二話目【ガラクタの兵士はスローライフを始める】
「聖火教は癒し手に。その力の強さで位階を与えておるのは御存知ですかの。ブランの治癒術の腕は一人しか居ない最高位の八翼を与えられた聖女に比肩する。或いは凌駕しているとこの婆は見ておりますが。これが知られる訳にはいかぬのです。」
ほほほ、何故知られてはならぬ話をしたか不思議ですかのぅ。この婆。伊達に長生きはしておりませぬ。
「貴公が只人ではないことはとうにわかっておりますとも。」
「あ、それは私でも分かるよアルモ婆···。」
『キュルル、キュル。』
「んン。素性のことを申しておるのじゃ。貴公はもしや───。派閥争いに負けて国を追われた騎士なのでは···!!」
『キュルル、キュ!?』
「その見事な意匠の全身鎧!!魔物を容易く退ける剣の技量!!さては大国では名が知られた騎士かとお察し申上げる!」
『キュルル···!?』
「アルモ婆。鎧のおにーさん。すごく首を真横に振ってる。」
「ほほぅ。身分を隠しておられるということは追手が居る!?」
『キュルルル!!キュイキュ、キュル──!?』
「追手が居られるということは高い身分であられたと。貴族。いやさては王候···!?それがこんな辺境もド辺境の村に流れ着くとは!さぞ苦労をなされましたァ!!」
『キュルー、キュ。キュルル···。』
「アルモ婆。鎧のおにーさんがアルモ婆の話を訂正するのを諦めたよ。」
「ほっほっほ。このアルモ婆にはなんでもお見通しですよぉ。貴公は追われた身。身を寄せるところはありますまい。であればこの子の、ブランの護衛に貴公を雇わせては頂けませぬかな。」
『キュイ···?』
「この国は辺境にありますじゃ。故に魔王軍の侵攻も及ばぬ程に。しかし魔物が出ぬ訳ではありませぬ。魔物は癒し手と見ればこれを襲い。残忍にいたぶり、喰らう。」
脅威は魔物だけではなく。近頃、神殿に属さぬ癒し手が何者かに連れ拐われて帰ってこないという話しもありましてな。村の者で常々ブランを守る為に護衛を雇えぬものかと話しておりました。
「しかしなぁ。護衛が務まるほどの腕利きの傭兵は皆、命の危機は高けれども実入りがよい魔王討伐軍に加わってるとかで。こんな辺境の村には見向きもせんのですじゃ···。」
「ド辺境だもんねぇ。」
騒ぎつつ、アルモ婆と神造兵士.の話を聞いていた村人が。んだ、山と畑すかねぇもんなーと相槌を打つなか。アルモ婆は衣食住をこの村が保障するのでブランの護衛に雇われてくれないかと神造兵士.に提案した。
神造兵士.は通信機能を使い。神々に村に逗留すべきか是非を問う。だが勇者により魔王が討伐されたことで混迷の最中にある神々は答えない。だから神造兵士.は生を得て初めて自分の意志によって物事を決めた。
思考して思考して。オーバーヒートを起こしながらも神造兵士.はコクリと頷いた。そこからトントン拍子に物事は進んだ。
ブランの護衛なのだからと一人暮らしをしてるブランの自宅に身を寄せることになり。
村で暮らしていくなら入り用な物を両腕一杯に持たされた神造兵士.はその巨躯に見合わず足音ひとつ出さずにブランの隣を歩きながら村のなかを案内されつつブランの暮らす家に向かっていた。
既に夜更け。頭上に星々が夜の帳を美しく彩っている。聴覚センサーを澄まさずとも村の中心部の喧騒が微かに聴こえてくる。
神造兵士.は目まぐるしく己が置かれた境遇が変化したことに戸惑い、排気を吐き出す。
それは人間で言うところの溜め息だった。
「ごめんね鎧のおにーさん。うちの村の人たちってかなり押しが強くて面喰らったでしょ。これが村の人たちの通常運転だから覚悟してね?村の人たちは若者と見ると構い倒すぞー。」
それもこれも根底には戦場に出たきり帰って来なかった自分の兄弟や子供。
旦那さんたちへの決して無くならない後悔があるんだ。
「───キュイ?」
「二十年前、こーんな辺境の村にもね。出兵命令を持った国の偉い人が来たの。魔王討伐軍に加われって。志願制ってことになってたみたいだけどね。」
村の人たちは身体が頑丈で優しい気性のひとばかりでさ。誰かが貧乏クジを引いてしまうくらいならって。村を出て志願兵として戦場に出たっきり一人も戻っては来なかったんだ。
「村の人たちは、アルモ婆は今でもそれを後悔してる。」
惚けたお婆ちゃんに見えるけどアルモ婆は先見のアルモワーズって異名で知られる占者だったの。若い頃は国御抱えのすごく有名な占者だったアルモ婆は志願兵になった村の若者たちが帰って来ない未来が視えてしまった。
「占者であるアルモ婆は未来視の力を持っていたから村の若者がどんな死に方をするのかまでも分かってしまった。アルモ婆は止めた。戦場に出れば死んでしまうし二度と村には戻ってはこれない。その亡骸さえも故郷の地を踏めぬって。」
でも国の偉い人が下した決定を変えられる権利なんてアルモ婆にはなかった。それから二度とアルモ婆は先読みをしなくなった。
「今でもたぶん未来視の力はあるんだと思う。でもアルモ婆はもうなにも視る気はないって言ってた。」
自分は自分の意志で進む船だと思っていたけれども、本当は水面に浮かぶ枯れ葉でしかなかった。
「自分は大きなうねりのなかではあまりにも無力だったと今でも助けられたかもしれない人たちの死を悼んでいる。」
それはアルモ婆だけじゃないんだ。この村の人たちは今でも後悔を抱えてるからこそ。手を伸ばせば救えるひとがいるなら躊躇わない。
「伸ばした手は振り払われるかもしれないし、どうして放っといてくれなかったと恨まれるかもしれないけれど。胸を掻き毟りたくなるような辛く苦しい後悔は二度としないって決めている。」
お節介かもだけどアルモ婆も村の人たちも鎧のおにーさんがなんだか困っているって感じたんだと思うの。
「なにせ村の皆は親切のプロフェッショナルだから。ビビッとセンサーが反応したみたい。だから、鎧のおにーさん。」
行くところがないなら村に居なよ。そうだな。鎧のおにーさんがやるべきことを見つけるまで私と一緒に暮らそう。
笑って手を差し出したブランを真似て神造兵士.は戸惑いがちに手を重ねる。神造兵士.とは比べようもなく小さな、か弱い手。だが何故だろうか。実際の熱量より熱く感じられた。
「おはよう。素敵な朝だよ、鎧のおにーさん。」
『キュイ···。』
ハーレック村に滞在して1560時間。日数に換算して六十五日が経った。既に神造兵士.は休眠モードから活動モードに移行してはいたけれども。
朝、身支度を済ませ。神造兵士.が間借りする部屋にブランが顔を出し、挨拶を済ませてから活動を開始することが神造兵士.のルーティンとなっていた。
診療所を兼ねたブランの家は村長の屋敷に次いで広いが7フィール(220センチ)もある神造兵士.からすれば窮屈だ。
しかしこの狭さに神造兵士.は安心感を抱き始めている。キッチンでテキパキと朝食を作るブランの姿を神造兵士.は眺めながら記録する。
何故だろうか。別段、記録する価値はない筈のことであるのに記録しておきたいと、そう思う。
神造兵士.の記録容量に制限はない。
自ら学習し、成長していくには膨大な記録が必要だったからだ。故に神造兵士.は記録を無限に蓄積することが可能だ。可能だけれども。
記録する必要性がない物事を。何故、己は焼き付けるように記録してしまうのだろうか──。
神造兵士.はフライパン片手に振り返り。さぁ、ご飯にしようかと微笑むブランの姿を今日も記録する。
「鎧のおにーさんが来てから畑仕事がすごく楽になったなー。作業効率がすごい、早い、上手!」
『キュイ!』
神造兵士.の膝丈ほどある黄金の麦。穂がさわさわとそよぐなかで麦束を抱え、ブランが笑う。神造兵士.は大剣ではなく使いこまれた鎌を手にざくざくと麦を刈っていく。
如何に効率よく麦を刈れるかコンマ一秒より早く演算し、シュミレートした通りに肢体を動かしていけば。麦畑はあっという間に刈り尽くされる。
「そうそう。麦束を少しずつ積み上げたら乾燥させるの。水分が抜けたら脱穀して水車小屋で挽いて粉にするんだよ。」
うちの村の小麦から作るパンはすごく美味しいよ。平らに丸く成形して村の共用竈で沢山焼くの。
パンはふっかふかでもちもちしてるし胡桃や干し葡萄だとか。刻んだ玉葱とニンニクを混ぜてみたり。
「甘いパンもしょっぱいパンもあるんだ。鎧のおにーさんにも美味しいパンを食べさせてあげるね!」
『キュイー···!』
「穂積みも終わったしお昼にしよう。」
今日のお昼は厚切りでカリカリに焼いたベーコンと両面を確り焼いた目玉焼きとチーズを挟んだパンです。
「挽き立ての小麦粉で作ったパンほどではないけど労働の後だからきっと美味しく感じるよ。畑が見渡せる丘で食べようか!」
ブランの案内で収穫作業をしていた小麦畑が見渡せる丘に登る。一本の巨木が植わっている。オレンジの花、そよぐ風で漂う芳香。アーカイブで検索すれば金木犀であると回答が出る。
ブランは腕に携えていたバスケットからシートを取り出して此処で食べようと提案した。断る理由も、拒否する理由もなかった。神造兵士.は是と頷き。ブランの隣に腰を降ろすとブランがくふくふと笑った。
『キュイ···?』
「ふふ。大きめなシートを持ってきたのにはみ出てるんだもん。遠慮せずに私にくっついちゃってください。その方がきっと温かいかもですし。」
『キュッ···!!』
神造兵士.がシートに座れるようにブランが身を寄せる。途端、神造兵士.は鎧の隙間という隙間から蒸気を噴き出した。
神造兵士.の肢体の中心部が、核が脈打っていた。
不快なのではない。むしろこれは恐らく心地好いという感覚だと神造兵士.は蒸気に包まれて目を丸くしながら怖がることなく自分を見詰めるブランをぎこちなく見詰め返して。
神造兵士.は今しがた自分を襲った未知の感覚を確かめるべくそっとブランの頬を指の先で触れる。
柔く、滑らかで。それでいて熱い。
神造兵士.の核。人間でいう心臓部は先程と変わらず激しく脈打つ。ブランに触れるとそうなることは把握した。何故、脈打つのか。その理由は分からなかったけれども。
「鎧のおにーさん?」
『キュイ···。』
自分はブランに触れたいし、触れて貰いたいのだと頬に触れた指に頬を寄せ。ぽやぽやと微笑むブランを眺めながら神造兵士.は答えを出した。答えを出したところで何故そう思うのか。神造兵士.には分からない。だがこれだけは分かるのだ──。
(ブラン。君に触れたいと私は熱望する。まるで人間であるかのように。強く、強く。欲求を抱いている。不可解だ。私は私というモノが理解できない。致命的なバグが生じているに違いない。であれば私に魔王を倒す事など出来なかったか···)
神造兵士.は魔王を倒したという勇者が何者であるのか神々に情報開示を申請した。
神造兵士.は魔王討伐の為だけに製造されたモノである。本来ならば己の役目だった魔王討伐を成し遂げた存在に関心を抱くのは至極自然なことだった。
魔王を倒すことは人間には不可能。故に神造兵士.は造られたのだ。その魔王を討ち果たした勇者とは何者なのか。
神々は神造兵士.の問いに勇者は魔王と同様、此の世界の人間ではないと答えた。
勇者は高位の神々たちで進められた神造兵士による魔王討伐計画を知らされていなかった快楽を司る下位の女神が独断で人間の祈りを聞き届けるという形で異なる世界から召喚した《転移者》であると────。
名はサイトウ。職業は高校生、性別は男。歳は十八歳の人間族。翡翠ノ国で召喚され、快楽を司る女神の祝福を授かり諸国を巡って八人の仲間を集め。魔王と魔王に付き従う魔族を討伐───。
諸国はサイトウを勇者と讃え、現在は翡翠ノ国に凱旋している。
そして何故かサイトウの八人の仲間たちはサイトウの正妻の座を争っているという。
神造兵士.は首を横に倒した。何故、勇者の正妻の座を争っているのだろうか。
神造兵士.の疑問に神々は答えた。八人の仲間はいずれも勇者サイトウの恋人であると。
神造兵士.は更に首を横に倒した。異世界は一夫多妻が常識なのかと聞けば神々は勇者サイトウの国では一夫一妻と法律で決まっている為、八人の仲間は正妻の座を争っていると回答した。
神造兵士.は勇者は八人の女性を口説きながら魔王討伐を成し遂げたのかと列挙された事実に微妙な気持ちになる。
人の身で魔王討伐を成し遂げたことは純粋に驚嘆に値するのだが、魔王討伐の旅の片手間に女性を八人も口説き。恋人関係となり。更には侍らせていたという事実が神造兵士.は腑に落ちなかった。
《三話目に続く》




