12.いわゆる説明と修行回
桜とのデート(買い物)から一夜明け。
「どう? アリアさん」
「凄く美味しいです! 腕を上げましたね桜」
桜の作った朝食に舌鼓を打つアリアと、それを聞いて喜ぶ桜。そしてそれをぼーっと眺める俺。
「えへへ、やった」
「さ、桜……っ。抱きつかれると食べにくいです」
桜が猫のように甘えて、アリアは顔を真っ赤にあたふたしている。
そんな、特定の趣味を持った人間が見れば絶頂してしまうような大変微笑ましい景色を眺めながら、俺は昨夜考えついた計画を実行するタイミングを測っていた。
最近感じている、修行の手詰まり。強くなると言ったは良いものの、何をすればいいのかわからない。
筋トレ、素振り、ランニング。とりあえず思いついたことは一通りやってみているのだが、これで本当に強くなるものなのか。
やはりダンジョンにでもいってモンスターを狩るのが手っ取り早いのか、とも思って何度か潜ったが、さっぱり強くなった気がしない。
つまり、今の俺には何かしら指導してくれる人が必要なのだ。
そんなことを考えていて、ピンときた。
二人が離れたタイミングで、俺は探るように口を開いた。
「……なあ、アリア」
「気安く呼ばないでください」
おぉ……。
顔を赤くして照れるような笑みから一転。スッと表情が消えて、睨むような顔で俺を見る。
昨夜は普通に話せていたが、冷静に考えてみるとこいつは俺の命を狙ってるわけで、端的に言えば凄く怖い。が、ビビってる場合じゃない。
勇気を出してもう一度口を開こうとしたとき、アリアがため息をついた。
「オロオロして鬱陶しい人ですね。一体なんですか?」
「いやー、あの、アリアって強いの?」
ピクッとアリアのこめかみが震える。
食事中だと言うのに静かに立ち上がって、壁に立てかけられた剣を手に取り、それはもう冷たい表情で──
「──試してみますか?」
「わあああああ違う違う! 煽ってるわけじゃないから!!」
必死に手を振って弁解すると、アリアは剣を納めてぐいっと俺に顔を近づける。
「なんなんですかあなたは昨日からっ! 私を馬鹿にしているんですか!?」
「し、してません……。ただちょっと確認を」
「確認?」
天上人の竜族ともなれば、その身体能力は計り知れない。昨日の戦闘でも、俺の見立てでは椿よりも強く感じた。
「もしかして、冒険職についてたりする?」
「いえ、そういったことには興味がないので。ですが……モンスターとの戦闘経験はありますよ」
「じゃあ、魔力の扱いにも長けてたり?」
「そうですね……。桜を守るために色々と鍛えましたし。何より──」
俺を見ながら意味深に一息ついて
「──昔、修行をつけてもらったことがありますから」
「へ、へぇ……?」
「……それで、本当になんなんですか。言いたいことがあるならはっきり言ってください。うじうじしてる人は嫌いです」
「いや別に嫌ってもらって構わないんだが嘘ですごめんなさい」
一々殺気を飛ばしてきやがって……。怖いよこの人。
「あのぅ……俺、とある理由があって、強くなりたいんだけど。最近手詰まりを感じててな。だから……」
そこまで言ってから、俺はアリアに向かって勢いよく土下座をする。
「お願いします! 俺を弟子にしてください!」
「お断りします」
「なんでェ!?」
「何の義理があって私があなたに修行をつけなきゃいけないんですか」
「……昨日殺そうとしたくせに」
と、俺がボソッと呟くと、カチーンとアリアとキレる音が聞こえた。
「なるほど。今度こそ挑発と受け取っていいですよね」
「なんだよ! 事実だろ! 青龍学園に入学するまでの一週間だけでもいいんだ」
「事実も何も、昨日言ったじゃないですか。私はあなたを狙うのをやめたわけじゃ……」
「でも誤解してたのは本当だろ! 名誉毀損だ!」
「む、むぅ……」
「まあまあアリアさん」
桜がパンッと手を合わせて、上目遣いにアリアを見る。
「アキラの頼み聞いてあげてよ。アリアさん強いし、ね?」
「なっ、桜まで……!」
「ナイス桜! その通りだ。頼むよアリアさん!」
「あなたが気安く呼ばないでください!」
桜のアシストもありながら、粘りに粘ること五分。
ようやくアリアが、心底嫌そうに渋々頷いた。
「はあ……貸しですよ。日野アキラ」
「えっ」
元々は誤解していた借りを返せと迫っていたはずなのに。
「あっ、じゃあ私も。説得してあげたでしょ」
「えっ」
さらに桜が便乗する。
この二人に貸しを作るなんて死ぬほど怖いが……まあ仕方ない。
………………
家から少し離れた場所にある運動公園。
そこに、俺とアリアは来ていた。
俺はジャージに昨日買った一本の剣。
アリアは昨日と同じく黒のドレス姿。おそらくこれが戦闘服なのだろう。
「……さて、教えるとは言っても、まずはあなたの強さを知らなければ始まりません」
「じゃあ、早速実戦形式か?」
「いえ。単純な戦闘力は昨日ので十分わかりました。……はっきり言えば、かなり弱いですね」
「手厳しいな」
「お世辞は苦手なので。日野アキラ、あなた、どれくらい魔力のことを知っています?」
「どれくらいって……。結構詳しくはあると思うけど」
なんせブーケを隅々まで攻略してたんだ。
俺がそう答えると、アリアは疑うような目で俺を見る。
「……では、魔力には複数の属性が存在します。その数は?」
「えぇっと……八。いや、九か?」
「その通り。そして、属性によって力が全く違います。まずはそれを理解してください。….…では、基本属性の五つを言えますか?」
「あぁ。火、水、土、気。それから無だろ?」
アリアが頷く。
ブーケで言うところの魔力とは、全ての生物が共通して持っている生体エネルギーであり、その属性は大まかに四つに分けられる。
「基本となる火、水、土、気。あらゆる生物がこのいずれかの属性を持っています。体の中に、それぞれの属性に合致する波動が血のように流れているのです。どの属性を持って生まれるかは完全なランダムであり──まあ遺伝による影響も多少ありますが──その上生まれ持った属性は変えることができません。そして、極めて波動が小さく力のない属性……すなわち無。これを加えて五つの基本属性と呼びます。ではそれぞれの性質は?」
「火は強化、水は浄化、土は硬化、気は同化。だろ?」
「正解です」
再びアリアが頷く。
「多くの生物が、それら四つのうちの一つと無属性。つまり二つの属性を持っています。無論、稀に三種類以上の属性を持っている人もいますが……彼らにも主属性、副属性の違いがあり、副属性は主属性に比べ魔力量が少ないです。そこでまずは、自分の属性を知り、それに合った戦いを考えるのがスタートとなりますが……あなた、自分の属性はわかっていますか?」
「あぁ、俺は火だ」
火属性。つまり性質は強化。
最も戦闘向きの属性と言われ、その戦い方は多岐にわたる。
魔力そのものが炎のような形状、熱量を持っており、ただ放出するだけでも強力だが、体や武器に纏うことで、その破壊力は数倍にも跳ね上がる。
俺の他にも、桜が同じく火属性であり、高めた魔力を魔法として放出している。ただでさえ強力な炎は、己の性質により威力を極限まで上昇させているのだ。
「火属性となれば……セオリーとしては魔法による遠隔攻撃が主流ですが、近接戦闘でもかなりの効果を発揮しますね」
「俺は魔力量がそこまで多くないし、魔法を覚える才能はからっきしだからな。あくまで身体強化のサポートとして使いたい」
「良い選択だと思います。魔法は向き不向きが大きいですからね。……しかし、そこまでわかってるなら私が何かを教える必要がありますか?」
「いや、知識はあるんだよ。知識は。でも、鍛え方がわかんないっつーか」
「なるほど。これまではどんなトレーニングを?」
「そりゃ普通に筋トレしたりランニングしたりとか。あとは素振りも」
剣を軽く振りながらそう答えると、アリアは首を傾げて呆れた顔で俺を見た。
「な、なんだよ……」
「私の剣を貸しましょう。一度これで素振りをしてみてください」
言われるままにアリアの剣──刀身が長く片刃の剣を受け取り、頭上に振り上げる。
「ちゃんと魔力を刀に纏わせてくださいね」
「お、おう」
目をつぶって意識を集中する。体に流れる波動が魔力石を通じて、魔力として放出されるイメージ。
炎が刀身を走る。その感覚を掴んだと同時に、一気に剣を振り降ろ──
「──重っ!!」
突然剣の質量が何十倍にも増大したような感覚で、振るというより重力に引っ張られるように剣を振り下ろす。
勢いよく下された剣先は、鈍い音を立てて地面をえぐる。
そのまま前に倒れそうになるのをなんとか耐えて、再び剣を持ち上げようとするが、どれほど力を入れてもまるで動かない。いやむしろ、力を入れるほどに重くなるようにすら感じる。
とうとう限界が来た俺は、弾かれるように手を離してアリアに抗議の目を向ける。
「なんだよこの剣は! 重すぎだろ」
「でも最初は普通に持ち上げてたじゃないですか」
「いやそれは……たしかに。なんでだ?」
「この剣……」
アリアが隣に置いた俺の剣を取って言う。
「どこで手に入れた物ですか?」
「どこって、普通に武器屋だけど。なんか変?」
「所謂妖刀です」
「よ、妖刀!?」
妖刀。一般的には呪われていたりだとか、何かしらいわくつきの物を指すことが多いが、ブーケでは少し違う。
本来、魔道具には必要不可欠な魔力石が入っていないことが、妖刀には多い。
当然それだけではただの真剣や鈍と同じだが、それらとは明確な違いが存在する。
「というか気づかなかったんですか? これほどの魔力を帯びているのに」
「いや全く」
本来ありえないはずのこと。
刀身その物が魔力を帯びている剣。
それが、ブーケの世界で言う妖刀の定義だ。
魔力はあらゆる生物が生まれたときから有してる力であり、一種の生命エネルギーであるが、それゆえに非生物は決して魔力を内に宿さない。
しかしときに、作成者の念や使用者の想いが魔力と共に込められた結果、当然変異的にその理を超える物もある。
「てことはこれ、ガラクタかよぉ……」
妖刀なんて、今日日コレクターにしか需要がない、と聞く。実際俺も、それを武器として使ってる人間は一人しか知らない。
まさかあの店員は知ってたんじゃないか? どうりで変な顔をしてると思った。
安値だからまだいいが、ガラクタを掴まされたのは割とショックだ。
「そうでもありませんよ」
と、俺が肩を落としていると、アリアが透き通るような声でそう言った。
「なぜこの妖刀を選んだのですか?」
「別に理由は……。ただこいつに目が惹かれて、感触も悪くなかったし」
「そこです。妖刀は魔力を浴びていますから、よほど相性のいい波動でなければその性能を発揮できません。妖刀が武器としてはガラクタ同然と言われるのは、魔力石なしで魔力を纏わせることの難しさと、仮に纏わせたとしても剣の持つ魔力と波長が合わない、
という二つが理由です」
「なんだよ。それじゃあまるで……。俺とそいつが相性が良いって言いたいのか?」
「はい。ときに人と剣は惹かれあいます。あなたが導かれるように手を伸ばしたのも同じ理由でしょう。何より、私がこれが使おうとすれば、拒絶反応が出るでしょうね」
「拒絶反応?」
「例えば……さっきのあなたみたいに、とてつもなく重く感じるでしょう」
「え、えええぇ!? じゃあさっきの、拒絶反応だったのか?」
「当然です。私、水属性ですから。当然その剣に埋め込まれた魔力石も水属性です」
「てっきり同じ火属性かと」
そもそもゲームじゃ、属性不一致の武器なんて使用できなかったから、拒絶反応が出るなんて知らなかった。
「さて、話はここからです。魔道具が特殊な素材で作られ、さらに魔力石を埋め込まれているのには理由があります。一つは属性の確立です。どんな属性を持っていても、魔力石を通さなければ、放出される魔力は無属性となってしまいます。そしてもう一つは、無機物に魔力を纏わせるのが難しいからです。この理由については──」
と、いつの間にか眼鏡をかけて、どこからともかくホワイトボードを取り出したアリアが長々と説明してくれたのだが。うん、難しくてパンクする^ ^。
覚えの悪い俺に呆れながらも、なんとか根気強く説明してくれた魔力理論について簡単にまとめると、
・人間が持っている波動は、同じ属性でも指紋のように一つ一つ違う。
・魔力石は、同じ属性の範囲内にある波動を大きくしたり小さくしたりして、微妙な調整を行う補助機能を持つ。
・魔力石がなければ波動は不安定な波長を持つことになり、それでは完全に属性を決定することができない。
ということである。
「んー? じゃあやっぱり、その妖刀は使い物にならないんじゃないか? 魔力が纏えないんじゃ、結局ガラクタ同然だろ?」
「難しいだけで、決して不可能ではありません」
「……だとしても、やっぱり無属性じゃ多少切れ味が増すくらいで」
「それも問題ありません。なぜ妖刀の多くが魔力石を埋め込まれてないかわかりますか? 剣そのものが、魔力石の代わりとなるからです。……とはいえ、修行の道具としては厳しいでしょうね。魔力を筋肉と同じで、使えば使うだけ大きく強くなりますが、そもそもこの剣では魔力の放出ができない。あなたが手詰まりを感じたのも、それが理由です」
「なるほど……」
まあ厳密に言えば、そいつを買ったのは昨日で、それまではずっとカタストロを使っていたのだが……。
考えてみれば、カタストロも真の力を覚醒させなければ、ほとんどただの真剣と同じだ。
「ですが、まともに扱えるようになればかなり協力な武器になりますよ。完全に合致した波長を持つ武器はかなりの高威力を発揮します。世の中には、高いお金を払ってより自分にあった魔力石を手に入れようとする人もいますしね」
「でもよ、凄いのはわかったが、俺はどうすればいいんだ? 修行道具としては最悪なんだろ?」
「だから私の剣を貸したのです」
「はい?」
アリアは俺が手に持っている自分の剣をチラリと見た。
「その剣、まともに振れるようになってください」
「え? でも拒絶反応が……」
「はい。別属性の魔道具では魔力を放出しようとすれば拒絶反応が出ます。ですが逆を言えば、拒絶反応が出るだけで、魔力の放出は不可能じゃない。それに纏わせることができたのなら、この妖刀も必ず扱えるようになるはずです」
そう言って、妖刀を目の前でぷらぷらと振る。
「それまで、これは私が預かりましょう」
「扱えるようにって……んな簡単に」
実際不可能ではないだろう。考えてみれば、俺の知っている一人も妖刀を当たり前のように使いこなしてる。……やっぱ只者じゃねぇなあ。
「もちろん簡単ではありません。が、それくらいできてもらわなければ困ります」
「困るって何が──」
アリアの目が、スッと急に冷たい物へと変わった。
「期限を決めましょう。そうですね……青龍学園へ入学するまでの一週間でいいでしょうか。それまでに出来なければ」
「で、出来なければ……?」
なんとなく予想はしつつも、恐る恐る聞いてみると、アリアはより一層冷たい声で。
「殺します」
と言った。
「言っておきますが、本気ですよ」
「……あぁ、わかってるよ」
構うことはねえ。今更気にするか。
アスターのために一刻も早く強くなると決めたんだ。命の一つや二つじゃ懸けたりないくらいだ。
「はなから覚悟は決まってんだよ」
「いい度胸です。……では」
「ッ!!」
突然、アリアがナイフを抜いて襲いかかってきた。
俺は咄嗟に防御の姿勢を取ろうとするが、その瞬間、剣が岩のように重くなり、まともに動けない。
サクッと、頬が薄く切れる。
「油断大敵。今日はこれで終わりますが、明日からは毎日一時間、本気で殺しに行きます。いつ襲うかは私の気分次第。その一時間、あなたは逃げようが隠れようが好きにしてくれて構いません」
「はっ、よく言うよ」
逃す気なんてないくせに。要するに死にたくなきゃ、こっちも本気で戦うしかない。
「……もし一週間、あなたが生き延びて、尚且つ妖刀を完璧に扱うようになったのなら──」
さっと背を向けて、顔だけわずかに振り向いて流し目で俺を見ながら言う。
「──そのときは私も、本気であなたに修行をつけてあげましょう」
陽に照らされた横顔は恐ろしいほど綺麗で、宝石のような輝きを放つ銀色のまつ毛の奥で、瞳の中の嵐が一際強く吹き荒れていた。
そして、時間は流れ──
………………
青龍学園へと入学する前夜。
「……来ましたか」
「あぁ、今日はまだだったろ?」
一週間前と同じ運動公園で、俺とアリアは相対していた。
「これから行こうと思っていたのですが……手間が省けたのは良いことです」
右半身に付けた包帯を剥ぎ取って、大きく息を吸う。
「もう逃げない。……来いッ!」
一瞬、地面を蹴る音と共にアリアが消える。そして気づけば、俺の懐に入っていて。目にも止まらぬ速さで突き出されたナイフをすんでのところで受け止める。
凄まじい衝撃。手がジンジンと痺れ、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうだ。
アリアがスッと、ナイフを僅かに引いた。おそらく連撃で一気に仕留めるつもりだろう。そうなれば負ける。
「うおおおおおお!」
一気に魔力を吹き出して、素早く手首を返して渾身の力でナイフを叩き落とす。
そしてそのまま、アリアの首筋にそっと刃を当てて。
「……俺の勝ちだ」
アリアは目を見開いて驚いた顔をしたあと、ふっと笑った。
「驚きました。よくここまで成長しましたね」
「まあ、な」
「いいでしょう。私があなたを強くしてあげます」
こうして俺は、アリアの課題をクリアした。
そして──
翌日の朝。
穏やかな青空に包まれた街に桜の花びらが舞い、緑豊かな草木が春の訪れを告げている。
赤色のブラザーに黒色のスカートを履いた女生徒達。おそらくは俺と同じで新入生であろう彼女達は、俺の存在など見えてないように楽しげに談笑している。
普段なら男の姿を見ればゴキブリのような表情をするだろうに、今はそんな余裕ないだろう。
まあ気持ちはわかる。
目の前に広がるのは、天を刺すような時計台を中心に、城のような建物が並んでいる。日本最大級のマンモス高、青龍学園の校舎だ。
これから来るであろう数々の出会いと試練を予感しながら、仰々しい校門を一歩超えて、等々その敷地に足を踏み入れた。




