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11.今宵は満月

 銀髪少女の剣を、なんとか紙一重で受け止める。

 周りにいた女性達は、悲鳴を上げて逃げていく。

 彼女は、驚いた顔で俺を見る。


「今のを受け止めますか。桜を脅し弄ぶゲスな男と聞きましたが、案外やりますね」

「ふざけんな」


 つーか。この小柄な体格で、なんつーパワーだよ。

 体が潰れるかと思ったし、手がじんじんと痺れてやがる。

 こりゃあ、勝てねえ。

 せめてカタストロがあればなんとかなったろうに。こうなれば逃げの一択だな。

 それに、さっきから彼女の言っていることも気になる。なんだ? 俺が桜が弄んでるってのは……。


「次は手加減なしです」

「えぇ……手加減してよ」


 銀髪少女が再び襲いかかってくる。

 ショッピングモールは人が多すぎる。他人を巻き込むわけにはいかない。

 斬撃をギリギリのところで避けて、俺は駐車場へと一目散に駆け出した。


「逃がすものか……!」


 刺されるような冷たい殺気を背に浴びながら、俺は必死に逃げ回る。足を止めたら殺られる。

 なるべく攻撃は避けて、当たりそうなのは剣で受け止め、なるべく障害物に身を隠すようにグネグネ曲がりながら走る。

 彼女はときおり舌打ちしながら、それでも一切目を離すことなくついてきた。


 そして、十分もたった頃。


「鬼ごっこはここまでですね」


 俺はとうとう、追い詰められてしまった。

 尻もちをついてなんとか呼吸している俺の眼前に、息一つ乱さず余裕そうな表情で切先を突きつけている。


「はぁ、はぁ……なんとか見逃してもらえたり……?」

「許しません」

「俺何かしましたかね? 桜がどうとか言ってたけど。ていうかあんた誰」


 こんなキャラ、ブーケで見たことない。


「私のことはどうでもいいです。あなたに個人的な恨みもありません。ですが、桜に危害を加えるあなたを生かすわけには」

「ちょっと待てよ。俺が桜に? まじでなんの話だよ」

「言い訳は聞きません。大人しく死んでください」


 と、剣を振りかぶったとき。


「ちょっとアキラ、何してんの?」


 ピンク色の傘を差した桜が、声をかけてきた。

 銀髪少女の手が止まる。


「荷物も置きっぱなしで雨に濡れてるし。ていうか、もしかして修羅場?」


 そう言って、目を細めこちらに駆け寄って。

 ふと、三メートルほどまで近づいたときに一瞬足を止めた。


「……あれ? もしかしてアリアさん? 久しぶりじゃん!」


 驚いたように笑いながら、アリアと呼ばれた銀髪少女に飛びかかるように抱きついた。


「さ、桜……! お久しぶりです。再会はもちろん嬉しいですが、今は少し離れてください。この男を殺すので」


 桜に抱きつかれて、アリアは頬を少し赤らめながらたじたじになっている。

 なんというか、さっきまでの氷雪のような冷たい態度とは大違いだ。


「アキラを? なんで?」

「この男は、あなたに危害を加え、脅し、弄んでるクズでしょう? ですから──」


 それを聞いた桜は、さっきまでの嬉しそうな表情から一転。スッと、顔をしかめて。


「……もしかして、お母さんの命令?」

「……桜」


 お母さん。たしかに桜はそう言った。

 俺達には二人の母がいる。俺をここまで育て、さらに一年前から桜をも家に迎えた母親。

 そして、俺と母を置いて出て行き、一年前に桜をうちへ引き渡してきた母親。

 桜は前者をおばさんと呼び、後者をお母さんと呼ぶ。

 つまり、今言ったお母さんとは。


「聞いてください桜。楓様は今も桜のことを──」

「あの人の話、しないで。あんなやつ、もう家族じゃない。今の私は、九条桜じゃない!」


 九条楓。俺を置いて出て行った、母親の名だ。


「それにアキラが私を弄んでるなんて嘘。……そりゃ、頼りないしバカだしロリコンでブラコンでザコだけど」

「おいちょっと待て」


 何のフォローにもなってないどころか、アリアの殺気がちょっと鋭くなった。


「でも、そんなに悪いやつじゃないから」


 照れながらも、力強くそう言った。

 桜とアリアは見つめ合い、そして。


「……はぁ。……そう、かもしれませんね」


 折れたのはアリアだった。そっと剣を鞘に仕舞う。


「はい。じゃあもうこの話お終い!」


 パンッと手を叩いて、桜は俺とアリアの腕両方を自分の胸に抱いた。


「アリアさんも、一緒に帰ろっ」

「え、えぇ……」


 またも、アリアは照れたように頬を赤らめる。

 そうして俺達は、ぎこちない雰囲気のまま帰路へと着いた。


「……くしゅんっ」


 玄関で桜が可愛らしいくしゃみをする。

 一応傘を差して帰ってはきたものの、先程の騒動で俺達三人はすでにびしょ濡れ。そして今、ちょうど体が冷えてくる時間帯だった。

 俺もさっきからブルブルと震えているのだが、桜に風邪を引かせるわけにもいかないだろう。


「先にシャワー浴びろよ、桜」

「でも、アキラだって震えてるじゃん」


 バレてたか……。


「まあ、俺は後からでいいって。どうせなら、アリアと一緒に入ればいいんじゃないか? よくわかんないけど、久しぶりにあったんだろ?」

「気安く呼ばないでください」


 後ろから殺気が飛ばされる。


「し、しかし……桜と一緒にお風呂ですか。わ、悪くないですね……。そうしましょう桜」

「だめだよ。アキラはざこなんだから、そう言ってカッコつけてもすぐ風邪ひいちゃうでしょ? 私がこの一ヶ月で何回看病したかわかってる? ご飯も一人で食べられないしさ」

「いやあれは風邪じゃないしご飯は一人で食べられたんだけど」

「看病も大変なんだけどな〜?」

「結構嬉しそうだったじゃねーか」


 まあ、本気で言ってるわけじゃなくて、俺に気を使わせないように嘘をついてるんだろうし気持ちは嬉しいが、やはり桜を置いて先にお風呂に入るのは気が引ける。その上アリアから邪魔をするなという無言の圧力をビンビンに感じているので、なんとか断ろうと口を開こうとしたとき。


「てことで、三人で一緒に入ろ」

「「はい?」」


 俺とアリアの声が重なった。


「もちろん、水着だけどね」

「いやいやちょっと待てって……」

「そうですよ桜!」


 いくら水着とはいえ、一緒にお風呂とかいくらなんでも気まずい。桜と二人なら、ギリギリなんとか許容できても、アリアに関しては初対面な上さっきまで命を狙われてた女の子だ。

 そしてそれは、アリアも同じだろう。なんとか桜を説得しようとしている。


「うるさいなあ。……あっ、アキラへの命令これにしよっと」

「えぇ……」


 なんでも言うことを聞くという約束。

 あれを出されてしまっては、もはや俺に拒否権はなくなった。


「アリアさんも、一緒に入ろうよ」

「そ、それは嬉しい提案ですが……。男とは無理ですっ。日野アキラも言っていたではありませんか。二人で入りましょう。私達が気を使う必要はありません。そうですよね?」

「…………」

「なぜ何も言わないんですか?」


 アリアに同意を求められるが、俺は今や賛成派だ。すまん。なんとか頑張ってくれ。

 命を狙う者と狙われた者ではあるが、今や俺達の思惑は同じ。お前に全てを託したぞ、という思いをこめてじっとアリアを見つめる。

 だが、何を勘違いしたのか、アリアはゴミ虫を見るような目で俺を見て、もはや殺意も通り越した侮蔑の念を露わにしている。


「このクズめ……」

「誤解です」

「では一緒に説得してください」

「…………一緒にいかが?」


 慌てて剣に手を添えるアリア。そんな彼女の手を、桜がそっと引っ張る。


「てことで、早く行こっ。いい加減寒いよ」


 もはや説得は不可能と感じたのか。アリアは大きなため息をついた後、不承不承といった感じで頷いた。

 そうして俺達は、体を温めるため、三人でお風呂に入ることとなった。


………………


「で、お前まじで誰なんだよ」


 あの後、桜の誘いでなぜかうちに泊まることになったアリアを、桜が寝静まったであろう夜中に、庭へこっそり呼び出した。


「なぜあなたに素性を明かさないといけないんですか?」

「急に命を狙われたんだぞ、こっちは。それに楓さんとは俺も半分血が繋がってる。無関係じゃないぞ」


 アリアは観念したようにため息をついて、そっと夜空を見上げた。

 彼女の銀色の髪が月明かりに照らされる。先程は冷徹な鋼のように見えていたそれは、今は澄んだ宝石の輝きのようにも見える。

 どこか哀愁を漂わせた表情で、呟くように言った。


「……今宵は満月。あの月や星達も、まるで夜空に張りついた氷のようで……。冷たい印象を受けます」

「はい?」


 この状況で急にポエムとは恐れ入る。

 何分国語は苦手なもんで、なんと返すのが正解が頭を悩ませていると、アリアは静かに首を振った。


「いえ、なんでもないです。……私と桜は、本物の姉妹のように育ってきました」

「姉妹? 育つ? 楓さんのとこでってことか?」

「ええ。私は元々、奴隷の身で……。縁あって楓様の元に引き取られ、そこで一緒に。出会ったのは今から五年ほど前です」

「奴隷って……。あんた異種族なのか?」

「ええ、まあ。あなた達から見れば」


 そう言って前髪をかき揚げ、おでこを晒した。

 こめかみ横の内側左右に、イボのような出っ張りが見えた。

 今度は小指で口を引っ張り、歯を見せてくる。いわゆる犬歯というか、牙のような前歯がある。


天上人(ホモ・アーラ)……(コルヌ)族です」

天上界(ヘヴン・レベル)……」


 層のように重なった五つの世界のうち、もっとも高い層にある世界、天上界。そこを支配する一族こそ天上人である。俺達海上人よりも遥かに頑強な肉体を持っており、その中でも一際強いのが竜族。

 地底界を除いた四つの世界、そしてそこを支配する種族達は不可侵条約を結んではいるが、それはほとんど形式的かつ抽象的な物で、個人に対しての思考や言動を縛る力はない。

 人の歴史は、争いと差別の歴史だ。それはこの世界も同じこと。

 つまり、和親条約を結んだある種族を除いて、ほとんど合法的に、異種族の人身売買が認められている。

 もちろん、いくら奴隷でも人道に反した扱いをすれば犯罪となるが、奴隷として売られた者達の待遇はお世辞にも褒められた環境じゃない。

 彼女もまた、その被害者なのだと言う。


「別に今さら、奴隷であった過去を憎んではいません。天上界でも横行していますし。誰も彼もが善人なわけでも、悪人なわけでもない」

「そ、そうか。なんか悪かったな……。えーっと、で、楓さんに拾われてからは桜と一緒に育ったんだっけ?」


 正直半信半疑ではある。アリアなんてキャラ、原作には登場すらしていないからだ。

 だが、ここに来てから既に、俺の知らないことばかり。もはや俺の持っている知識など、この世界を攻略する上で大して役には立たないのかもしれない。


「はい……。ときに私は桜の姉として、ときに身を守る戦闘兵器として」

「……まあ、竜族は強いしな」

「その通りです。楓様が私を引き取ったのも、それが理由でしょう。あの方は桜を心の底から愛していた。……しかし、どういうわけか一年前。楓様は桜をここへ預けた」

「捨てたんだろ」


 アリアが首を振る。


「たしかに、私に対して桜を追わないようにとキツく仰ってはいましたが……。それでも楓様は、常に桜を見守っていました」

「で、今になって急に、俺を殺せと?」

「はい。あなたが桜に危害を加え、無理やりダンジョンやらに連れ込んでいる、と」

「うぐっ……。いや別に無理やり連れ込んだわけじゃ」

「その上、桜を脅してまるで恋人気取りみたいに。桜を力で従わせ蹂躙する……男はみな薄汚い獣ですから」

「恋人気取ってないし猿じゃないし獣じゃないんだが」

「ですが、勘違いだったようですね」

「勘違いですむか。あんとき桜が来てくれなきゃ……」

「いえ。その前から薄々勘づいてはいました。これでも、あなたよりずっと長い時間、家族として過ごしてきたんです。妹の笑顔が本物かどうかの見分けくらいつきます」


 桜の話をするときのアリアは、昼間と違って本当に優しい顔だった。


「……じゃあ、これで完全に誤解は解けたわけだ。桜は喜ぶだろうし、またいつでも遊びに来てくれよ」

「ええ、まあ。あなたの命も獲りやすいですしね」

「はい? 誤解は解けたんだろ。狙われる理由が……」

「勘違いしないでください。私があなたを狙うのは楓様の命令と、桜のためです。誤解かどうかなんて、どうでもいい。あなたが桜にとって害を与える存在だと判断すれば、容赦なく取ります」

「つまりはあんたの気分次第ってことか?」

「そういうことです。ですから、精々桜を悲しませることがないように励むことです」

「ははっ、手厳しいな」


 アリアにとって、きっと桜は俺にとってのアスター。いや、姉妹として育ってきたんだ。むしろそれ以上だろう。桜を語るアリアに、どことなく自分に似た雰囲気を感じて、思わず笑ってしまう。

 そして少し、悲しくも感じる。

 いくら相手が男だからと言っても、たった一人のために誰かを殺してもいいなんて、普通じゃ言えない。


「俺だって、桜を悲しませたいわけじゃないさ。仮にも兄貴だしな。だからあんたも、余計な心配せず肩の力抜けよ」


 アリアは夜空を見上げ、呟くように言った。


「今日……久しぶりに桜の笑顔を見ました。太陽のように、底抜けに明るい笑顔を。私は月です。桜がいなければ輝くことのない冷たい石でしかない。だから、あの笑顔のためなら、桜が幸せなら、なんでもいいんです」

「そうかな?」


 俺も夜空を見上げる。たしかに、あの満月も星も、自分の力で輝くことはできない。その上太陽に比べればずっと小さく、弱い。綺麗だが、どこか冷たく儚い景色。

 でも──


「俺は好きだけどなあ、月。たしかに太陽に比べたら鈍くて、仮初の光かもしれないけど、あれがなきゃ夜はただの暗闇だ。冷たく見えるけど、決してそれだけじゃない。極寒の地でも絶やすことなく燃える松明のように、たしかな物を持っている。かっこいいって思うし、すごく……綺麗だ」


 無表情で愛想がなく一見冷たいが、実は凄く優しい彼女……そう、アスターのように。

 ああ、思い出すなあ。転生前、どれだけ自室のベランダで夜空を眺め、アスターを思い焦がれていたか。


「は、はあ……!?」


 アリアが突然大声を上げ、アスターに独占されかけていた脳が急激に現実へ引き戻される。驚いて彼女を見ると、真っ赤な顔で目を見開いて俺を見ていた。


「な、何を言っているんですかあなたは! 調子に乗らないでくださいっ」

「…………?」


 一体何に怒っているのかわからず、首を傾げている俺を睨むと、アリアは話は終わったとばかりに窓に手を伸ばす。


「私はもう寝ます。あなたと話していると調子が狂いますから」

「そ、そうか……。おやすみ」


 ふんっと顔を背け、家の中へと入り、窓を閉め切る直前。ピタッと動きが止まった。

 それから、顔をよそへ向けたまま静かに言う。


「……変わらないんですね、あなたは」


 どんな表情をしていたかは、わからない。

 だが初めて、全く敵意の感じない優しい声色と、どこか寂しさの入り混じった呟きに聞こえた。


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