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7.仲の悪い2人

 狙いは椿達であり、全ては黒髪の女性が仕組んだ罠だった。これが一番可能性が高い。

 彼女の正体がわからないので、とりあえずはXと呼ぼう。

 Xはレミア達に襲われたと言って、椿達を見事おびき寄せた。が、ここで一つ疑問が残る。椿達三人の誰かが狙いだとして、あまりにも確実性がない。

 まず、あの時あの場に三人がいた保証がない。仮にいたとしても、レミア討伐に名乗りを上げる保証もない。もちろん事前の下調べがあれば、十分推測できる範囲ではあるが、もっと手っ取り早く、より確実におびき寄せる方法なんて無限にあるはずだ。

 狙いは特定の誰かではなく、話を聞いてノコノコやってきた冒険者? もしくは別に狙いがいて、今回は失敗に終わっただけなのか? いや、可能性が高いのは前者だろう。

 と、ここまでを桜とアスターに話す。


「なるほどねぇ」


 桜は難しい顔をしてうなる。


「誰でも常に最善の方法を選べるわけじゃないけど、あの三人の誰かが狙いなら、ちょっと雑だよね」

「ああ。だから何らかの理由で話を聞いてやってきた冒険者を無差別に狙ってるんだと思うんだが……それもそれで変ではあるんだよ」

「何が?」

「血痕だよ。途切れてたろ。仮にXがここにやってきた冒険者を殺したり、拘束するのが目的としたらオルトロスじゃ力不足だ。でも他に敵はいなかった。おまけにそれ以上道標はなかったから、あの三人は適当に進んじまった」


 だから俺達も、三人の後を追うことができず勘で進むしかなかった。

 まあその結果アスターに会えたわけだから俺的にはむしろラッキーと言えなくもないのだが……ちょっと待てよ。

 今まさに、俺は重大なことに気づいてしまった。

 体が興奮で震える。口を手で抑えながら、俺はおそるおそる確認を取る。


「アスター……。お前は血痕も何もなかったから、ここまで適当に進んだだけなんだよな?」

「そうだけど? 私一応、こういう勘は冴えてるはずなんだけどなあ」


 ここまで大規模なダンジョンともなると、もはや迷路のようなもので、入ったいいが進むことも戻ることもできずそのまま中で息絶えてしまったという話も珍しくない。そんな中、俺は奇跡的にアスターのいる場所を引き当てた。

 こ、これは……ッ!


「運命だああーッ!」


 勢いよく立ち上がり、感動の涙を流しながら天井に向かってガッツポーズをとる。

 アスターと俺は、まさにそう。運命という糸で繋がっていたのだ。


「なっ、ど、どうしたのアキラ……」


 桜が怯えた目で見てくるが関係ない。推しと運命で繋がっている。これを喜ばずにいられるだろうか。


「なんで泣いてんの……? ちょっと、うるさいから黙って! 座ってよ!」

「ええい騒ぐな桜! 俺は今喜びを噛み締めておるのだ!」

「騒いでんのはアキラでしょ……」


 アスターはすっかり慣れてしまったようで、横に立って子供をあやすみたいに俺の頭を撫でる。


「はいはい、いいから黙って座ろうね」

「あ、はい」


 アスターに言われたら従うしかない。当たり前だ。


「弱みでも握られてんの……?」


 困惑する桜をおいて、俺は咳払いして話を進める。


「まあとにかく、ここからは真面目に話すぞ」

「なんか納得いかないんだけど……」

「とりあえず、今から俺達のやるべきことは、三人と逸れた場所に戻ることだ。もしかしたら、俺達が気づいてなかっただけで、何か道標になるような物があったのかもしれない。とにかく急いで……アスター?」


 俺が話している途中で、アスターは興味を失ったように欠伸をすると、そのまま立ち上がった。


「じゃ、私は行くね」


 そう言って、来た道とは逆──つまり、ダンジョンのさらに奥へ歩いて行く。


「ちょ、ちょっと待てって」


 俺も慌てて立ち上がり、回り込んでアスターを止める。


「どこ行くんだよ。俺の話聞いてたか?」

「私、別に君と一緒に行動するなんて言ってないんだけど? 先に進むならまだしも、わざわざ来た道を戻るなんて面倒なこと嫌だな」

「いやそれは──」

「手伝ってくれてもいいじゃん」


 俺が言うより早く、桜が声を上げた。俺の横に立って、抗議の目を向ける。


「強いんでしょ? じゃあちょっとくらい協力してくれても」

「嫌だよ。なんで私が君達の尻拭いしなきゃいけないの?」

「尻拭い?」

「何かな。弱虫ちゃん」

「なっ……!」


 二人の間で火花が散る。

 しまったあー! 基本アスターは誰とも馬が合わないが、特に桜とは相性最悪。お互いどちらかというと相手を見下す傾向にあるので、全く噛み合わない。


「弱虫じゃないし! ていうか、アスターさんだって本当は強くないんじゃないの?」

「命の恩人に向かってずいぶんな言い草だね」

「恩人……?」

「ああ。こないだはモンスターが怖いあまり、お漏らしして気絶しちゃったんだっけ。覚えてないよね」

「おっ、お漏らしなんてしてないし! もうムカついた!」


 二人は「ふんっ」と顔を背けると、それぞれ反対方向へ歩き出す。アスターは先へ、桜は俺の手を取って元の道へ。


「行こっ、アキラ。あんな女もう放っておいた方がいいよ」

「いや待って」


 遠ざかっていくアスターの背中を呆然と見つめる。

 このまま戻っても、時間のロスになる上手がかりが見つかるとは限らない。だったら……。


「やっぱりアスターについて行こう。その方が安全だしな」

「はあ!? 私嫌だよ!」

「まあまあ。アスターがさっき言ってたろ。勘は冴えてるって」

「それを信じるの?」

「まあ、な……」

「ふーん」

「……いてっ」


 桜が無言で俺の尻を蹴ってくる。


「なんだよ」

「べっつにー?」


 全く納得いってないようだが、とりあえずは俺の言うことを聞いてくれるらしい。それ以上は何も言うことなく、ただ黙って俺達と一緒にダンジョンを歩き進む。

 うーん、やっぱり良くなかったかなあ。


……


「ぐるるぁ!」


 人の腕ほどある牙を二本持った、巨大な虎型のモンスター、サーベルタイガーが現れた。

 桜は素早く杖を構え、呪文を唱えようとして──


「えいっ」

「ギャアアア!」


 ……アスターが一瞬のうちに斬り伏せ、サーベルタイガーの悲鳴が静かに木霊する。

 これでもう三度目だ。桜が倒そうとしたモンスターを悉くアスターがぶった斬って、桜は絶賛消化不良中である。

 アスターはくるりと振り返ると、俺を見て言う。


「やっぱり三階層程度じゃ大したやつはいないね。()()()()()使()()()()()()一瞬で終わっちゃうな」

「いや、俺はそもそも勝てるか怪しいんでそんなこと言われても……」

「こんなのに苦戦してるようじゃたかがしれてるよね」

「あの、話聞いてます……?」

「ちょっと」


 桜が横から俺の腕を引っ張って胸に抱き寄せて、アスターを睨みつける。さしずめ獲物を狙う猫のようだ。


「アキラに近づかないでよ」

「別に近づいてないけど。でもアキラ君弱いから、より強い人の側にいた方がいいかもね。あんな子猫に苦戦するようなどっかのおチビちゃんよりね」

「苦戦してないしチビじゃないし! それに、アキラはザコなんだから、剣をぶんぶん振り回すだけの人の側は危ないんじゃないかな」

「ああ、太刀筋が早すぎて振り回してるように見えちゃったのかな。まだまだ本気出してないんだけど。困ったな……アキラ君レベルの弱虫が二人もいたんじゃちょっと面倒臭い」

「なぜ俺は誹謗中傷されているんだろうか」


 緊急事態(エマージェンシー)。二人の火花が激しすぎて火花というより花火みたいになってます。さっきからお腹が痛いです。

 俺はアスターを傍に引っ張って耳打ちする。


「おい、あんまり揶揄うなよ」


 悲しいかな。桜を煽る目的でもなければ、わざわざ俺を側に置こうとしないことはわかっている。


「ごめんごめん。ちょっと面白くて」


 と、言っている間に。

 仲間の血の匂いを嗅ぎつけたのか、ダンジョンの奥でサーベルタイガーの赤い瞳が光る。


「わお、二体目だね」


 アスターは新たな獲物が見つかって嬉しそうに舌なめずりをする。


「グルルァア!」


 サーベルタイガーが飛びかかる。それに合わせるかのようにアスターも飛び、素早く剣を抜いて斬──


「──エクスプロードッ!!」


 アスターが斬るのと同時。桜の放った魔法で、サーベルタイガーの体が爆発した。

 エクスプロードとは、火属性上級の爆発魔法。数メートル四方を軽く飲み込むほどの範囲規模と、圧倒的な熱量で、十メートル近く離れていたにも関わらず、その暴風に吹き飛ばされそうになる。

 し、信じられない……。

 三日前ダンジョンに入ったときは、初級魔法しか使えなかったはず。

 なんという成長速度。

 ほんの一瞬ではあるが。目を覆うほどの光の向こうで、アスターが爆炎に飲み込まれるのが見えた。

 俺は咄嗟に叫ぶ。


「アスターッ!」


 至近距離であの大爆発に巻き込まれたんだ。流石に無事では……

 と、その瞬間。爆炎が裂けるように割れ、黒煙とともにアスターが飛び出した。

 なんという化け物。あれを受けてほぼ無傷でいるなんて。

 紫色の瞳を光らせ、桜を睨んでいる。


「なんのつもり?」


 まずい。本気でキレてるかも。

 対する桜はしてやったりという顔で笑っている。


「別に。モンスターを攻撃しただけだけど」

「ふうん。仕返しってわけ?」

「さあ」


 二人はしばらく睨み合って、同時にぷいっと顔を背けた。

 うぅ、お腹痛い。


「と、とりあえず進もうか……」


 そこから先は、二人とも何を言っても無言のまま、ひたすら現れたモンスターを我先に狩りながら三階層を抜け四階層に突入した。


…………


「はあ、はあ……」

「大丈夫か桜」

「う、うん」

 

 四階層も半ばまで進んだとき、とうとう桜の息が荒れ始めた。

 高威力の魔法を使えるようにはなったが、それに魔力量が追いついていないのだ。まあ、あれだけ頻繁に魔法を打っていたら無理もない。アスターに負けじとモンスターを攻撃しているが、これ以上は流石に使用を控えるように言おうとして、


「疲れたなら休めば?」


 俺より先に、先を歩いていたアスターが振り返って声をかけた。

 桜はむっと顔をしかめる。


「別に疲れてなんか」

「嘘つきなよ。息荒れてるし、汗だらけじゃん」

「……だからって、休んでなんかいられない」

「わからないな。君はてっきり、アキラ君についてきただけだと思ってたんだけど。どうしてそんなに必死なの」

「だってそりゃ……なんかムカつくじゃん。黒幕が誰か知らないけど、人が一人死んでるんだよ」


 意外、でもないか……。

 普段の態度こそ生意気だが、元来桜は、優しく正義感が強い。

 アスターの目に、少し翳りが見えた。失望か怒りか悲しみか。奥にある感情は見えない。

 静かに近づくと、呟くように、けど力強く言った。


「力がなきゃ、何も意味ないよ」


 瞬間。反応すらできないほどの速度で、素早く桜の斜め後ろに移動すると、手刀で首の後ろを叩いた。

 フッと消えるように目から生気がなくなって、体はただ重力に従って前に傾く。


「桜!」


 すんでのところで受け止めて、アスターを睨む。


「おい、急に何を──」

「どのみち限界でしょ。その子」

「…………っ」


 たしかに、言われて聞くようなやつじゃない。手荒だが、こうでもして強制的に抑え込まなきゃこれ以上は本当に命の危機だったかもしれない。


「……だからって、もう少し優しくしてもよかったろ」

「嫌だよ。先に仕掛けたのその子だもん」


 むぅ……。意外と子供っぽいところがあるんだよなあ。

 まあそういうところが可愛いんだが。


「……それに」


 アスターは先を指差して静かに言う。


「すぐそこにいるからね。例の裏切り者さん」

「……わかるのか?」

「なんとなく、ね」


 思わず、剣を握る手に力が入る。

 嫌な想像はしたくないが、もし()()()()()ときは……命を懸ける必要がある。

 怖くないわけじゃないが、覚悟はもう決めてある。

 俺は桜を背負って言った。


「じゃあ、そろそろ行こうか。俺達をダンジョンへおびき寄せ、ほくそ笑んでるであろう奴の元にな……」

「急に仕切らないでよ」

「…………あの、行きましょうか」

「今カッコつけてたよね?」

「…………」

「ね?」

「もう勘弁してください!」


 恥ずかしさで泣く俺を見て満足したらしく、この日初めてアスターが笑った。

 お、おのれぇ……! 可愛いからと調子にのりおってからに!


「まっ、ふざけるのはここまでにしといて、そろそろ行こっか」

「ああ……!」


………………


 数百メートルほど進んだ先。

 狭い道を抜けるとドーム型の広場のような空間があり、床の中心には太陽を模した模様が描かれている。

 そこで、レミアと椿達三人が対峙していた。

 レミアは赤く長い髪の女性で、黒色の深いスリットのついたドレスを着て、背と同じ程ある杖を撫でるように持っていた。

 対する椿達は、警戒心をマックスにして、どこから敵が来ても対処できるよう常に武器に手をかけている。

 俺達は角に隠れて息を潜め、様子を伺っているだけなので、おそらくバレてはないだろう。


「よくここがわかったわねぇ」

「たわけ。あれほどわかりやすい目印を残しといて、わからないわけあるか。バカにするのもいい加減にしろ」


 やはり、俺が見落としていただけで何かあったのか……。

 椿は息を吐くと、レミアから視線を離し、虚空を見上げる。


「さっさと出てきたらどうだ? 黒幕は他にいるんだろう」


 と、椿が言うと。レミアの後ろに続く道の闇から、手を叩く音がする。それは次第に大きくなり、それと共に、人影が見え始める。

 クロリスで怪我人を運んできた黒髪の女性──X。姿形は同じだが、纏う雰囲気は全くの別物で、ニヤニヤと笑みを浮かべている。


「ご明察、ですね」

「やはりお前か……。あのときお前が背負っていた彼女は?」

「ええまあ。ダンジョンにいた人間の中から適当に選んだだけですよ」

「私達をおびき寄せるためにわざわざ殺したのか」

「そりゃあ、リアリティが必要ですからね。どうでした? 中々必死で可哀想な顔をしていたでしょう? 私」

「クズめ……ッ!」

「私からもいいですか? どうしてわかったのですか? 全て私に仕組まれたことだと」

「バカか。わかりきったことを聞くな。あそこからここまで、目には見えないがお前達は魔力痕を残していた」


 魔力痕……! 

 魔法を使えば、大なり小なり余分な魔力が漏れ出てしまう。いわばガス。漏れ出た魔力はその量に比例してしばらくその場に止まり続ける。

 それを感知することができるのなら、ここまで辿り着くのはそう難しいことじゃない。


「あそこまでくっきりと、等間隔で長々魔力痕が残っていたらわかるさ。誰かが私達を手招きしている、とな……。私達がこのダンジョンにいると知っている者はそう多くない。特に、誘導できる者はな」

「ふふふふふ……。そこまでわかっててよくここに来たものですね」

「罠にかかるのは癪だが、お前を倒すには仕方ない!」


 椿が長刀、雅を抜き、速攻を仕掛ける。

 まさしく目にも止まらぬ速さで接近し、Xへ剣を振り抜こうして──


「おっと。レミア!」


 Xが名を呼ぶと同時に、横から現れたレミアが杖を伸ばして、椿の剣を受け止める。

 その隙にXは左手で銃の形を作り、その先を椿へ向ける。


「吹き飛べ」

「ぐっ……!?」


 音もなく、指先から放たれた衝撃波は、防御を軽々と破り腹を突く。そのまま弾かれるように、椿は血を吐いて数メートル後方へ飛ばされてしまう。

 椿と共に来た魔法士──アイビスが杖を向けて、Xに向け爆発魔法を放つ。

 が、まるで効いていない。爆煙を払い、Xはなおも不気味に笑う。


「素晴らしい。その魔力こそ、私の欲しかったものです!」

「魔法ならいくらでもくれてあげるわ!」


 アイビスが杖を上に掲げると、急激に気温が上がっていくのがわかる。杖の先から放たれる強力な熱エネルギー。この距離でも肌が焼けそうだ。

 ダンジョンが揺れる。

 大技が来る。そう判断したのは俺だけじゃないらしい。Xは両手を上げて降参のポーズを取る。


「勘弁していただきたいですね。今の私ではあなた達には勝てない。……レミア!」

「はいっ!」


 レミアが返事とともに三人に向けて杖を向ける。そのまま魔法を放つかのように思われたが、それを遮るようにアイビスが叫んだ。


「遅い! アーククリ──」

「待てアイビス後ろだッ!」


 椿が咄嗟に迎撃大勢を取って叫ぶ。が、剣を持つ手が震えている。アイビスは魔法を撃つのも忘れて、ただ目を見開いて()()を見つめている。

 もう一人の冒険者──結衣は、腰を抜かしたのか、崩れるように座り込んだ。

 レミアはさっき、魔法を放つために杖を構えたんじゃない。()()()を呼ぶためだったのだ。

 三日前。俺達を追いかけ回した巨大オーガが現れた。



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