表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら、この手で葬った宿敵が爆裂美少女な『お隣さん』になっていて!?  作者: 雪見かしわ
1話『好きの反対が無関心ならば、嫌いは好きの裏返しということだろう。By神楽』
1/12

1 目覚め






 ○○1話○○

 好きの反対が無関心ならば、嫌いは好きの裏返しということだろう。By神楽




 




 貴様は余所見(よそみ)をしたのだ。


 

 最初で最後、一生に一度。

 どんな華やかな舞台にも劣らない素晴らしき刹那。

 意識も身体も命さえも、全てを捧げたというのに。


真澄(ますみ)様っ…!!』

 貴様は余所者(よそもの)の声に反応して、俺から目を離したのだ。

 貴様と俺だけの2人きりの世界だったのに。


──────到底許せるものか……!!


 俺は激情のままに、握っていた刀剣の柄で貴様の手元を打った。そこでようやく貴様は視線を俺に戻した。驚愕に見開かれた宙色(そらいろ)の瞳が、刀剣を振り下ろす俺の目を捉えた。

 その、次の瞬間。

 貴様は()()()のだ。諦観でも降参でもなく、まるで幼子が大切な宝物を見つけたような()()()笑顔で。


 気付いた時には貴様の首は泥の上に転がっていた。

 

『真澄様ぁああ!!!』

 少女が慟哭した。そして首を失って力無く倒れた貴様の身体に泣きついた。

 しかし俺はまっしぐらに貴様の首を拾いに向かう。

 

「真澄」

 糞のような色をした泥中でも、貴様の首は何色にも染まらず真っ白で美しかった。一流の芸術品のようだった。

 俺は貴様の白銀色の髪を指で梳き、白磁の頬にそっと触れた。

「真澄」

 

 穏やかな微笑みだ。この世に僅かな未練もないといった、清々しいまでに幸福な微笑みだ。

「真澄っ…」


 なぜ、貴様は笑っている?

 

「真澄」

 白銀の長い睫毛はピクリとも動かず、涙袋に青い影を落としたままだ。もう二度と、あの憎らしいほどにまっすぐな宙色の瞳を見せることは無い。もう二度と、桜色の薄い唇を開けて俺の名を呼ぶことは無い。無い、無い、無い無い無い無い無い。


 わからない!


 どうして貴様は笑っている?

────ああ、貴様の血が滴り落ちるたびに貴様の香りが俺の鼻腔に広がる。

 どうして貴様は最期に笑った?

────貴様の命を奪い、貴様の首を抱き、貴様の香りに包まれることの何と甘美であることか!

 どうして貴様は、俺に笑いかけた?


『人殺しっ…』

 突如として、少女の声が耳に入った。

 

 途端、周囲の喧騒も聞こえ始めた。火縄銃の発砲音、弓矢が空を切る音、刀剣がぶつかり合う金属音、恐怖の絶叫、絶望の慟哭、憎悪の怒号。

 業火の真っ黒な煙と土埃が混ざった風と共に、動植物が焦げた臭いと血肉の生々しい臭いが運ばれてきた。

 

 そこでようやく、俺はこの世界には俺と貴様以外のモノが存在していることを思い出した。

『人殺し!』

 貴様の身体に蛇のように絡み付いている少女が、俺を睨んで叫ぶ。

 

『人殺しっ!!人殺し人殺し人殺しぃ!!』

 翡翠色の彼女の瞳が憎悪に燃え上がる。

 

『お可哀想!真澄様が本当にお可哀想!!真澄様は()()でしたのよ!!決して力でかなわぬ相手を蹂躙してっ…、最低よ!!』


 おんな?

 おんな。

 真澄が、女。

『この人殺し!!』

 足元から世界がガラガラと音を立てて崩れ落ちて、真っ暗な奈落の底に引き摺り込まれるような気がした。直後、その深淵からグラグラと煮え滾る溶岩のような、ドロリとした真っ赤な熱が湧き上がってくるのを感じた。

 

「……そうか。はは、そうだったのか」

 俺はこちらを睨み付ける緑色の目を見つめながら嗤った。

 そして。



 血が溢れて紅を引かれたように真っ赤に染った貴様の唇に、俺は接吻をしたのだ。

 

 


──────

────

──



 突如、ピピピピッと大きな機械音が耳を突き刺す。

 

 次いでカーテンの隙間から差し込む清々しい朝日が目を突き刺す。

 そして覚えのある香りが鼻腔に広がった。


「おはよう、(いのり)

 ()()()()が俺を見下ろす。

「朝ご飯できてるぞ」

 聞き馴染みのある声が優しく俺に語りかける。

「お前の好きな鮭おにぎりと豆腐の味噌汁だ」

 

 俺は柔らかな布団に沈み込んでいた腕を持ち上げて、枕元でけたたましく鳴り続ける目覚まし時計を止める。

「貴方が作ったわけではないでしょう」

「む。そうだが…、少し手伝った」

 俺がゆっくり上体を起こすと、少女が()()()()()を揺らしながらこちらに手を差し伸べた。


────前世と変わらぬ容姿を持つ、貴様が。


「早く支度をしろ、遅刻するぞ」

 そう。


 かつて俺が首を斬り落とした宿敵は、俺の『お隣さん』として転生していたのだ。

 


 


 

 ***

 



 現在、西暦2030年。

 場所は同じく日本だが、前世から500年は経過している。

 

 幕府の力が弱まり領土を奪い合って戦乱ばかり起きていた世の中は、再び生まれ落ちた時には一度も戦乱が起こらない平和な世の中になっていた。

 

 今世で俺は名だたる医療系財閥、月宮(つきみや)家本家の五男として生まれた。

 名前は月宮(つきみや) (いのり)

 幼稚舎から高等部までエスカレーター式の私立聖蘭(せいらん)学園に在籍している。現在は中等部1年生だ。この学園は俺と同じく名だたる企業や政界の子息、さらに天皇家の方までもが通うエリート校である。

 

 東京都心部の高級住宅街の中に月宮家本家の屋敷がある。

 その隣には、同じ医療系財閥である陽向(ひさき)家本家の屋敷がある。

 

 俺の宿敵は、陽向家本家の長女として生まれていた。

──────俺より、2年も早く。

 今世での宿敵の名は陽向(ひさき) 神楽(かぐら)。俺と同じ学園に通っている中等部3年生だ。

 

 家が隣同士で親同士が仲良かったこともあり、神楽とは俺が生まれて間もない頃からの知り合いだ。つまり幼馴染ということになる。

 俺はだんだん物心がついていくうちに前世の記憶も少しずつ思い出したが、どうやら神楽には前世の記憶が無いようだ。

 

『私は勝手に、お前を弟のように思っている』

 そうでなければ、自分を殺した人間にあんなに優しく接するわけがない。

 神楽は真澄であるが、『真澄』とは非なる存在だ。


 そんな神楽の両親は5年程前から事業の幅を広げたこともあり、海外を転々とすることが多くなったそうだ。

 

『神楽ちゃん、ウチで面倒見るよ』

 そして両親がほとんど家にいない陽向家を見るに見兼ねた俺の父が、神楽を半ば強引に月宮家の邸宅に引き込んだ。

 養子として迎え入れたわけではなく、居候させることにしたのだ。


 

 それから俺は、かつての宿敵と同居することになったのだが。

 

「危ないよ〜!身代金目的で誘拐されるかもしれないよ!?」

「そうだよ。僕たちと一緒に車で行こうよ」

 登下校の際には必ず送迎車に乗せてもらうように、俺たち兄弟は父から言い付けられている。しかし神楽はそれを拒否する。

 

「心配してくれるのは有難いが、少しでも身体を動かして鍛えたい。私は徒歩で行く」

 

 毎朝毎朝、神楽は俺の兄たちとこのやり取りをしている。俺は見慣れた光景にやれやれと首を横に振った後、口を開いた。

「今日も俺と護衛が神楽と一緒に登校します」

 

 月宮家には複数人のボディガードが常駐している。俺が3人のボディガードを連れて兄たちの前に立つと、神楽は困ったように眉根を下げた。

「護衛は要らないといつも言っているだろう」

「では車に乗りましょうか」

「それは断る」

 神楽はキッパリと拒否した。

 変なところで頑固なのは前世から変わらない。


「それではこのまま行きますよ」

「迷惑を掛けてすまない」

「行ってきます。兄様たちもお気を付けて」

 

「お前たちこそ気を付けろよ」

 俺達は兄達に見送られながら玄関の外へと歩み出したのだった。


 

─────

───




 俺と神楽は並んで高級住宅街の中を歩く。

 

 その少し離れた後方を、黒いスーツを身に纏った3人のボディガードが歩いている。

 ずっと無言で歩き続けていた俺達だったが、突如として神楽がその沈黙を破った。


「すまない。毎日私の我儘に付き合わせて」

「いえ。貴方を1人で歩かせる訳にはいきませんから」

「む。私1人で平気だぞ」

 嘘をおっしゃい。俺は心の中で突っ込む。

 

 今世でも貴様は美しい。肩まで伸ばしたストレートの髪は白銀色に艶めき、その髪と同じく抜けるように白い肌はシミ1つ見当たらない。すっと細くて高い鼻梁に、桜色の薄い唇。そして何より、青空と宇宙を湛えた大きな瞳が吸い込まれそうな程に美しいのだ。

 

「もし私を襲ってくるような連中がいても、私であれば返り討ちにできる」

 

 貴様は前世と同じく首も手足もしなやかに長いが、細い。確かに空手や剣道など様々な武術を習得した貴様は、平均的な女性と比べればかなり強いと言えるだろう。毎日かかさず筋トレを行っているため、見た目に反して筋肉量も多い。

 しかし。

 

「貴方は女性です。貴方がどんなに鍛えていたとしても、男の力にはかないませんよ」

 俺がそう言うと、貴様は不満げに眉根を寄せた。

 なんだその顔は。

 幼子が欲しい玩具を買って貰えなかった時のような顔だ。

 

「お前にそれを言われると………腹が立つ」

 

「はい?」

 

 何が立つ?腹?貴様は今なんと言った?腹が立つ?……ムカつくということか。何だと。

「俺の心配は余計なお世話だと言いたいのですか」

「む。そうではない」

 

 貴様は縋るような視線を俺に向けた。触れたら凍えそうな程に冷たい青の瞳が、悲しげに揺れる。

「そうでは……ないのだが………」

 

「やぁ〜だぁ〜!朝から眼福ゥ〜〜〜!!♡」

 

 貴様が言いかけていたというのに、突然の邪魔が入った。

 

「はぁ〜ん♡朝から美少年と美少女を拝めて最っ高♡ご馳走様ぁ、今日もありがとね♡」

「何に対する感謝かはわからないが、気持ちだけ受け取っておく」

「相変わらず神楽ちゃんはクールね♡」

 紫紺の巻き髪を揺らしながら、神楽の同級生である加賀美(かがみ) (なぎ)がウィンクする。梛は大手アパレル企業の跡取り息子であるが、女性的な言動をする非常に個性的な人物だ。本人曰く、言動やセンスが女性的なだけで、本質は男性であるらしい。

 

「神楽に何か用ですか?」

 俺は努めて優しい微笑みを浮かべながら梛に訊ねる。

 

「朝の挨拶に来ただけよ〜♡」

 そう答えた梛は、突如としてハッと目を見開くと口元を手で隠した。

「あらヤダ!アタシったらおふたりの邪魔しちゃった!?ごめんなさいねぇ〜。じゃっ、ごゆっくり〜♡」

 

 貴様の周りにはいつも変な輩が集まる。それは前世から変わらない。梛が去ったところで、また次の変な奴が貴様に近寄ってくる。

 

「神楽様ーーッ!!」

 

 ほら来た。ドドドドと激しい足音を立てながら貴様の同級生が走り寄ってきた。神楽に付き纏う熱苦しい男、日下部(くさかべ) (ただし)だ。

 日下部は神楽の目の前で急に立ち止まると、片膝をついて頭を垂れた。

 

「おはようございます!!神楽様っ!!」

「ああ、おはよう」

「本日もお車ではなく徒歩でのご登校ですか!?何度も危険だと申し上げているでしょう!?」

 

 日下部が神楽の隣にいた俺をキッと睨む。

「貴殿…、なぜ神楽様をお車に乗せない?」

 

「違うぞ日下部。だから何度も言っているだろう。徒歩での登校は私の我儘だ。祷は私の我儘に付き合わされているだけだ」

 神楽が庇うように俺の前に腕を出す。

 俺はふっと微笑み、その腕を掴んで下ろさせた。

「ご安心ください。後ろにはボディガードが3名いますし、いざとなったら俺が神楽を守りますから」

「む。お前に守られずとも大丈夫だ」


其奴(そいつ)がいて大丈夫なわけがないでしょう!!」

 叫んだ日下部は濃紺の瞳を細めて俺を睨む。

「……貴殿はどういうつもりなんだ」

 問いかけなのか独り言なのか、日下部かボソリと呟いた次の瞬間。

 

「あ〜あ〜忠ぃ。まーた2人の邪魔してるの〜?」

「日下部は本当に陽向のことが大好きだな」

 

 同じく神楽の同級生である、前田(まえだ) 花蓮(かれん)桐生(きりゅう) 義仁(よしひと)が後ろから声をかけてきた。

 日下部が急に顔を真っ赤に染めて立ち上がる。

 

「なぁっ!?だっ…だだだだ大好きなど恐れ多いっ!!」

 全力で首を横に振りながら大声で叫んだかと思えば、尻餅をついてワナワナと震えている。

 そんな日下部に神楽が手を差し伸べる。

 

「大丈夫か?」

「ア…」

 ボンッと音が聞こえてきそうな程、耳まで真っ赤になった日下部は力無く道に倒れ込んだ。

 

「日下部!」

 神楽は日下部が頭を打たないようにすかさず座り込んで日下部の頭を抱き込んだ。そのまま膝枕の体勢になる。

 俺は今すぐにでも日下部に斬りかかりそうになる衝動を抑える。

 

「動揺しすぎでしょ!」

 前田が桃色の短い髪を揺らしながら腹を抱えて笑い出した。

 その隣で桐生が呆れて溜息を吐く。

「陽向、俺がソイツを運ぼう」

 

 桐生が日下部に手を伸ばす前に、神楽が日下部をお姫様抱っこで持ち上げた。

「大丈夫だ。私がこのまま医務室へ連れて行く」

 

 俺を差し置いて、神楽はスタスタと足早に学園へと向かい始める。

 

「ちょっと大丈夫?神楽さぁ〜ん」

「だから俺が運ぶと言っているだろう、陽向」

 慌てた様子で前田と桐生が神楽の後を追いかける。

 

 俺は、神楽の背中をじっとりと見つめて唇を噛んだ。


(どういうつもり、か。)

 先程の日下部の呟きが脳裏に響く。

(俺は、神楽をどうするつもりなのか。)

 現世において殺しは犯罪だ。

 わかっている。


 前世の梛は、真澄の仕立て屋だった。

 前世の日下部は、真澄の近侍だった。

 前世の前田は、真澄の忍者だった。

 前世の桐生は、真澄の世話係だった。


 皆、真澄と同じ戦で死んで、同じタイミングで転生している。

 戦に勝ち、生き残った俺はその2年後に死んだ。

 だから俺は、2年も遅れて生まれてしまった。


 わかっている。

 俺が歳を重ねても同じだけ神楽も歳を重ねる。追い付くことは永遠にない、永遠に平行線だ。

 年齢において貴様に並び立つことは無い。

 永遠に対等にはなれないことが腹立たしい。

(殺したい)


 神楽は日下部を腕に抱き、桐生と前田と横に並んで俺の先を歩いている。(殺したい)止まって欲しい。(殺したい)神楽だけが立ち止まって、俺を待っていてほしい。(殺したい)俺のところへ来て欲しい。(殺したい)

 やはり殺せばいいのだろうか。

 再び貴様を殺して、すぐに俺が後を追えば、次は貴様と同じ時に生まれてくることができるのだろうか。


 再び殺せば、貴様は笑った理由を教えてくれるのだろうか。


「祷」

 前方から焦がれてやまない声が聞こえて、俺は反射的に顔を上げる。

 宙色の瞳がまっすぐにこちらを向いていた。

 

「何をぼさっとしている。こっちに来い。行くぞ」

 

 その瞳には怒りが宿っていた。何もかもを凍らせる氷のように、しかし最も熱く燃える青い炎のように。

 

 貴様は立ち止まってくれた。

 振り返って、俺を見てくれた。

 追いかけて来ない俺に怒ってくれた。

(ああ、これでは)

 俺は寸鉄も帯びることができないではないか。


「俺は、貴方が大嫌いです」

 

 え、と前田と桐生が揃って素っ頓狂な声を上げる。

 しかし神楽は頷いた。

 

「知っている」


(表情ひとつ変えないのですね)

 俺は心底、貴様が大嫌いだと思った。

 


 

 

 




 


登場人物



・月宮 祷 (つきみや いのり)

 聖蘭学園中等部1年生。お金持ちの五男坊で、品行方正な優等生。

 前世は月詠(つくよみ) 鷹明(たかあきら)。戦国大名家の五男坊。真澄を殺した。


・陽向 神楽 (ひさき かぐら)

 聖蘭学園中等部3年生。お金持ちの一人娘で、仏頂面だが優しくて真面目。

 前世は日出(ひいづる) 真澄(ますみ)。戦国大名家の一人息子。実は女性だった。鷹明に殺された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ