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5.魔法協会

 俺がアスターを救うと決意してから三日。

 しばらくは筋肉痛で動けなかったが、今朝やっと治った。

 というわけで、俺にはこれからやらないといけないことがいくつかある。

 一つ目は鍛えること。アスターの言う通り俺は弱い。最低でも、彼女に認められるくらいの強さを手に入れなければ救うもクソもない。

 二つ目は魔法協会へ冒険者登録をすること。これがなくてはダンジョンの二階層以下へ入れないし、登録さえしておけば野良モンスターの賞金が貰えて一石二鳥。

 そして三つ目だが──大変困ったことになっていた。


 コンコン、と部屋のドアがノックされる。


「アキラ、入るよー」


 と、桜の声。俺が返事をする間もなくドアは開かれる。

 桜は薄手の猫耳パーカーにホットパンツという格好で、朝食を乗せたお盆を待っていた。


「朝ご飯持ってきたから」


 そう言って、俺のベッドに腰掛け、白米を箸で一掴み。そして、それを俺の口へ運び……。


「はい、あーん」

「もぐもぐ」

「……どう?」

「うん、すごく美味しい」


 桜は家庭的な女の子で料理が上手い。

 その上白米、味噌汁、鮭、ほうれん草の和え物、たくあんというザ・和風なメニュー。シンプルなようでかなり凝ったラインナップ。

 味噌汁を飲むと、その温かさと味噌の深みが体に染み渡る。どれもこれも、実に俺好みの味付けだ。この三日間で、完全に俺の好みを把握してしまったらしい。


「そっ。まあ、気に入ったなら良かった」


 俺が褒めると、嬉しそうに微笑む。

 差し出されるままに朝食を食べ終え、最後は水を一杯飲む。


「…………」


 こっちに向かって、なぜか前傾姿勢の桜さん。引き寄せられるように頭を撫でると、勢いよく叩き落とされて、


「女の子の頭を勝手に触るな! 全くアキラは……」


 と、ニヤニヤしながら怒られる。可愛いね。

 顔をほんのり赤くしたまま、桜はお盆に食器を乗せて立ち上がり、


「じゃあ、片付けしとくから。また何か困ったことがあったら呼んで」


 そう言う。

 ここまででワンセット。ダンジョンから帰ったときからこれを毎朝している。なんなら、ご飯の度に、だ。

 だから俺は、部屋を出ようとする桜に向かって言う。


「もう筋肉痛治ったから。明日から自分で食べるよ」

「アキラってほんとザコだよね〜。早く治してご飯くらい一人で食べてくれないと困るよ」

「もう筋肉痛治ったから」

「そんなんでほんとに私のお兄ちゃんなの? 超心配……はしてないけど! 介護するこっちの身にもなってほしいんだけど」

「もう筋肉痛治ったから」

「全くアキラは……ほんとに仕方ないんだから……」


 俺の声には耳も貸さず、ぶつぶつ言いながら部屋を出る。

 というか、別に筋肉痛でもご飯くらい一人で食べれる。

 一人になった部屋で、俺はこれからのことについて物思いに耽る。


 ……なんか、距離近くない?


 桜さん、急に距離近くなってない? とても可愛い。

 ロリコンだなんだと言われようが声を大にして言いたい。デレた桜は可愛いッ!!


「──って、そうじゃねェよ!!」


 アスターを救うためにやるべきこと。その三つ目。

 原作にないシナリオを歩み、アスターを救うと言ったが、ある程度は原作を準拠しなければならないこともある。

 その一つが、全ての攻略ヒロインとのフラグを片っ端からへし折るという物だ。これは、終盤になって戦うとある敵の能力が関係しているのだが……。

 桜の好感度、確実に上がってますよね……?

 これはまずい。すごくまずい。

 い、いや、魔王ルートでもある程度各ヒロインとの友好関係は結ぶのだが、とにかく恋愛的なあれに発展することはないし、関係性としてはライバル時々仲間くらいの薄い物だ。

 し、しかし……。


 ちくしょう、桜が可愛すぎる。


 アスターが最推しではあるものの、俺は登場ヒロイン全員好きだ。

 というわけで、あそこまでデレられると、なんかズルズルいきそうで怖い。

 いや、落ち着け。

 たしかにダンジョンでの一件を経て、桜は心を開き始めた。が、あくまで兄としてだ。

 実際、家族への情愛が好きな人へのそれに変わるのに、桜はかなりの苦労を要した。大体、これまで孤独な生活を送っていた桜がようやく家族を知り始めたんだ。これを突き放していいわけがない。

 俺は胸に手を当てて深呼吸をする。

 俺がしっかりしていれば、何もかも上手くいくんだ。大丈夫。

 となれば、やるべきことは決まっている。

 俺はベッドから降りて運動着に着替え、剣を持って部屋を出る。


「アキラ? どっか行くの?」


 エプロンをつけた桜がリビングから顔を出す。


「ああ。魔法協会にな」

「えぇっ!? あんたもしかして、冒険者にでもなるつもり?」

「そのとおり。お兄ちゃんには目標が見つかったのだ」

「……ふーん。ちょっと待ってて」


 そう言ってパタパタと部屋に走ると、十分ほどして、髪をポニーテールに結み、ランニングウェアの姿で戻ってきた。背中にはしっかり杖を背負っている。


「お待たせ。行こっか」


 まだ芽吹き始めたばかりの桜並木の道を二人で歩く。すれ違う人達が俺を見て変な顔をするが、桜はどこ吹く風で鼻を鳴らしている。


「いや、なんでついてきてんの?」

「だって迷子とかなったら困るし〜」

「初めてのおつかいじゃねぇんだよ」


 俺を無視して桜はどんどん進んでいく。

 やれやれ。……可愛いなあ、もう!


………………


 アキバのど真ん中に堂々と位置する、日本一のギルド。魔法協会総本部クロリス。

 基本的に冒険者や魔法士と呼ばれる者たちは魔法協会に組し、身体登録をしなければならない。

 冒険者とは、簡単に言えば国から認められた武装組織であり、モンスター等人民に被害を及ぼす者達への対処を通じて命じられている。倒した相手次第では賞金が貰えたり、その他優遇措置もあるためこの世界において非常に人気の高い職業である。

 というわけで、俺達も冒険者登録をしようとクロリスに来ていたのだが。

 まるで一つの城のような大きさで、軽く百を超えるほどの人達が行き交っていた。

 流石は日本一。規模がでかい。中には冒険者用のレストランやカフェがある上、トレーニングルームやスパ施設も完備。もはやリゾート施設だ。

 いざ実物を目にするとワクワクが止まらない。


「よし、中に入るぞ」

「うん」


 俺は高鳴る胸を抑えながら扉に手を掛けたところで……。


「どいてくれ!」


 後ろから怒号が飛んできたと思ったら,肩を掴まれて横に薙ぎ払われた。

 尻もちをついた俺は何事かと顔を上げて、門を見た。

 どうやら俺を倒したのは彼女らしい。黒く長い髪の綺麗な女性で後ろに人を背負い、門を蹴り開けていた。


「きゃああ!」


 桜が彼女を見て悲鳴を上げた。

 無理もない。今の女性、全身血だらけの上に右手がなかった。だがそれでも、彼女が背負っていた人に比べれば百倍マシだ。

 胸から下の左半身が、何かに食いちぎられたかのようにえぐれ、欠けていた。

 俺は急いで起き上がり、彼女らに続いて中に入った。中には大勢の人がいたが、誰も動かずたださっきの二人を見つめている。


「……ヒールッ! ヒールッ!」


 茶髪の女の子が、黒髪の背負っていた女性に向かって必死に回復魔法を使っていたが、まるで効いてる様子がない。

 ……無理もない。あんな欠損、どう頑張ったって助かりっこない。ましてヒールなんて初級魔法じゃ尚更だ。

 茶髪の子が絶望を滲ませた顔で黒髪の女性を見るが、彼女は横で眠る相方をただ見つめるだけだ。


「……ね、ねえ、もう無理よ」

「うるさい!」


 人混みの中から別の女性が黒髪の彼女の肩を掴むが、彼女はそれを振り払い、崩れ落ちるように膝をついた。そうして、相方の体に必死にゆする。


「助かる……。助かるわよ絶対! だって、約束したもの! 約束したんだから!」


 大粒の涙を溢しながら。彼女は、現実から逃げるように叫んだ。

 みんな、目を背け俯いている。茶髪の女の子ももう治療をやめてしまった。

 完全に、呼吸が止まったからだ。


 ギルド内の何人か最初に動き出した。遺体を運ぶ者、黒髪の彼女を治療する者、慰める者。そして、受付へ走る者。大急ぎで冒険者登録を解除しようとしているのだ。

 ただ登録するだけで誰でもなれる冒険者。しかしそれは人気の割に日々減少傾向にある。その理由がこれだ。たしかに良い部分だけを見ればまさに最高の人生を歩むことができるが、実際は八割方まともな生活をおくれない。何かしらの障害を抱える者、気を病み廃人になる者、最悪の場合死に至る者。

 チラリと横を見ると、桜は目を見開いて怯えていた。無理もない。あんな光景小学生にはまだ……。

 いや、それは俺もか。

 震える足をぐーで殴って、俺は桜の肩を掴んだ。


「お前は帰れ。桜には確かに才能がある」


 原作でも、桜は冒険者登録を済まし、最終的にはトップクラスの魔法士になる。

 しかし、今じゃない。


「お前にはまだ早いよ。冒険者になれば、ギルドから強制招集がかけられることもあるんだぞ。百パーセント安全じゃない。もう少し強くなってからでも……」

「う、うん……」


 桜が俺の言葉に頷いたそのとき。


「一体何があったんだ?」


 黒髪の女性の方から、聞き馴染みのある声が聞こえた。俺はバッと後ろを振り返る。

 そこには、治療を終えた彼女に優しく手を置いて声をかける椿の姿があった。

 前回同様髪を後ろにくくり、戦闘用の道着袴を着ている。腰には長刀と脇差しを携えていた。


「な、なんで椿が……」


 い、いや、椿は超越者の称号を持つ冒険者。クロリスにいてもなんら不思議はない。原作基準で言えば、俺がここにいることがおかしいんだった。

 幸いというべきか俺には気づいておらず、椿は続けて声をかけていた。


「自分達のレベルに合わない深さまでダンジョンに潜ったのか?」


 黒髪の女性は俯いたまま首を横に振り、静かに語り出した。


「わ、私達はまだ駆け出しだ……。そんなバカなしない。今日も三階層程度で済ませる予定で……」

「……ふむ。そういえば先日、例の初心者用ダンジョンの五階層で、七階層レベルのオークが出たと話を聞いた。そういうことは稀にある……。まさか、あなた達も、そういったハプニングに……?」


 また首を振り、震えた肩を抱きながら怯える声で言った。


「いたんだ。一階層に。……や、奴らが!」

「奴ら……?」

「指名手配中の、あの魔法士だ。……レミアだ!」

「な、なんだと……!」

「私達の敵う相手じゃない。応援を呼ぼうとすぐに逃げ出したが、私達に気づいた奴らはオルトロスを使役し……私は腕を。ミーナは半身を、あの化け物に食いちぎられた……!」


 ……驚いた。

 レミアとは魔法士の一人にして、協会の裏切り者。人を殺し、私利私欲のために魔法を使う悪だ。原作ではただのサブクエスト程度に出てくる敵でしかなかったが……。まさか彼女が出てくるなんて。

 でも、俺が真に驚いたのはそこじゃない。

 早すぎるんだ。

 レミアが協会を裏切るのはもっと後のはず。時期的に言えば今はまだ頼れる魔法士であるはずなのに、なぜか現時点で既に指名手配中と言っていた。

 いくらなんでもこれはおかしい。たしかに俺が干渉したことで原作から外れることはあるだろう。だが、今回の件に関しては俺はまだ何もやっていない。それとも、俺の登場が巡り巡って全てを変えたのか?

 いくら考えても疑問は尽きない。一体何が起こっている。

 と、頭を悩ませる俺を置いて、椿は立ち上がった。


「そのダンジョンの場所を教えてくれ。私が行こう」

「つ、椿さん……!」


 椿は黒髪の女性に向かって優しく微笑むと、受付の方へ歩き彼女らに指示を出した。


「至急女を集めてくれ。私は剣士なんでな、最低でも魔法士が一人ほしい。できれば私と同じ超越者以上の階級持ちの方が良い」


 椿は強い。レミア相手でも負けはしないだろう。使役したオルトロスとやらも、三か良くても四階層程度のモンスター。普通に考えれば敵じゃない。

 だが、なんだろうか。胸騒ぎがする。

 レミアは本当に弱いのか? なぜ椿が手を上げたのに、誰も喜んでいない? なんでみんな、そんな悲痛そうな顔をしている?

 俺は拳を握った。ビビってる場合じゃない。もしレミアが俺の想定より強かったとしたら、椿は最悪の場合死ぬことになる。いくらなんでも見殺しになんかできない。

 それに奴はアスターとも関係している。倒せるなら倒しといた方がいいだろう。

 覚悟を決めて一歩踏み出そうとしたとき、後ろから袖をギュッと握られた。桜だ。


「アキラ、どうするつもり?」


 俺は目線を合わせて、そっと頭を撫でる。


「先に家に帰ってろ」


 そうして、受付の前に立った。俺の顔を見て眉を顰める彼女達を無視して言う。


「冒険者の申請がしたいんですが」

「じゃ、私も」

「桜!?」


 俺の横に立って、ふんっと鼻を鳴らしている。


「お前なんで」

「ザコのアキラを一人で行かせられるわけないじゃん」

「いやでも……」


 桜はピースサインを作りながら、「大丈夫」と笑う。


「私これでも、ちょっと特訓してまあまあ強くなったから。……蜘蛛はやっぱり苦手だけど、もうあんな無様に負けたりはしないもん」


 ……し、仕方ない。言って聞くようなやつじゃないし、実際桜の潜在能力はすごい。何か助けになるようなこともあるかもしれないし……。第一弱いのは俺も同じだ。本当にピンチのときは何がなんでも帰らせらればまだ大丈夫だろう。

 俺達が登録を進めてる間に、椿の方もメンバーが集まったらしい。椿をリーダーとして、同じく超越者の魔法士アイビス。さらには弓士の女性。彼女だけ名前がわからない。


「私、結衣と言います。役に立てるよう頑張ります!」


 ……らしい。

 三人はそれぞれ自己紹介をして、作戦会議をしているようだ。

 俺が一緒に行きたいと言っても許してくれるはずがない。となれば、後ろからこっそり付いていくしかないだろう。

 しばらくして三人の会議も終わり、とうとう動き始めた。こっちも準備はできてる。

 行動開始だ。


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