14 破廉恥
ラッキースケベの日本語訳は、幸運『破廉恥』で合ってます?そもそもスケベは日本語か。
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私立聖蘭学園中等部3年生の修学旅行は4泊5日で、そのほとんどが自由行動である。
しかし、絶対に班の中で別行動をしてはいけない。
必ず6人で一緒に行動しなければいけない。
また、泊まるリゾートホテルは決まっており、門限は18時。
班員の中で別行動をした者がいた場合、連帯責任で班員全員がペナルティを受ける。
また、門限を破った班も全員がペナルティを受ける。
そのペナルティとは、1日目から4日目に規則を破った場合は次の日の日程は全てホテル内の和室で勉強会となる。
最終日である5日目に別行動をした場合、または帰りの空港での集合時間に間に合わなかった場合は、次の週の月曜日から金曜日まで放課後に2時間の勉強会の参加を強制される。
このような制約の下、学園生たちは自由を謳歌するのである。
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「海だぁああああ!!!」
ついに沖縄修学旅行の1日目を迎えた神楽たちは、飛行機から降りてすぐに月宮家が保有しているプライベートビーチへと向かった。
肇の強い要望である。
制服の下に下着ではなく海パンを履いていた肇は、砂浜に制服を脱ぎ捨てると直ぐに波の中へと飛び込んだ。
その背中を見ながら、肇の双子の弟である渚が溜息を吐く。
「肇、あんまり遠くに行かないでよ〜!…って聞こえてないよね」
波打ち際を表す名前を持っているというのに、渚は日焼けをしないように両手両足全てを衣服で覆い隠して日除けのパラソルの下にいる。
パラソルの下には丸いテーブルと折り畳み式の椅子が2つも並んでいる。月宮家の別荘が近くにあり、そこに常駐している執事たちが運んだものである。
もちろんパラソルも含めて全部、運搬や組み立てから設営まで全てを執事たちが行った。
さすが月宮財閥のお坊ちゃまである。
肇と渚はそんな月宮財閥の双子なのだが、日の下で活発に動き回りたい肇と正反対に、渚は室内で大人しく過ごしたい人間なのだ。
「肇兄さまに言ったところで聞きはしませんよ」
渚の隣に、2歳下の弟である祷が腰掛けながら言った。
2歳下、つまり祷は中等部1年生である。
この海に渚たちが来ているのは、中等部3年生のみが参加できる修学旅行が目的である。
それなのに。それなのに、だ。
「いやぁ、本当に当たり前のようについてきたね祷。さすがだよ」
「さすがとは何ですか?俺はたまたま偶然にも同じタイミングで沖縄に用事があった理斗のお手伝いとして呼ばれただけですが」
淡々と祷は言い切った。渚は溜息を吐きながら、少し離れた砂浜で花蓮と貝殻拾いをしている神楽を見つめる。
「じゃあ理斗君と一緒にいなくていいの?」
「手伝いが必要なのは夜の時間帯だけみたいです。ですから、今は自由行動です」
「……………そっか。よかったね」
じゃあ1人で自由に観光できるね。羨ましい。僕と代わって欲しいな。それにしても、こんなところで座っているのは勿体なくない?もっといろんな場所に行って遊び回らないの?なんで?なんでここにとどまっているの?
渚は喉から飛び出そうになった言葉を呑み込んだ。
そしてそれ以上の質問をやめた。
隣にいる弟の瞳にはずっと神楽しか映っていない。質問しなくたって理由は分かり切っている。
素直じゃない弟を質問攻めにするのは、弟を苛めるようなものだ。渚は優しい兄なのでそんなことをしない。……いや、面倒なことは嫌いなので薮をつつかないだけかもしれない。
「危ないっ!神楽様っ!」
ビャーッと神楽の方へ飛んできた水鉄砲を、日下部が背中で受けて庇う。
今のところ、水着姿なのは肇だけである。
他の生徒たちは皆、初っ端から海水浴をする予定は無いので制服を着ている。
なので日下部の半袖ブラウスがびしょびしょになってしまった。
怒りで震える日下部に、肇が唇を突き出して見せる。
「ちぇーっ!神楽を狙ったのに!」
「貴様!神楽様になんてことを!!」
「お?なんだ?お前が遊んでくれるのか?」
憤怒している日下部と、きゃらきゃらと楽しげに笑う肇の追いかけっこが始まった。
波打ち際だというのに、肇はぴょんぴょんと身軽に側転やバック転を繰り返して逃げる。それに対し、日下部は陸上の短距離走選手のように全力で腕を振って走っている。
日下部も運動神経は良いので足は早い方なのだが、如何せん、肇は柔軟性や俊敏性に長けているのでなかなか捕まらない。
花蓮と貝殻拾いをしていた神楽が、ウズウズとした様子で2人の追いかけっこを見つめる。
「お〜い。神楽さん?」
首を傾げる花蓮に「すまない」と一言だけ声を掛けた神楽は、日下部から逃げるために肇が投げ捨てた水鉄砲を拾いに向かった。
「え、ちょちょちょ神楽さん?」
困惑する花蓮を置いて、神楽はスタスタと祷と渚のいるパラソルへ向かう。
「おい、まさか」
少し離れた石畳の階段で読書をしていた桐生も顔を上げて呟く。
皆の視線が集中する中、神楽はビュッと祷の顔に目掛けて水鉄砲を撃った。
「…………………何するんですか」
前髪ごと顔面がびしょびしょになった祷が訊ねる。
祷は不機嫌を露わにしているというのに、神楽は少しだけ頬を染めて口を開いた。
「……こうすれば、お前も私を追い掛けてくれるだろう?」
そう言い放った神楽は、水鉄砲を祷の目の前に投げ捨ててから俊敏な動きで逃げ始めた。
そんな神楽の背中を見送った渚は、次いで隣にいる弟を見た。予想通りの表情をしていた。
「……本当は自由に行動したいのですが、神楽が寂しがるから離れられないのですよ」
やれやれ。仕方がない。と言った顔で祷は溜息を吐いてから立ち上がった。
その口角はどう見ても嬉しそうに上がっているが。
「では、行ってきます」
「うん。楽しんでね」
渚はもう何も言わなかった。
今度は祷の背中を見送って、テーブルの上に置いていたウクレレを手に取って演奏を始めたのだった。
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渚のウクレレ演奏が10曲も終わった頃。
結局、肇を捕まえることができなかった日下部が疲労で砂浜にうつ伏せになって倒れた。そんな日下部の背中に座り、肇が口を大きく開けて笑う。
「やるなぁ、お前っ!ここまでオレを追いかけ回せる者はなかなかいないぞ!気に入った!」
ワッハッハ!と白い歯を剥き出しにして笑う肇に、しかし息も絶え絶えな日下部は何も言えなかった。
そして花蓮はというと、神楽が祷と追いかけっこを始めてしまったので、桐生を無理やり引っ張って貝殻拾いを手伝わせた。
最初は嫌がっていた桐生は、しかし綺麗なシーグラスを見つけたので妹への手土産にするために黙々とシーグラスを集め始めた。
神楽と祷はというと、お互いに水鉄砲を撃ち合っては逃げ合って白熱した追いかけっこを繰り広げていた。
水鉄砲は肇が持参した1つしかないため、水鉄砲が命中した場合は撃たれた側に投げて寄こし、交代して使用していた。律儀に器用に遊んでいたということである。
おかげで2人の制服も頭もびしょびしょに濡れている。
「ワッハッハ!祷も神楽も凄かったな!ここから別荘近いし、シャワー浴びようぜ!日下部っ、お前もだ!」
返事のない日下部の首根っこをひょいと掴み上げて、肇は別荘に向かい始める。
「神楽、俺達も行きますよ」
「む。良いのか?」
「貴方は月宮家の本邸で暮らしているでしょう?俺の父だって別荘だけ駄目だなんて言うはずがありませんよ」
「そうか。では、失礼する」
ズルズルと日下部を引き摺る肇の後ろを、神楽と祷が並んで歩きながら追う。
「僕たちも別荘に向かおう。お茶でも用意させるよ」
ウクレレを持ったまま立ち上がった渚が、テーブルの上に収穫物を並べていた花蓮と桐生に声を掛ける。
「えーっ!いいの!?」
「喉が渇いていたところだったから助かる。ありがとう」
そうして渚と花蓮と桐生も月宮家の別荘へと向かい始めたのだった。
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月宮家の別荘にある業務用ドラム式洗濯機は、洗濯から乾燥まで最短で1時間程で終わる。
その間に、追いかけっこをしていた4人はシャワーを浴びに行き、追いかけっこをしなかった3人はリビングルームにあるリクライニングソファで寛ぐことになった。
渚はリクライニングソファに腰掛けてウクレレを弾き続け、花蓮と桐生はリクライニングソファの近くにあるローテーブルを使いながら収穫物の洗浄と消毒をしていた。
「忠のシーグラスも良いね!そっちも拾っておけばよかった〜!」
メイドが用意してくれたガラス瓶に、砂浜で集めた貝殻と星の砂を詰めながら花蓮が唇を尖らせる。
すると桐生がシーグラスを5つ、花蓮の手元に置いた。
「俺もそう思っていたところだ。お前の貝殻と少しだけ交換してもらえないか?」
「えっ!いいの!?ありがとう〜!」
花蓮は満面の笑みで、厳選した巻き貝を桐生に手渡した。
そんな和やかな2人を見つめながら、渚はゆったりとした雰囲気の曲をウクレレで演奏していた。
その時だった。
「日下部ーっ!ゲームしようぜゲーム!!」
肇の元気な声が、大きなシーリングファンが回転している高い天井にまで響き渡る。
シャワーを終えてラフな部屋着を着た肇が、同じくシャワーを終えて来客用の浴衣を着ている日下部の腕をグイグイと引っ張っている。
「先程は貴殿を捕まえられなかったからな!ゲームでも何でもやる!この屈辱は必ず晴らす!」
引っ張られつつも日下部は闘志に燃えている。やる気満々だ。
「意外と仲良くなったね、肇と日下部…」
渚が苦笑いしながら2人を見つめていると、突然、花蓮がローテーブルに額を打ち付けた。
ゴンッ!と鈍い音が高い天井にまで響く。
「え!?」
突然の奇行に、渚はウクレレを落としかけた。
「どうしたの……」
「ああいう積極性が必要だってわかってるんだけどさぁ〜〜〜っ!!」
突然の叫びに渚はビクッと肩を跳ねさせる。
そんな渚の肩に、桐生が優しく手を置いた。花蓮といつも一緒にいる桐生はもう慣れ切っているので驚かないのである。
「前田は日下部を好いているんだ」
「ちょっと何勝手にバラしてんの!!乙女のデリケートな秘密なんですけどぉ!!」
「叫んでおいて、随分と分かりやすいのに秘密も何も無いだろう」
「自分で言うのと他人に言われるのは違うんです〜!もうっ、これだから義仁は乙女心がわかってないんだから!」
ぷんぷんと頬を膨らませて怒る花蓮に、渚はフッと鼻先で笑った。
「あっ!そのバカにしたような笑いやめてよ!!」
「前田さんもシャワーに行けば良かったのに」
渚の言葉に、花蓮は首を傾げる。
「どういうこと?」
「ここの別荘、露天風呂あるんだけどさ。脱衣場と洗い場は男女別なんだけど、露天風呂だけは混浴なんだよ」
渚が言い終えて、その言葉の意味を噛み砕いて理解した花蓮が顔を真っ赤にさせた。
「はぁ──────!!?そんなっ、破廉恥なことっ!!私はしませんからぁ〜〜〜〜!!」
花蓮の叫びが再び高い天井にまで響き渡り、シーリングファンが揺れて軋んだ音を立てたのだった。
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一方、その頃。
露天風呂が混浴などという説明を受けていない神楽と、別荘に来たことが無くそれを知らなかった祷は。
「む?」
「え?」
生まれたままの姿で鉢合わせしてしまっていたのである。




