10.妹ドキドキ
ああでもない、こうでもないと頭を悩ませておりました。
桜の可愛さを味わっていただければ……!
カリスとの激闘が終わり。
表向きレミア達を退けたのは椿達の功績として讃えられた。
俺はと言えば、偶然ダンジョン内でオーガに出会した体で、冒険者特別待遇となる強力な回復魔法を受けた後、近くの病院で数日間の入院。
男ということで差別を受け、ろくな治療が受けられないんじゃないかと覚悟していたが、医者には医者なりのプライドがあるようで、嫌な顔はされたが全力を尽くしてくれた。
おかげで特に後遺症を残すこともなく、五体満足で退院した俺は今──。
「……狭いから、もうちょっと端によってよ」
「あ、ああ……」
──新たな危機に瀕していた。
場所は浴室。湯けむりの向こうには水着姿の桜が立っている。
まだあどけなさの残る桜の玉体をなぞる様に滴り落ちる水滴に、目を奪われそうになりながら、俺は浴槽の端によった。
そうしてできたスペースに桜が入って、ぐっと伸びをする。
「はああ、気持ちいい」
オレンジ色の生地に、水色の星が幾つか浮かぶビキニタイプの水着。まだ膨らみは浅いが、伸びをしたことで胸元が強調されて……。
なんというか凄く犯罪の香りがするので、さっと目を伏せると、桜はそんな俺を挑発するかのように、ニヤニヤしながら顔を覗き見てくる。
「あれ〜? もしかして妹の水着に興奮してるの?」
「しとらんわ!」
断じて、興奮などしていない。
「でも赤くなってるよ? 小学生相手に興奮するなんて、アキラは相変わらずザコだねぇ〜」
「おい、やめろ! そういうこと言うのほんとやめろ!」
「ん〜? じゃあもっとこっち見なよ」
そう言って、桜は両手で俺の頬を包み、胸元へそっと顔を向ける。
「ぐ、ぐぬぬぬ……。この痴女めぇ」
と、必死の対抗をしていると、スッと急に空気が凍りつく。
首に突きつけられた、鈍く光るナイフの先には、真っ黒の水着を着た銀髪の少女──アリアが立っていて。
「桜をえっちな目で見ているのであれば、殺しますが?」
と、嵐のような灰色の目で、俺を冷たく睨みつけていた。
なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
全ては、数時間前に遡る。
………………
「ねぇ、買い物に付き合ってほしいんだけど」
怪我もすっかり完治したし、冒険者登録も済ませてた。今日から本格的に修行を開始しようと息巻いていたとき、ふと桜がそう言った。
「買い物?」
「そ。もう一週間後には学校始まるでしょ? 色々準備するものもあるし」
「ああ……」
四月一日。
桜は五年生。そして俺は新入生として、これから新しい生活が始まる。
修行をしたかったのだが……たしかに。俺も俺で準備する物がある。
「うし、俺も買うもんあるしな。わかった」
「じゃ、三十分後に玄関でね」
「おう」
と、俺が返事をすると同時に桜は自室へと戻っていく。
青龍学園。俺の通う高校であり、ブーケの主な舞台。ヒロイン達の集う場所。
もうすぐ、全てが始まるのだ。
………………
「お、おい。くっつきすぎだって。離れろよ」
「だってデートだよ? 腕くらい組まなきゃ」
「で、デート!?」
「そ。買い物デート。え〜、意識してんのぉ?」
俺の腕を胸に抱きながら、桜はニヤついた顔で俺を見る。
今日の桜は白いオーバーサイズのスウェットに、黒いレギンス。頭には野球棒という大変可愛らしい格好をしている。
「いや、そうじゃなくて……。変な目で見られてるから」
俺は男だし、桜は小学生にしては綺麗すぎる。好悪の違いあれど、ただでさえ二人は目立つのに、それがぴったりくっついてるもんだから道行く人達はみんな微妙な顔で二度見している。
「周りの目なんてほっといたらいいんだって。誰がなんと言おうと、アキラは私の兄貴なんでしょ? もっと堂々しなよ」
……中々嬉しいことを言ってくれる。
ここまで言われて引き下がるのは男じゃないので、周りの目は一旦忘れて、今はデートを楽しもうと思う。
……断じてロリコンとかではないから。
………………
新学期への準備なんて、やることはどの世界も基本は同じだ。
学校から配布されたプリントを元に、必要な物を買い集めていく。
参考書をいくらかと、ノートや文房具。その他必需品に、衣装等。
ただ、唯一違う物と言えば。
「うーん。デザインはこっちの方が可愛いんだけど、使いやすいのはこっちなんだよねえ」
店に並んだ魔法の杖を手に取りながら、桜はあれでもないこれでもないと頭を悩ませていた。
冒険者用の装備品店。こんなものが普通のショッピングモールの中にあるというのだから、異世界は驚きだ。
「どーせなら、性能の良いやつ買ったらどうだ? お金ならあるんだし」
というのも、先日のオルトロス及びレミア討伐の件。表向き報酬を受け取ったのは椿達だったが、本人は受け取る資格がないと言って、アスターへ渡し、アスターは興味ないと言って俺へ。
そんなわけで、巡り巡って今、俺の手元には数百万の大金がある。
「デザインや素材、使いやすさにこだわりたいならオーダーメイドのでもいいし。本格的に冒険者として活動するなら、この先装備の性能は大事だぞ」
特に桜は生まれ持った魔力量が多い。半端な杖では魔力に耐えきれず壊れてしまうだろう。
俺がそう提案すると、桜は「うーん」と、頭をひねってから、
「じゃあ、そうしようかな」
と、店員の元へ向かった。
さて、俺も俺で、ちょうどいい感じの剣を買おうかな。
カタストロは強力だが、なにぶん使い勝手が悪い。今の俺じゃまともに扱えないし、真の力を引き出さない限りはただの鈍も同然だ。
とりあえず……火力はカタストロでカバーできるから、扱いやすさ重視で選ぶべきだな。
と、適当に店内を見回っていると、安売りされている剣の中で、妙に目が惹かれる物を見つけた。
青色の鞘に入った、日本刀系の一品。
何気なく手にとって、軽く振ってみると、驚くほどに手に馴染む。
本当はもっと高売りされてる物か、桜と同じくオーダーメイドの物を買おうと思っていたのだが、ふむ。
埋め込まれた魔力石のランクは、見たところ決して低くなさそうだし、これを買うか? ダメだったらまた別の物を買えばいい。
他にもいくつか剣を見てみたが、結局これ以上に惹かれる物はなく、俺はこいつを買うことに決めた。
「お姉さん、これください」
「え、あ、ああ……はい」
「…………?」
俺が男だからだろうか。店員はなんというか、セットがあるのにわざわざ単品で買う客を見るような、なんとも言えない微妙な顔をしていた。
まるで、剣を渡すことに抵抗があるみたいに。
その表情に一抹の不安を覚えながらも、俺は会計を終えた。
「思ったよりすぐ終わったね。ちょっと遊んで帰ろうよ」
「そうだな、まだ昼だし」
店を出て、桜に手を引かれるままにショッピングモールを歩く。
カフェで話題のドリンクを飲んだり、スイーツを食べたり。この小さな体のどこに入るんだと首を傾げたくなるほど、桜は目についた物をとにかく食べる。当然俺も付き合わされるわけで、糖分の過剰摂取で吐きそうな俺を見て、桜はニヤついていた。
さらに時間は流れ、俺達はゲームコーナーへ入った。
「勝負しようよ」
桜の提案で、エアホッケーでの勝負が始まる。
試合は拮抗し、両者マッチポイント。次の一点を決めた方が勝者となる。
サーブはこちら。ジグザグ攻撃で一気に仕留めようと構えた俺に向かって、桜が言う。
「罰ゲーム決めない?」
「はい?」
「んー負けた方は、勝った方の言うことはなんでも一つ、言うことを聞く! ありきたりだけど」
「え、えぇ……。怖いんだが」
すでに俺を見てニヤニヤしている桜。なんというか嫌な予感がする。ここは意地でも勝たなければ、とより一層気を引き締めた俺に。
「だからアキラも、なんでも命令していいよ?」
そう言って、こてんっと首を傾げて、どこか挑発するように俺を見つめる。
「…………」
……わかってて言っているのだろうか。
今日の様子を見ても、普段は小学生らしい可愛い女の子なのに、ときおり妙に色っぽい。
もう一度言うが、俺は断じてロリコンではない。
ロリコンではないが……なんというか、うん。ちょっと動揺してしまって、ミスショットをしてしまう。
「あっ……」
しまった、と思ったときにはもう遅い。
ゆるゆると減速しながら目の前に向かってきたパックを、桜は目にも止まらぬスピードで弾き返し──
──ガコンッ!
見事ゴールイン。
その瞬間、俺の敗北が決定してしまった。
「う、うおおおおおお……! ちくしょおおお!」
か、完全にやられた。まさかわざと? 俺の動揺を誘ったのか? なんという姑息な妹……!
膝から崩れ落ちる俺。そして、それを見下す桜。
腰を追って、上目遣いに俺を見つめ。
「あはは、ざーこ♡」
メスガキの、宝石箱やぁ!
お手本のような仕草に、もはや感動を覚える。
「それで、俺は何をすればいいんだよ?」
「んー、まだ考え中」
「軽いのでお願いします」
「はいはい。……で、罰ゲームとは関係ないんだけど、時間も時間だし、最後にあれ撮ろうよ」
と、桜が指差した先は。
「プリクラか」
「そ。思い出にね」
「……そうだな。撮るか!」
プリクラなんて、何年振りだろうか。
もうただの思い出になってしまった青春に懐かしさを覚えながら、お金を入れ、操作をしていく。
「顎の下でピース! 3…2…1」
機械の音声に従ってポーズを撮る。
ときに変顔をしてみたり、桜が俺の顔に落書きをしたり。
そして最後には、二人でとびっきりの笑顔でピースをした。
桜は、出てきた写真を大切そうに見つめる。
ただの日常の一コマなのに。嬉しそうに笑う桜の横顔は、恐ろしいほど絵になる。
そんな彼女を見つめながら、俺はぼーっと考えた。
俺の最優先事項は、アスターだ。だが……。
アスターにはアスターの物語があるように、桜には桜の物語がある。試練がある。
その試練を共に乗り越えていくことで、主人公とヒロインは結ばれる。
フラグをへし折るというのはつまり、あえて悪い言い方すれば、他のヒロインを見捨てるということだ。
もちろん、ただのバッドエンドとは細かな違いはある。だが、救える物を救わないというのもまた、事実だ。
……もし、この先。
選びようのない二択を迫られたとき、俺はこの無邪気に笑う少女の笑顔を消せるのだろうか。
桜の笑顔に見惚れれば見惚れるほど、そんなことをより一層強く感じた。
………………
「わー、降ってるね」
ゲームコーナーを出て家に帰ろうと外に出たら雨が降っていた。
家まで走れば三十分というところか。豪雨という程ではないが、それなりに降っていて、傘も刺さずに突っ切るのはあまりに愚策と言える。
まあでも、幸いここはショッピングモール。傘なんて腐るほど置いてある。
「ちっ、天気予報ちゃんと見とけば良かったな」
「まあ、仕方ないよ。てことで、私ちょっと傘買ってくるね」
「おいおい、一緒に行くぞ」
「いいよ。すぐだし。疲れてるんでしょ?」
うっ。こういう人が多く賑やかなところは久しぶりで、正直気疲れしていた。
「アキラって、ほんっとザコだよねぇ〜」
そう言ってニヤニヤ笑いながら、手に持っていた荷物を俺に渡してくる。
「まっ、ここで大人しく荷物番でもしててよ」
桜はショッピングモールの奥へと走って行った。
ほんと、可愛い妹だ。
「……っと、いくら屋根があっても、外にいたんじゃ濡れるな」
そうして、中に入ろうと体を反転させたとき、後ろから冷たく氷のような声がした。
「……日野アキラ、ですね」
振り返ると、そこには黒い傘を差した一人の少女が立っていた。
体つきや背丈は桜とほとんど同じ。というかそのままほんの少し、大きくした感じだ。
髪は綺麗な銀髪で、腰まであるロング。
服装は黒色の、ワンピースのようなミニドレス。胸上から肩、袖まではレースになっている。さらに黒のガーターベルトに黒のブーツ。全身真っ黒なせいか、対照的に銀色の髪が光って見える。
顔はどこか儚げで、冷たい印象を受けるが、これまた随分と綺麗な顔立ち。そして何より、灰色の瞳が嵐のように渦巻いていて、目が合うと飲み込まれてしまいそうだった。
「あなたのこと、今日一日ずっと監視していました」
「えぇっと……あんた誰?」
「…………」
俺の質問には答えない。というか、なんか嫌な予感がする。
具体的に言えば、なぜか左腰にかけられている剣だったり。
「聞いていた話は本当だったようです。あなたが桜をたぶらかしている、と」
「は?」
彼女は、そっと剣を抜いた。紫色に光る両刃の剣。
そっと、一息置いて。
「死んでください」
そう言って、突然襲いかかってきた。




