婚約破棄されたので、隣国の冷酷宰相と結婚しました
「公爵令嬢リアナ・フェルガード。君との婚約は、今この場をもって破棄する!」
学園の大広間で王太子ルシウスがそう言い放つと、取り巻きの貴族子女たちが一斉に拍手した。まるで芝居のクライマックスを見ているような熱狂ぶりだった。
私は静かにその言葉を受け止めた。
「理由を伺っても?」
「君の性格に問題があるからだ!平民出の転校生エリナに嫌がらせをしたという噂も──」
「噂、ですか」
私は微笑んだ。その笑みが周囲の空気を凍らせたのか、ざわつきが止む。
「では、噂が真実かどうか、証人をお呼びしても?」
「……証人?」
王太子が眉をひそめたとき、大広間の扉がゆっくりと開いた。
「────失礼する」
現れたのは、一面灰色の軍服に身を包んだ、白銀の髪と氷の瞳の男。宰相グレイ・アルバード。隣国アルステッド王国の筆頭宰相であり、王すら一目置く“冷酷無慈悲な男”だ。
「さ、宰相グレイ!?なぜここに……!」
王太子は顔を引きつらせ、エリナは青ざめた。
「彼が証人です。……宰相閣下、お願いします」
私は会釈する。グレイは私の隣に立ち、淡々と告げた。
「五日前、転校生エリナ嬢がこの学園の厨房に毒草を持ち込もうとしていた件について、現在我が国の監視記録で確認済みだ。王太子ルシウス殿。貴殿が庇っているその女性は、明確に犯罪行為を犯している」
「な……っ!?」
「さらに、君がその事実を黙認し、リアナ嬢の責任に転嫁しようとした形跡も、記録に残っている」
王太子は絶句し、エリナは膝をついた。
私は静かに、でもしっかりと彼らに向けて告げた。
「私に“性格に問題がある”と仰いましたね。でしたら、私は“間違っている者を許さない性格”という点で、問題があるのかもしれません」
「ぐ、ぐぐ……!」
王太子がなにか反論しようとしたが、グレイが一歩踏み出すとピタリと黙った。
「以上だ。貴女の名誉は、これで晴れたはずだ」
「ありがとうございます。では──」
私はくるりと振り返り、彼の腕に自分の手を添えた。
「グレイ・アルバード様。お約束通り、三日目ですね?」
「……ああ。君の願い通りに」
その瞬間、私はグレイの左手薬指に指輪を滑らせ、彼も私の指に同じように指輪を嵌めた。
「わ、わわっ!?」
「い、今のは──!?」
「婚約……!?っていうか、結婚!?」
周囲が騒然とするなか、私はにっこり笑って告げる。
「そうですわ。婚約を破棄されたので、隣国の宰相と結婚しました。──なにか?」
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その後、王太子ルシウスは婚約破棄の不当性が王宮で追及され、王位継承権を剥奪。転校生エリナは国外追放に処された。
そして私は、隣国アルステッド王国の宰相夫人として迎えられ、昼は政務を補佐し、夜は氷のように冷たいグレイの腕の中で、とろけるような熱を知った。
「……なぜ、あのとき本当に来てくださったんですか?」
ある夜、ふと尋ねると、グレイは照れもせずに言った。
「三日前、君が私にプロポーズしたからだ。“婚約破棄される予定なので、結婚してほしい”と。ならば応えるのが男というものだろう?」
「……本当に、変な人」
でも、その変な人と生きていく未来を、私は誰よりも欲していた。