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時を超えた約束「小丸城の瓦」

作者: コロン


 家紋 武範様の『約束企画』参加作品になります。







 


 此書物、後世二御らんしられ、

 御物かたり可有候、然者五月廿四日

 いきおこり、其まゝ前田

 又左衛門尉殿、いき千人はかり

 いけとりさせられ候也、御

 せいはいハ、はりつけかまニいられあふられ候


(哉、如此候、一ふて書とゝめ候)




 昭和7(1932)年、工事のため越前市五分市にある小丸城跡の乾櫓を掘削したところ、多数の瓦とともに文字が刻まれた丸瓦2個が発見されました。




 。。。



 天正4年。


 新年を迎えた慌ただしさが残る一月、厳寒の候。

 音もなく雪が降り続く深夜に父上に起こされた。


 雪あかりの中、父上が耳元で言う。

吉成(よしなり)よく聞け。お前は今から清吉(せいきち)になるのだ。清吉は夜中に屋敷を抜け出した。わかったか?」


 清吉が夜中に抜け出したと聞き、がばりと起き上がり即座に否定する。

「いいえ父上、清吉は決してそんな事をする人間ではありません」


 父上が落ち着けとばかりに、私の肩にそっと手を置いて言った。

「わかっている。本物の清吉はここにおる」


 暗闇の中によく見れば、父上の背後に清吉が控えていた。

「吉成様、清吉はここにおりまするゆえご安心を」


 ほっとしたのは束の間、ならばどういう理由で私が清吉に?


「良いか。お前は清吉となり、一人ここから逃げて生き残るのだ」




 信長が朝倉氏を倒した後の天正2年(1574年)1月からの越前一向一揆。

 織田信長側の成敗は苛烈を極めていた。天正3年の8月には、信長が自ら越前へと出陣し女、子どもさえ容赦なく切り捨てられている。




 府中の町は死体だらけで隙間もないほどだったと聞いた。

 そんな最中、私に逃げろと?


「私だけ逃げるなんて嫌です!父上や母上を置いて行く事など出来るわけがございません!」


 父上や母上だけではない。清吉も屋敷の者たちも、産まれたばかりの妹の沙也も置いて行く事など出来るわけがない。


 しばらくの沈黙の後、重々しく父上が言う。

「お前は生きて後世に伝えよ…」


 後世…に?

「…どういう事でしょうか…」

 張り付く喉、声を絞り出し父上に問う。


「一揆は苦戦している。こちらが負けるのも時間の問題であろう。お前はなんとしてでも生き残りその後を見届けよ。これから起こる事をどんな形でもよいから後世に伝え残すのだ。それがこれから死んでいくものの慰めになる」



 こちらが負ける?

 そんな事あるわけがない!!

 もし、万が一そうだとしても私だけ生き延びて何になろう!!

 最後まで戦う!それが私の務めのはず!


「嫌です!父上!私も一緒に!「お前は先程清吉になったと言ったはずであろう」

 静かに告げるその声にハッとして清吉を見ると、家紋の入った私の着物を纏っていた。


「つまり…清吉が私の身代わりになって死ぬのですか?嫌です!清吉を逃がして清吉にその役を務めさせて下さい!私は逃げたくありません!」


 そう言って父上に縋り付いた。

 しかし父上は背後にいる清吉に声を掛ける。


()()、最後に()()に言う事はないか…」


 すると清吉がスイと前に出て、私の手を握りしめた。

「吉成様。わたくしの命は吉成様に拾われた時から吉成様の物です。あなた様への恩義をこのような形で返せる事、私は嬉しく思います。どうか生き残り、この出来事を後世にお伝え下さい。」

 そう言って微笑んだ。


 頭の中が真っ白になって何も返せずにいると、母上がそっと着替えを出してきた。

 それは清吉が普段着ている物だった。


 これを着て私が清吉となり生き残り、本物の清吉は私の身代わりとなってここで死ねというのか…


 出された着物をただ見つめていると、母上が抱いていた沙也を父上に渡し、今度は私を優しく包みこむように抱きしめてくれた。


「一番辛い仕事を背負わせてごめんなさい。お前は私の誇りです。苦しめられている民の想いをしっかり後世に伝えるのです」


 母の胸に抱かれて思い知る。

 覚悟がないのは私だけだと。

 父上の腕の中でスヤスヤと眠る沙也にさえ、この先の悲惨な運命を受け入れる覚悟があるように見えた。


 大きく息を吸い、握る拳に力を入れた。


「……お館様、奥様…今までお世話になりありがとうございました。お館様と奥様に受けたご恩は忘れません。吉成様、あなたへの御恩は決して忘れません。

 最後に一つお願いがございます。……沙也様の頬を…撫でさせて頂いてもよろしいでしょうか」


 そう言うと父上が沙也を差し出した。

「最後だ。抱いてやれ」


 産まれたばかりの沙也の温もりを忘れぬように(いだ)く。



「お世話になりました」



 。。。


 闇夜に紛れ、なんとか見つらずに屋敷から離れる事ができた。

 降り続く雪が足跡を消してくれるだろう。



 この先に生き残るため、心を殺して憎き織田側の人間になりすました。

 築城中の小丸城。

 人手不足の広瀬池ノ上地区の瓦職人の下に置いてもらい、信頼を得るために夢中で働いた。

 土を運び、焼き上がった瓦を窯から出すなど、慣れない力仕事を積極的にこなしていく。



 生き延びて、父との約束を果たすため。



 ある日もたらされた一揆成敗の知らせ。

 捕らえられた者は磔や、煮えた油や熱湯で釜茹でにされたという。


 聞けば父上の屋敷がある地域であった。



「うおおおっ!やりましたなぁ!!」



 涙を流し誰よりも喜んでみせた。

「前田殿の功績を後世に伝え残しましょう!そうだ、ここに書き記し焼き上げれば城があるうちはずっと受け継がれて行くことになるでしょう!」


 字を書くことが出来る者は少ない。

 私は嬉々と親方に願い出て、鬼神のごとき所業を瓦に書き記す。


「この書物を御覧になって後世に伝えていただきたい。 5月24日に一揆が起り、前田又左右衛門尉殿が一揆の者どもを千人ばかり捕まえました。その成敗は磔、釜に入れてあぶられたものである。このような事があったと一筆書き残しておきます」と。


 無事に瓦は焼き上がり、他の瓦と一緒に築城中の小丸城へ運ばれて行った。



 。。。



 しかし瓦が屋根に乗ることはなく、小丸城は築城からわずか6年後に廃城。


 数年後、一人の瓦職人が絶望と共に病でこの世を去った。






 。。。





 ― 令和 ―





「お父さん!今日遠足で郷土資料館に行って来たよ!みゆちゃんと一緒にお弁当食べたんだ」


 テーブルに温かな料理が並ぶ夕食時、小学生の娘が遠足での様子を嬉しそうに話してくれた。


 仕事の関係で東京から越前市へ引越してきて7ヶ月になる。学期の途中に学校が変わる事を心配していたが、すぐに友達が出来たようで一安心している。


「いい天気で良かったね」


「うん!」


「資料館はどうだった?」


「昔の物がいっぱいあったよ。昔の人がいっき?の事を書いた瓦があってね、お城はなくなったけど瓦は残ってたんだって!凄いねぇ!


 ……お父さん?…


 どうしたの?どこか痛いの?」




 気がつけば涙が溢れていた。


「どこも…痛くないよ…ごめん……なんでかな……その話を聞いたら…涙が出てきちゃったよ……」

 何故涙が出てくるのか自分でもわからない。


 止まらぬ涙。

 娘が心配そうに椅子から降りて、側にあったティッシュを箱ごと渡してくれた。


 苦笑いしながらティッシュを受け取る。


「ありがとう。沙也」


「お父さん大丈夫?」


「うん、うん…ありがとう、ありがとう…」


 両手で顔を覆う。


 沙也が私の膝に手を乗せた。


 じんわり広がる手の温もり。


 何故涙が溢れるのか、何故心が満たされていくのかわからぬまま…私は沙也を抱きしめた。













 《 小丸城 》


 越前国で起こった一向一揆を収めた織田信長が、府中10万石あまりを府中三人衆に治めさせた。命を受け、三人衆の佐々成政が1575(天正3年)に築城を開始したが、1581年(天正9年)に成政は越中国に移封され、6年余りで廃城となった。城が未完であった可能性も高い。なお、前述の文字瓦の存在や能登国小丸山城(石川県七尾市)との混同から同じ府中三人衆である前田利家の居城とする誤認がみられるが、当時の記録から確認できる小丸城主は佐々成政のみで、前田利家の居城は近くの越前府中城である

 《 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/小丸城より 》



 《 参考資料 》


 https://www.pref.fukui.lg.jp/doc/brandeigyou/brand/senngokuhiwa_d/fil/fukui_sengoku_40.pdf






 実は私はとてつもなく「歴史」が苦手です。

 なので読み辛いところもあった事と思います。

 そんな私が小丸城の瓦の事を知り、調べていくうちに歴史を好きに…


 という事もなく…大変な思いで書き上げました。笑

 歴史に詳しい方々には物足りなさがあるかもしれませんが、どうか生暖かい目でお見逃しくださるとありがたいです。


 拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました。


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[良い点]  史実や当時の情勢を鑑みてよくまとめられていると存じます。信長は功績も多いですが、現代基準で考えるとかなり厳しい人物ですね。 [気になる点]  すげ~歴史小説なんて私には書けません。授業は…
[良い点] 面白かったです。 この一言に付きます。 考えさせられますね。 がくとまなびは日本語だと同じ漢字を使いますが、言葉って凄いな、っと改めて思いました。 死生観は幼少期にこそ、本来家庭で教え…
[良い点] なにかとご縁があるのでちらりとみれば歴史もの短編が! 好みのジャンルなので読んで見れば見事な仕上がり! ああ、こういうのたまらなく弱いです。 戦国乱世の悲哀に溢れたおはなしでうるりと来てし…
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