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三話目【ガラクタの兵士は名前という宝物を得る】

勇者は崇高で志の高い人間だろうと推測していたのだが。否、勇者が俗物的であろうとも。魔王討伐を成し遂げたことに変わりはない。変わりはないが、釈然としないと感じる神造兵士.は神々との通信を終え。排気を吐き出す。


ふわふわと白い蒸気が揺らぎながら夜の帳を染め、消えていく。


住居の二階。物干し台に佇ずむ神造兵士.に星を見てたんですかと二人分のブランケットとホットミルクが注がれた木製のカップを手にブランが顔を出す。


神造兵士.はカップの口からふわりと立ち上った湯気を目で追い。顔を上げ、宙を埋め尽くさんばかりの星々の輝きに目を奪われた。


「村の人たちはよくこの村は山すかねぇって言いますし。その通りではあるんだけど。この綺麗な星空はこの村でしか見れないんじゃないかな。」


『キュイ。』


ブランにホットミルクの入ったカップを渡された神造兵士.はブランを真似てカップに口を着け。酒精、アルコールを舌で感知した。

目で問うと寒いから身体が温まるようにブランデーが入ってると微笑むブランを神造兵士.はまじまじと眺める。


「ブランケット。鎧のおにーさん用に新調してみました。」


『キュ!』


それは近頃、ブランが農作業の合間に縫っていたモノだ。色とりどりの端切れを集めて仕立てられたブランケットは神造兵士.が羽織るのに丁度良い大きさだった。


ブランはブランケットを羽織った神造兵士.と床に腰を降ろし、ホットミルクを飲みながら他愛のない話をする。


ブランの話に聴覚センサーを傾け、聞き入る神造兵士.にブランは実はね。鎧のおにーさんの名前を考えてみたんだと両手で包むようにカップを持ち、おずおずと笑う。


ブランと出逢った時。神造兵士.は名乗るべき名前を持たなかった。神造兵士.はあくまでも識別番号のようなモノ。


個を示す名称。名前がないことにブランは酷く驚いていた。此の世界において名前とは神々が人間に与える祝福だ。


誰もが生まれて間もない赤子の時にその地にある神殿で名を授かる。どのような人間でさえも名前という神々から与えられた祝福がある。だが神造兵士.に名前はない。


神造兵士.は兵器だ。人間ではない。故に神々は名前を与えなかったのだと神造兵士.は考えている。


名前が無くとも困ることはないと神造兵士.は当初考えていた。

けれどもこの村で、ブランと共に暮らすなかで名前の利便性を知ることになる。


人間は名で呼びあう。名を出すだけで誰もがどこの誰それか瞬時に理解出来た。神造兵士.の所感だが名はその人間に相応しいモノであった。善き隣人の意味を持つ名前の老爺はまさにその通りの人間だった。


ひとは語る。名は体を表すモノであると。そして人間は、ブランは名で呼ばれると微笑むと観察を続けるなかで知った。


個を認識されることは人間からすれば喜ばしいことなのだと神造兵士.は学習した。


同時に個体名を持たない自分はその喜びを味わうことはないと思っていたのだ。神造兵士.はブランを眺める。私がね、名前を呼びたかったのと体を縮ませながらブランは話し出す。


「······鎧のおにーさんに名前がないって聞いてから。ずーっと名前で呼べないことがなんだか哀しくて。」


名前がないなら名前を付ければ良いって思い付いてね。鎧のおにーさんの名前を考えてましたとブランは中身が空になったカップをギュッと握る。


『キュイ、キュー。』


「私が考えた名前で良ければ貰って欲しいな。」


『キュイ!』


「えっとね。おにーさんの鎧は蠍の甲殻みたいだし、瞳が綺麗な柘榴石みたいな色だからアンタレス。《アンタレス・ロードライト》──。」


アンタレスは蠍座の星の事。死んだ父さんが教えてくれた星座には英雄すら倒したすごい蠍が居てね。父さんが言うにはその蠍は神様に星座にして貰えたんだって。


「ロードライトは柘榴石の一種で紫色がかった赤い色をしているんだ。貴方の瞳と同じように焔みたいな色。」


神造兵士.──。否、アンタレスの心臓部が強く脈打つ。何故、名前が祝福であるのかアンタレスは理解した。名前を与えられることでようやくその命はこの世に生まれ落ちて生きる権利を得ることが出来る。


自分は今、この時。本当の意味でこの世に産まれてきたのだとアンタレスは脈打ちながら熱を帯びる己が心臓部に手を添える。


(名前がその命の形を定める──。であれば己は神造兵士.に非ず。己は、私は《アンタレス・ロードライト》。ブランを守る守護騎士であると私は私の意志で自己を再定義する。心臓部が熱い。此れは、此の想いは───、)


歓喜と呼ぶのだろうとアンタレスは名前という祝福を与えてくれたブランを見詰める。


弾むように駆動音を響かせ、アンタレスは村人が喜びあう時にそうすると学んでいたのでブランを抱き締める。

キュルキュルと囁くような駆動音にブランは目を瞬かせ。ふわりと柔らかに微笑む。


「───星々よ、天上におわし我らを導き、庇護する神々よ。我が愛しき友。《アンタレス・ロードライト》に温かな喜びで満ち溢れた。輝かしき生をお与えください。」


『キュイ?』


「今のは神殿で神様。実際は神託を授かる巫女様からなんだけどね。名前を貰う時に親が言う聖句で。アンタレスさんのご両親はこの場には居ないから、私が代わりに言ってみました。」


あ、少しだけ元の聖句を弄ってるけど。ようはアンタレスさんの一生が喜びに溢れてますよーにって言う祈りと言いますか。


「神様へのお願い事と言うかな。」


君、幸いあれと言祝がれアンタレスは柔らかに瞠目する。


嗚呼、そうかとアンタレスは胸中で呟く。私は成すべき事を成せぬままにガラクタになったと思っていた。だがそれは違った。


(私はアンタレス・ロードライトという人間になったのだ。ブランと出逢ったことで。私はアンタレス・ロードライトという個を、心を得たのだ。ブラン──。君が私を私にしてくれた。君だけが、)


私を必要としてくれたのだ。ならば君の傍らにありたい。そう思うのは至極自然なことだろうとアンタレスは腕のなかで笑うブランの頬に触れた。




ハーレック村に滞在して1800時間。日数に換算して七十五日目。


「アンタレスさんって鎧を脱がないよね。その鎧の下はどうなってるのか気になる···。」


『キュイ?』


収穫時期を迎えたカブを村人たちと収穫していたアンタレスはブランの呟きに首を横に傾げた。アンタレスは一抱えある巨大なカブを土から抜いてから、ブランの問いに最近構築した声帯を微調整しながら静かに答えた。


『私ハ。鎧ト肢体ガ融合シテイル。分離出来ナイ訳デハ無イノデ。ブランガ。気ニナルト言ウノデアレバ。脱ギマスガ。』


「え。鎧が身体にくっ付いてるなら脱ごうとしたらすごく痛いよね!?ダメだよ。アンタレスさんが痛い思いをするなら鎧は脱がないで良いよ!」


『承知シタ。』


アンタレスを含む神造兵士たちは全身を鎧で覆われている。鎧は強化装備であり鎧の下には神々を模して造形された素体がある。


故に魔王討伐の為に投入された神造兵士たちは、いずれも鎧を砕かれて弱体化したところで鎧の下の素体が破壊された。神々はこれを踏まえ素体を強化。鎧を拘束具に転換。


鎧が破壊されれば破壊される程、リミッターが外れて強くなるように調整した。なのでアンタレス。鎧を脱ぐことに抵抗はなかったのだけれども。


心を得た今、鎧を脱ぐのは少しばかり気恥ずかしく感じる。ブランが望むのであれば鎧を脱ぐのは吝かではないが、ブランは何故アンタレスの鎧の下が気になったのだろうか。


ブランは頬を仄かに染め。す、好きなひとのことだから気になったというか。何時も鎧を着てて疲れないかなーって思ったんだと手をわちゃわちゃとさせる。


アンタレスは鎧は肉体の一部とも言えるので疲労はないと答えたあと。このような芸当も可能であるとカブを地面に置き、洗浄魔術で土汚れを無くしたあとブランの頬を両手でそっと挟む。


「あったかーい。」


寒風が吹いている。冷えたブランの頬を温めながらアンタレスは内部温度を上げる。放出した熱で鎧は温まり。ブランがへにゃりと笑って温かいとアンタレスの手に頬を寄せた時だった。


アンタレスが畑に置かれていた鍬を剣のように構えてブランを背に庇うと同時に空の奥に黒点が生じ、その黒点は段々と巨大化していき。皮膜ある翼を持った蜥蜴、竜の亜種。


ワイバーンに姿を変じた。次々に飛来したワイバーンは大気を揺らす咆哮を上げてブラン目掛け、急降下し始める。


アンタレスは瞬時に接敵するタイミングを演算で弾き出し、狙い定めてワイバーンの顎を鍬で下から突き上げ。反り返った喉にある逆さまに生えた鱗を鍬で砕き破壊する。


『ブラン。私ノ前ニハ出ナイヨウニ。ブランハ私ガ必ズ守リ抜キマス。』


「ッうん!!」


アンタレスは次々にブランを襲うべく急降下してくるワイバーンを鍬一つで薙ぎ払っていく。


巨躯でありながら重さを感じさせない軽やかな動きで地面に倒れこむワイバーンたちを足場に跳躍。

駆動音と共に鋼鉄の翼がアンタレスの背から顕れる。


天高く舞い、太陽を背に従えながら無数の斬撃を鋼鉄の翼から放ち。眼下で旋回するワイバーンたちに躊躇いなく叩きこんでいく。


ワイバーンが落下していくなかでアンタレスは音速を越える速さで滑空すると辛うじて飛行していた巨大なワイバーンの目を鍬で斬り裂く。


つんざくような悲鳴を皮切りにワイバーンたちが地面に墜落していくなか。息を飲むブランの前に立ち上る土煙の中からアンタレスは現れる。


その背後、潰れた片目から血を流しながらアンタレスを道連れにすべく噛み砕かんと襲い掛かるワイバーンに夥しい亀裂が走り。

その一拍後、肉塊に変じ絶命する。アンタレスは振り返ることなく鍬に着いた血を振り抜くことで払う。


ワイバーンはアンタレスの鎧に僅かな傷も与えることは出来なかった。


数にして二十頭。亜種とは言えども竜であるワイバーンが瞬く間に討伐された光景は誰もが憧れる英雄譚の一幕のようだったと村の子供たちは目を輝かせた。


「ワイバーンが群れで人里に降りてくることは滅多にない。なにか異変が起きておるのか。それはともあれ臨時収入じゃ村の衆!!解体じゃー!」


「鱗さ剥ぐべ。」


「爪もへっぺがせ。」


「牙もだなー。」


「んだ。肉は塩漬けにすんべぇ。ワイバーンの肉は塩漬けにすっど柔らかぐなっからなぁー。肝は商会ギルドさ売るべ。」


ワイバーンの死体を前にどうしたものかとアンタレスが思案しているとアンモ婆と村人が鍬と鋤と鎌を手に、残党はないか警戒しながら集まり。


ブランが無傷であると見て安堵しつつ散らばるワイバーンの死体をテキパキと解体し始める。実に逞しい。


ブランは魔物の死骸は街の商会ギルドに買い取って貰えるんだとアンタレスに説明する。


「ワイバーンは火を通さない鱗。鋼鉄さえ引き裂き、砕く爪と牙が武器に加工出来て捨てるところがひとつもないから金の山って言われてて。市場ではかなり高額で出回ってるみたい。」


あ、お肉は栄養があるし。牛肉の赤身みたいで煮込んでからスペアリブにするとお肉がほろっほろに柔らかくて。脂身はとろとろで。


「すっっごく美味しいんだよ!」


『キュ!』


「ブランぢゃーん。ワイバーンの美味ぇとこ切り分けだぞー。」


「アンタレスさん。これから一週間はお肉祭りです。タレに漬けてシンプルに焼いたり、薫製しても美味しいですし。」


そうだ、ベーコン!ワイバーンのお肉をベーコンにしましょう!!薫製肉!肉と脂身を細かくミンチにして腸詰め。


「ソーセージにしても美味しいから是非、食べて貰いたい!」


『──?ブランノ作ル料理ハ。ドレモ非常ニ美味デス。コレ以上ニ。美味シクナルノデスカ。』


「んっふ。ほ、褒めてもスペアリブしか出ませんからね···!?う、腕によりをかけて作りますけどっ。ワイバーンのお肉って好みが分かれるしアンタレスさんは気に入らないかもですが!!」


『ブラン。ワイバーン肉ハ好キデスカ?』


「あ、はい。私は好きです。噛む度に肉汁が溢れますし。食べ堪えがあって。普通のお肉。牛肉よりも私はワイバーンの肉の方が好きかもです。」


『───ブランガ好キナラバ。私モ好キデス。ブランガ好ムモノ。私ハ好キニナリタイ。ブランガ嬉シイト私モ嬉シイ。喜ビヲ。ブラント分カチ合イタイト。望ミマス。』


「へぅ。~~美味ぇごっつぉうこさえでたらふく食わしてやっがらな。期待しててくんちぇ!!」


『キュイ?』


ブランの口調が変化したとまじまじと眺めていると村の女衆たちが手際よくワイバーンを解体しながらほけほけと微笑む。


「ブランぢゃんはな。普段は死んだおどどおっがあの言葉さ真似てっからあんまし訛んねぇんだけんじょ。うんと興奮すっど訛っちまうんだァ。」


《四話目に続く》 

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