福を僕に与えていた。」


傷を負えば負うほど、恐怖を感じれば感じるほど僕は魔物を殺した。知性あるモノを、許しを請うモノを、生きたいと叫ぶモノを僕は殺して殺して踏みにじった──ッ!!


「···何時も正気に返るのは殺戮を終えたあとだった。血を浴びて臓物に濡みれ立ち尽くす自分が悍ましくて、穢らわしくて。何度も何度も死のうとした。だけど死ぬことはどうしても出来なかった。」


快楽の女神は僕を使徒にした時、言ったんだ。魔王が討伐出来たなら僕の弟を生き返らせてやるって!!だから僕は殺したんだ。


魔王を、僕と同じようにこの世界に召喚された。本当はただの人間を殺したんだ──ッ!!


「あっけなかった。この世界の理の外にある生命であるが故に。この世界の人間には殺せない魔王は、魔王と同じ理の外にある僕には容易く殺せてしまった。魔王は死に際に安堵していた。そう見えただけかもしれないけど。」


魔王は死んだ、僕の手で殺した。魔王の血を浴びたまま約束を果たせと叫んだ僕に快楽の女神は顕現して言った。


「本当に叶えて貰えると思っていたなんて。どの異世界人もおめでたい頭をしているのねと···!!」


····あんなにも冷たい怒りがあるのだと僕は初めて知った。身体の芯が凍え、臓腑という臓腑が氷塊になったような。冷たい怒りが湧き上がって気付いた時には快楽の女神の頭を掴んでいた。


首と胴体は切り離されて多くの命にそうしたように踏みにじっていた。けれどもなにも感じなかった。快楽の女神は頭だけになってもまだ喚くだけの力があった。


ぎゃあぎゃあと快楽の女神が吐き出す罵詈雑言だろう喚き声を僕は正しく認識出来なかった。聞くに値しないと僕の頭は考えたのだろう。


僕はぼんやりと魔王が下位の神々を喰らい、力をつけたように。これを喰らえば力が得られるだろうかと考えた。弟を、アキラを取り戻せるなら吐き気を催すような腐肉であっても喰らってやる。快楽の女神を喰らう間際、稲妻が走った。


「女神の頭だけを稲妻は貫き、僕の身体には傷ひとつなかった。快楽の女神は断末魔と共に塵になった。」


神を喰い損ねた僕は旅に同行した仲間に引き摺られるように快楽の女神に召喚された翡翠ノ国に戻った。翡翠ノ国は僕たちを英雄と呼び、八人の仲間たちはそう呼ばれる自分を誇って。人々の賛美を浴びていた。


「可笑しな話だった。旅の間、彼女らが戦うところを僕は見ていない。快楽の女神と享楽に耽り我先に情事をねだる姿しか見ていないのだから。」


彼女らが自分たちのいずれかを伴侶に選べと言い出した時は僕も流石に驚いた。なにせ彼女らは僕に自由意思がないことを、快楽の女神に操られていると察しながら。


使い潰されていく僕と快楽の女神を秤に掛け、僕ではなく快楽の女神を選んだのだから。


快楽の女神との情事が余程気持ちが良かったらしい。ああ、異世界人の人権なんて彼女らにはどうでもよかったか。


なんにしろ、何故選ばねばならないと訊ねた。彼女らは言った。自分たちは愛し合っていたのだから自分たちの中から伴侶を選ぶのは当然だと。


言われた言葉の意味がわからず戸惑えば言われたよ。情事の最中に貴方の意志を強く感じたと。


「情事の最中に僕の意志を感じた···?」


快楽の女神が入り込み自分の意志と関係なく身体は動き回り、好意すら抱いていない相手と睦みあう。


「そんな爛れきって堕落した光景を四六時中目蓋のない眼に見せつけられる僕のどんな意志を感じたって言うんだッ!!」


僕はもう彼女らに嫌悪しか感じなかった。快楽の女神と変わりない存在に思えて吐き気がした。


だから逃げ出した。僕を英雄と祭り上げる人々から、欲を孕んだ爛れた目を向ける人々から。


でも簡単には逃がして貰えなかった。脅威である魔王を退けた僕は新たな脅威でしかない。直ぐに追われる身になった。

そんな時に翡翠ノ国の兵士に捕まりそうなって逃げ込んだ神殿で巫女を介して神託を授かった。


“北に向かいなさい。そこに琥珀ノ国という四方を山に囲まれた小さな国がある。そこにはお前が欲するものがあるだろう。”


「その言葉を鵜呑みにした訳じゃなかった。神を信じる純粋さはとうに無くした。」


それでも行く宛がなかったから惰性で北を目指せば。不思議なことに追跡の手を楽に掻い潜ることが出来た。


「見えないなにかに後押しでもされているように。気味悪く思うと同時に期待もした。或いはと──。」


そして君たちに出逢ったと勇者は。サイトウは憔悴しきった顔で力なくアンタレスとブランに笑った。···君は弟のアキラに生き写しなんだ。でもアキラじゃない。そう失望を沈ませた暗い瞳で膝の上に組んだ両手を見詰めるサイトウにブランはハルト。


サイトウ・ハルトと呟いた。弾かれたようにサイトウは顔を上げた。ハルは春。トは人のこと。春人と書いてハルト。サイトウは名字ですかと空中に文字のようなモノを書き、訊ねた。


「───私の父は神殿で名付けを受ける前に両親が死に。親類に引き取られて育てられたけど。その親類は風変わりな父が気に入らなかったみたいで父を神殿に連れていってはくれなかったので父は仕方なく自分で自分の名前を付けたんです。アキラと。」


アキは秋、ラは良。ニホン語で秋良。兄が春生まれで、自分は秋生まれだから。名前には季節の一文字が入っていると。母が言うには父には兄は居ないのに。よく兄の話をしていたそうです。


「ハルトさん。父は空気が乾いた雲ひとつない夜になると外に出て私に星の話をしてくれました。兄に教わった星座の話を。沢山───。」


髪と同じ、夜色の瞳に星にも似た光を宿らせて春人は涙を溢れさせる。嗚呼···と小さな。ともすれば吐息のような嗚咽を静かに零して。

秋良は此処に居たのかと両の手で前髪を掴み、肩を震わせ。顔をぐしゃぐしゃにしながら声もあげずに慟哭していた。


ブランとアンタレスは顔を見合わせて。仕方ないと排気を吐き出すアンタレスに頷き。ブランは春人を抱き締める。

その時、ブランの口からまろび出た言葉はブランの父が野良仕事を終えて家に帰ってくる度に口にした言葉だ。


「────春人にいちゃん。“ただいま”!!」


ブランに重なった弟の面影。春人はすがるようにブランを掻き抱き。おかえり、おかえり秋良と泣きながら。弟に言いたくて言えなかった言葉を返した。




「あの外套の留め具の模様。翡翠ノ国の国章ですよね。」


『是─。手元ニ有ルノハ春人ノ人相書キデス。』


「もう追手が此処に。」


「春人さん目立ちますからねえ。」


『ハイ。春人ハ。トテモ目立チマス。』


「ごめんね。僕が美し過ぎるばかりに···!」


「それはそう。」


『私ハ人間ノ美醜ガヨク分カリマセンガ。顔ノ部位ノ配置。ソノ比率ハ素晴ラシイト思イマス。』


「冗談だったのに全力で肯定されてしまった。」


ブランは春人さんは傾国顔です。国が傾くレベルで美人さんですからと春人の顔をまじまじと眺める。姪に褒められ。そうかなと照れる春人をアンタレスは然り気無く自分の影に隠しながらこれからどうするか問う。


春人は翡翠ノ国には戻らない。というより戻る訳にはいかない。翡翠ノ国は今、密かに癒し手を集めてる。戦争をする為にと口を開く。


「翡翠ノ国が戦争をする為に癒し手を?」


「領土戦だ。自国の領地を拡大する為に翡翠ノ国は各地から癒し手を拐ってる。優れた癒し手は戦況を左右する。」


どんな負傷も病も治してしまう癒し手をどれだけ確保出来るかが戦争の行方を決める。という話を翡翠ノ国の上層部が話しているのを聞いた。


「ついでに僕を翡翠ノ国のお姫様と結婚させ、翡翠ノ国に縛り付けるって話も聞いたから逃げ出した訳だけど。」


「春人さんを翡翠ノ国に連れてかれる訳にはいかないですね。うちの村で春人さんを匿おう。春人さん、春人さん。田舎暮らしは平気?農業に御興味はありますか。」


「農業には興味有るというか。殆ど通えなかったけど高校が農業系。行けたら大学は農大予定だったぐらいには農業にも田舎にも興味関心ある。」


春人の言葉にブランはにこりと微笑み。ぽんと肩掛け鞄を叩いた。


ややあって街の入り口で騒ぎを起こす集団があった。翡翠ノ国の国章の留め具の外套を着た男たちが人相書きを手に誰かを探し。一人の小柄な少女の肩を乱雑に掴む。


その拍子に目深に被っていたフードが落ちる。現れたのは茶色の頭髪だった。


「···この人相書きの男を見なかったか。」


「いえ。この人がなにかしたんですか?」


「お前には関わりのない事だ。さっさと行け。」


少女は肩を押され。目をパチリと瞬かせたあと目深にフードを被り直して歩き出す。街から十分に離れたところで少女の傍らに鎧を纏った巨躯の騎士が現れる。


少女、ブランはきょろりと辺りを見渡して。もう大丈夫ですか?とアンタレスに問う。光を屈折させ姿を隠していたアンタレスは兜の合間から瞳を光らせる。


その瞳から四方に赤い光線が走り、周囲を探査し。問題ないと頷くとブランを片腕に抱えて背中から鋼鉄の羽根を広げ、空を駆け上がった。


「アンモ婆ただいま!」


「おかえり。帰ってくる頃だと思ったよ。」


村の入り口。村の男衆とアンモ婆がブランたちの帰りを待っていた。髪をローズの商会で買った染め粉で茶色に染めたブランに驚くことなくアンモ婆は怪我はないか確かめた。


ブランは肩掛け鞄を地面に置き、鞄を開けて腕をぐっと差し入れるとカブを抜くように。よっこいせーっと春人を引っ張り出した。


肩掛け鞄から這い出た春人は魔法ってなんでもありだねと身体を起こす。アンモ婆は春人を眺めて目を細め。ふむと頷き。ブラン、村を案内しておやりと笑う。


「アンモ婆。」


「皆まで言わずとも視えちまったからね。なにがあったか知ってるよ。この村はね。様々な理由から居場所がなかった者たちが集まってる。」


国を追われた者や大国に滅ぼされた異民族の者も。そして異なる世界をルーツに持つ者も居る。だが今は等しく村の人間さ。


「この村で生きていく意思があるのならそれで良い。新たな村人として歓迎するよ。若者は幾ら居ても困らないからね。」


さあ、今日は宴だよと男衆に声をかけ。歩き出したアンモ婆に倣い。ブランは春人にようこそハーレック村へと微笑んだ。


そんな訳でハーレック村には元勇者が新たな村人として加わった。日々生き生きと畑仕事に勤しんで、あっという間に村に馴染んで畑を耕す春人とブランを眺めながらアンタレスは村の子供たちに白詰草の花冠で飾られながら佇む。


伯父と姪。春人とブランは随分と仲が良いのでアンタレスは少しばかり焼きもちを焼いたりもしたけれども。今はそれも落ち着いている。


「アンタレスさん!」


元気よく駆けてくるブランを抱き留め、アンタレスは不格好な白詰草の花冠を被せ。柔らかな駆動音を奏でる。ブランの左手薬指には春人の発案でアンタレスの鎧の一部から作った指輪が嵌まっている。


彼は神造兵士./アンタレス・ロードライト。


此の世界に多大なる混迷と不和。終わりの見えぬ争いをもたらした悪逆非道なる魔王を討ち倒す為に十二柱の神々によって製造された八十八体の人工生命体。その最終作にして最高傑作。


魔王を屠ふる為だけに存在する神々の刃だった彼はハーレック村の村娘。ブランの最愛の夫として生きている。


 

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