奥間様
その村には『奥間様』という守り神が鎮座する。
山すべてがご神体なので、山の麓の大きな木に、これ以上は立ち入らないようにとしめ縄が施してある。
毎年春と秋の2回、大きなお祭りがあり、しめ縄の施してある大きな木の前にご進物が並べられる。
お米や野菜や果物。狩ってきた猪や鹿が捧げられる。
ご進物は腐る前にだいたい無くなる。
『奥間様』が下りて来て召し上がっているのだという年寄りもいれば、山に住む猪や狸が食べに来ているのだろうと言う者もいる。ときにはおやつ代わりに果物を食べたという子供もいた。
ところが『奥間様』は気まぐれで、春と秋の祭りだけでは足りないらしく、ときたま村に下りて来ては畑の野菜や果物、飼っている鶏まで攫って行くことがある。
さすがに人間は攫われたことはないが、いつ人間に被害が及ぶかわからないし、家畜や農作物の被害であっても死活問題だ。
祭り以外の日にもご進物はたびたび捧げてはいたが、それでもときどき『奥間様』は下りて来て、村から何かを攫って行った。
ある日村に珍しい人間が来るようになった。
畑でも空き家でもいい。この辺りに余っている土地はないかというのだ。
村の家を一軒一軒回る見慣れない人間たちは、たまに土地以外にも、古い農機具を見ては売ってくれないかと言った。
使っているから無理だと村人が断ると、ふ~んと言い、今度は飼っている鶏を食べたいから1羽売ってくれないかと言うのだ。
なんでもかんでも「売ってくれ」という人間たちを警戒した村人たちであったが、不思議なことにその何日後からか、村のあちこちで農機具や鶏が盗まれるようになったという。
盗人を見たわけではないから、誰が盗んだかなどと断定はできない。
でもまさか『奥間様』が農機具まで攫って行ったとは思えない。
だが村人のひとりはこれを良い機会だととらえた。
その村人は自分の農機具を『奥間様』の前に供えた。
月も出ていない真っ暗な夜中。どこかの家の扉を叩く音と、なんなのかわからない鳴き声が聞こえたが、どうせ動物の喧嘩だろうと、そこの住人は扉を開けなかった。実際家の家畜も農機具も無事だったので、なんの問題もなかったそうだ。
それからしばらく『奥間様』が村に下りて来ることはなかったという。
それでもたまに『奥間様』が下りて来ると、SNSにお供えされた農機具の写真をアップすれば、また『奥間様』は静かになるという。
農作物や家畜を攫われることはなくなったが、今度は村人が攫われるかもしれないので、
お供えされた農機具の写真は、なるべくこまめにSNSに上げているらしい。
おしまい