一話目【神さまが造ったガラクタの兵士】
起動。全機能、システムに異常なし。此れより記録を再開する。私は神造兵士.(ピリオド)/アンタレス・ロードライト。
此の世界に多大なる混迷と不和。終わりの見えぬ争いをもたらした悪逆非道なる魔王を討ち倒す為に十二柱の神々によって製造された八十八体の人工生命体。
その最終作にして最高傑作である。魔王を屠ふる為だけに存在する神々の刃こそが神造兵士.(ピリオド)。ようは私だ。
されども私は今、辺境の長閑な農村にて神々に与えられたオリハルコンの大剣ではなく使い古された鍬を持って大地を耕している。土埃に汚れるアダマンタイト製の鎧。鎧の隙間にも土が入り込んでいるだろう。
だが忌避感はない。誇らしくさえ思うのはきっと私の傍らで同じように鍬を手に持ち。良い天気だねぇ。畑仕事が捗るなと晴れやかに笑う少女。ブランの影響なのだろう。
『───ブラン。私ノ演算ニヨレバ。二時間後ニ雨ガ降リダス模様。屋外デノ作業ハ。急グ必要ガアルト。進言シマス。』
構築したばかりの声帯モジュールは更なる改修が要るようだ。拾い集めた音からブランが心地好いと感じる周波数から作り出した人工声音。使用したのは此が始めてだ。
ブランの反応を窺うと野を覆うマメ科の植物の葉に良く似た目を丸く見開いたかと思えばアンタレスさんが喋った!?と白い頬を紅潮させて鍬を放り出し、私の手を握った。
「~~~ッアンタレスさんと話せて嬉しい!!」
花が咲くようなという形容詞は此の少女の笑顔の為にあるのだろう。
満面の輝くようなその笑みに私は、私のなかにある心を確かに感じる。私のなかの心が喜びを。歓喜を、執着を叫ぶ。
魔王を倒す為だけに産み出され。しかしその役目を果たす前に勇者によって魔王を倒されたが為に無用のガラクタと化した私にアンタレス・ロードライトという名と心を与えてくれた少女を。
己が全てで守る守護騎士になると私は私の意志で決めたのだ。
我が美しき白詰草の乙女よ。ブラン、君に。私は忠誠と愛を誓おうと膝を着き。その柔く働き者の手に口付けた。
魔王──。其れは災厄の名。魔素溢れる土地に現れた知性体。強大な力を持ち、人型の魔物たる魔族を従えて。侵略戦を行い数多の国を焦土と化した。
嵐の具現、災いの擬人化。そう称された魔王に対抗しうる存在の到来を人は神々に祈った。
魔王は神に比肩する程に成長。下位の神々は喰らわれて糧にされ、人界征服後は天界を侵略するは必定。
神々の内、最高神を含めた十二柱の神は他の神々にさえ極秘にして魔王を討ち倒す機構を産み出す。其れが神造兵士だ。十二柱の神々の力を宿した人工生命体。
戦いの中で学び、無限に成長する生きた機構。自信を持って送り出された神造兵士たちは。しかし魔王を倒せなかった。故に神々は新たな神造兵士を産み出した。
その数は八十七体。いずれも魔王を倒すには及ばなかった。そこで神々はこれまでの神造兵士の記録、経験を集積し。最高神の力を宿した最終にして最高傑作の神造兵士を造り出した。
神々は此れを神造兵士.(ピリオド)と呼び、アダマンタイト鉱石で作られた全身鎧。オリハルコンの大剣を八十八体目の神造兵士に与えて地上に遣わした。
八十八体目の神造兵士は魔王討伐という役目を、至上命題を果たすべく地上に降り立ったが。
《号外ー!!号外!!魔王討伐成功!!翡翠ノ国ニテ召喚サレタル勇者ニヨッテ魔王討タレル!》
『─────キュイ?』
八十八体目の神造兵士.が地上に降り立ったその日に魔王は異世界から召喚された勇者に討たれ役目を果たすことなく神造兵士.はガラクタと化した。
白い鴉が神造兵士.の両肩に舞い降り、幾つかの鳴き声を発し神造兵士.は微かに頷きながら緩く排気を吐き出した。
白い鴉は空気に溶けるように消える。白い鴉は神々の遣いだ。神造兵士.の要請に応えて勇者による魔王討伐の真偽を確かめ、神造兵士.に確かに魔王が討伐されたことを伝達した。
『キュルル···。』
全身鎧の下、機械化した肢体から困惑を滲ませた駆動音を響かせ。神造兵士.は立ち尽くしたまま思考を停止。
兜の合間から覗く緋色の瞳から光が失せて沈黙する。人間で言えば呆然自失としていた神造兵士.は聴覚センサーに小さな悲鳴を拾った。
『キュルル、キュイ。』
何故、そうしたのか神造兵士.にも分からない。悲鳴の聴こえた場所に駆け出した神造兵士.はマメ科の植物。白詰草の生い茂る野原で人間を襲う魔物を発見しオリハルコンの大剣で目視不可の神速の一撃を叩き込む。
獅子と蜥蜴が歪に混ざりあったような魔物。キメラが三体、神造兵士.に獰猛に襲い掛かって来るが振り抜くことなく大剣から発生した斬撃に斬り飛ばされていく。
塵となり、吹き荒れた風によって魔物は消える。神造兵士.は大剣を背に背負い直して背に庇うことになった人間。白い髪に白詰草の葉に似た。翠色の瞳を持つ少女に振り返る。
座り込む少女に傷はないか確かめる為に神造兵士.は片膝を着いた。樫の大木のように強壮たる体躯の神造兵士.は屈まねば少女と目線があわない。神を模した姿故に7フィール(220センチ)と神造兵士.は大柄なのだ。
『キュイ、キュルル。』
「助けてくれたの?」
『キュイ。』
「ッありがとうございます!!貴方が居なかったら死んでました!!私が生きてるのは貴方のお陰です!!お礼させてください···!!あ、私はこの野原を抜けた先にあるハーレック村のブランです。貴方の名前は?」
『キュイ···、』
神造兵士.の兜の合間から覗く瞳に光が瞬く。少女ブランは神造兵士.の手を握り、頬を紅潮させて口に弧を描き。
微笑んだ。そう、微笑みだ。神造兵士.は人間に微笑まれたのはこれが始めてだったから。
酷く戸惑い。どう反応すればよいのか分からなくて、少女に手を引かれるまま歩き出して長閑な農村であるハーレック村に踏み入れた。
「あらまー。随分と背が高ぇひとだねぇ。」
「おー、街がら来だ患者さんだが?」
「俺、知ってる。鎧を着てるづーごどは騎士様だべー。」
「かっけぇ···!こんなにでっけぇ剣始めで見だ!!ねぇ、ねぇ。後で触らせで!!」
「え、ブランぢゃんが魔物に襲わっだ!?」
「んだ。見廻りを増やした方が良いなぁ。村長にちっと話してくるべ。」
神造兵士.は自分を取り囲み、わちゃわちゃと話し出す村人たちにどう答えたものかと隣を歩くブランを窺う。
ブランは騎士様は命の恩人です!!と野原で魔物に襲われ、神造兵士.に助けられたことを村人たちに話すと。
それは村を挙げてお礼すねばな!!と村人たちはワッと散ったかと思えば。それぞれ手に酒や料理を掲げて戻ってくる。神造兵士.が戸惑うより早く今日は宴会ばすっぺ!!とやんやと賑やかに騒ぎだした。
宴会──。何故?と首を傾げた神造兵士.の背を押しながらブランはお礼もあるけど無礼講で騒ぎたいんだよと苦笑した。
村の中心に天幕が張られて各村人が持ち寄った料理を肴に村人たちは酒を飲み、賑やかに楽器を奏でたり談笑するなかで神造兵士.は目前に並べられた料理と酒杯に困る。
経口摂取によるエネルギーの補給は不要の身だ。神造兵士.は大気に満ちる自然の魔力。マナを取り込む機構が組み込まれている。ただ呼吸をするだけで永久的に活動可能。
マナを取り込めない場合や機構が損壊した場合に備え、経口摂取によるエネルギーの補給も可能ではある。あるのだが。何分、初めてだ。
料理を前に固まった神造兵士.を見てブランが両手に具沢山のスープを注がれた素朴な木椀をふたつ持って隣に腰掛けて。
これ、ケーサ魚のミルクスープですと赤みを帯びた肉厚のケーサ魚の切り身とガジャ芋をコンソメとミルクで煮込んでハーブで味を整えたスープで美味しいんですよーと神造兵士.の手に木椀を持たせる。
やはり木製の匙を渡され、先にスープを食べ始めたブランを真似て神造兵士.は兜の口許の覆いを動かしてスープを口にする。先に感じたのはスープの熱量。ついで豊穣を権能として食を司る神が気紛れに拵えた舌が味を認識する。
神造兵士.は鎧の隙間という隙間から蒸気を噴き出す。目をパチリと瞬かせるブランに神造兵士.は兜の合間から覗く瞳を忙しなく明滅させながら駆動音をけたたましく鳴らした。
『キュ、キュイ。キュイキュイ、キュ···!』
「えーっと。あ、スープが美味しかったの!?」
『キュイ。』
ああ、成る程。これが美味という感覚かと神造兵士.はしげしげと己の手には小さ過ぎる木椀を眺める。しずしずと今度は味わうように二口目を口に運ぶ。
もごもごとケーサ魚の切り身を咀嚼し、ガジャ芋を舌で押し潰して神造兵士.は鎧の隙間から蒸気を緩く噴き出せる。
神造兵士.の独特な感情表現に村人は勿論。ブランも驚きはしたのだけれども。
おおらかに、ちょっと変わってるなぁで済ませてしまい。神造兵士.にあれもこれも食べっせと持ち寄った料理を持ってくる。
自分が食べて良いのかと目で問う神造兵士.にブランは微笑みながら頷いた。
「美味そうに食ってくれるねぇ。作った甲斐があるってもんさ。」
「あ、アルモ婆。じゃなくて村長。」
『キュルル。』
「私はこの村で村長をしている者です。村の皆にアルモ婆と呼ばれている婆なれば。気軽にアルモ婆とお呼びくださいませ。此度はうちの村人を助けて頂き感謝申し上げます。」
立ち居振舞いとそのお姿からしてさぞや高名な騎士であられるとお見受けします。失礼を承知でこの村を訪れた理由をお聞かせ頂きけますかな。
「この子は、ブランは《癒し手》故に魔物にも人間にもツケ狙われる身。神経質かと思われますが貴公の身分を明かして頂けまいか──。」
『キュイ、』
アーカイブにアクセス開始。検索《癒し手》。数件該当有り。其れは治癒術の遣い手の古称。約五十年に渡る魔王の侵略戦にあって、人型の魔物である魔族の最優先攻撃対象であるが故に治癒術の遣い手は力の程度を問わず神殿に保護される。
今では神殿に属さぬ癒し手はいないとされる。神造兵士.が疑問を抱いたことを察しブランはこの国の国教は癒し手を保護してる聖火教ではなく、神樹教って言うまったく別の神様を祀ってるところのなんだよと神造兵士.に説明する。
アルモ婆はその関係上この国では神殿に保護を求めない癒し手が殆どだと話す。神造兵士.は自分の製造にも携わった兄弟神を思い浮かべる。
人間に知恵を授けた炎神と。ひとの営み。その文化を守護する木神。なにかと張り合い喧嘩が耐えない兄弟であるが喧嘩直後に酒を酌み交わしているような神々だ。
地上では炎神を信奉する聖火教と木神を信奉する神樹教は反目してこそ居ないが仲も良い訳ではなく。
魔王という共通の敵が居るので足並みを揃えているという状態であると神造兵士.はアーカイブにアクセスして理解する。
アルモ婆はうちの村はその神樹教に山岳信仰が混ざって純粋な神樹教って訳じゃあないけども、聖火教とは距離がある立場でねぇと苦笑すると。
それに加え私の両親は聖火教の教会で保護されていたけど逃げてきたんだとブランは木製のカップに入った黄金色の飲み物で口を湿らせ。
私の父さんと母さんが居た国では治癒術の使える人間は例外なく神殿に収容され、力が弱い癒し手は戦場の最前線に送り込まれて。
強い力がある癒し手は神殿に仕舞い込まれて貴族や王候だけを治癒するよう強要されるだけじゃなく。
見目が良いと愛妾にされて飼い殺しにされるんだと語り出す。
「父さんと母さんは幼馴染みで小さい頃から大人になったら結婚するって誓いあっていたけど、二人して治癒術に目覚めてしまって。癒し手にさせられて父さんは戦場。」
母さんは神殿で飼い殺しにされて。母さんは無理矢理身分の高い。たぶん貴族の妾にされた。
「父さんは五年間、戦場で癒し手として色々なひとを治していたら治癒術のエキスパートになっていて。神殿に呼び戻された時に母さんが貴族の愛妾にされたことを知ったんだ。」
戦場に送られるよりは安全だと一度は納得したけど、母さんが正妻に酷い扱いをされていると聞いて。母さんを連れて神殿から逃げ出し、癒し手が多く。
癒し手の権利が保証された。聖火教の威光が薄いこの国に辿り着いて、身を隠す為にこの村を訪れ。アルモ婆や村の人たちの人柄と親切に触れて村専属の癒し手になることにしたとブランは語った。
両親と聞き視覚センサーをさ迷わせると母さんは私が三歳の時に魔物に襲われた怪我がもとで、父さんは七歳の時に流行り病で死んだと眉を下げ。
アルモ婆と村のみんなが私の親代わりになって育ててくれたんだと賑やかに騒ぐ村人たちを柔い温もりの灯る白詰草の葉を想わせる翠色の瞳に映して微笑んだ。
「だからね。私は神殿には保護されずにこの村で癒し手をしてるの。母さんと父さんの子供だからね。私の治癒術は結構すごいんですよ。腕が千切れたって治せるんだ!」
《二話目に続く》




