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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【解題】




 翌日。

 午前8時。

 百瀬探偵結社事務所にて。

 僕は干菓子であるところの落雁らくがんを食べていた。

「山茶花、ええなぁ。うちも食べたいんよ」

 もぐもぐさせる僕の口を見て、枢木くるるちゃんがふくれっ面をする。

 事務所のドアを開けてあくびをかみ殺しながら入室してくるのは破魔矢式猫魔だ。

「ふわぁぁ、……おはよう」

「猫魔。今日は起きるの早いじゃないか」

「昨日の今日で、興奮冷めやらぬよ、くっそ。……手も足も出なかったぜ」

「でも、暗闇坂寂滅の身柄は〈赤坂〉に引き渡したんだろ?」

「ああ。アメリカ大使館……というよりも在日CIAに、ね。日本の国内じゃ暗闇坂家の人間は、裁けないだろうからなぁ」

 僕は落雁を咀嚼して飲み込む。

 それからコップの水をグビッと流し込んだ。

 頭を冴えさせるには、糖分が一番。

 猫魔はやる気なさそうな声で、

「寂滅の諸法実相に魔女の汎神論。まあ、くるるのジャンルで言うならば、MIDI規格みたいなもんだったんだろうな」

「どこが?」

「互換性があったのかもしれないな、って。それで、我がことのようにその脆弱性を突くことが出来た。そう見るのが妥当さ。こんなこと言ったら本職のひとたちに怒られるけどね。この世はすべて神に包まれているのか、この世のすべては仏に包まれているのか。教義もなにも違うけど、その自分のフレームの中で、似たような考えが出てきたのは興味深い。実際、『正法眼蔵』って言えばフランスの哲学者、ドゥルーズの参考文献だぜ? 遡ればベルクソンに道元は参照されている」

 そこにくるるちゃん。

「MIDI規格は、各種の〈割り当て〉に互換性を持たせるようにつくられたんや。だから、音源によって、同じ規格でも、音の粒はまるで違うんやよ。ファイル形式としては同じで、違う環境でも鳴らすことが出来るけど、それはファイルを扱うときに互換性があるってだけの話なんよ。音は環境でそれぞれ、違うんやわ」

 僕はその説明にわかったようなわからないような、不思議な気持ちがした。

「まあ、教義もなにもかも違うから、相容れぬもののように普通は感じるけど、おれから見ると近似値を取って見えた、ってだけのことさ。たとえが悪かったかもしれないな。すまない」

「うーむ、わかるような、んん、いや、やっぱりわからない。でも、わからないのはそれだけじゃないよ。九龍の住民も、捜査に来た猫魔やふぐり、それから夜刀神も、みんなを舞鶴めるとが法術の大規模術式で〈仙境〉に飛ばしたって? で、ことが済んだら仙境から追い出して土浦の駅前に移動させてみんなを解放したって。どんな法術だよ! 今回、めるとがいればどうにかなったんじゃないか」

 ふぅ、と一呼吸おいてから病魔。

「いや、違うぞ、山茶花。〈仙境〉に避難させるために、〈冥幽界めいゆうかい〉のボス、〈道教〉の八仙のひとり、徐福じょふくのじいさんの許可を得たんだ。法力があっても、避難所がなかったんだ。おれは徐福のじいさんと前から知り合いだから許可が取れたんだが、それでも許可を得る段になってからもずーっと、徐福のじいさんに渋い顔されて小言をたくさんもらったって言うぜ。めるとの話では。九龍がダメになるのは総長がプレコグでわかっていたから先手を打てただけだし、な」

「今回もまた、暗躍してるひとが多かったね」

「だいたい、だ。事務所の入ってるこのビルは探偵結社の寮も兼ねているけど、山茶花の隣部屋の更科美弥子がそのビルの一室に住んでいるんだ。普通の人間ではなく〈こっち側〉の人間だって薄々感づいていただろうに」

「美弥子さんは美弥子さんだ」

「はいはい」

 肩をすくめる猫魔。

「珠総長は現・暗闇坂家当主、暗闇坂深雨に会いに行ってるし。〈魔女〉がいないところを見計らって、今日はオフの日にしようぜ」

「ふぐりも総長に随伴して〈元麻布呪術機構〉へ向かったんだよね」

「まあ、思うところがあるんだろう。ふぐりは謁見は出来ないにしても、元麻布呪術機構に顔を出すのは、探偵業をやってるなら有益だろうさ」

 僕らがしゃべっていると、総長のペットのオコジョ、ほっけみりんがくるるちゃんの足下を頬ですりすりしながら、

「はにゃはら、はにゃはら~」

 と、可愛くない鳴き声を出した。


 猫魔は言う。

「今回、土浦九龍と水戸アートタルタロスが紛争を起こしてるさなかの出来事だった、という解釈が妥当だ。すると、九龍の建築群が壊れたことでパワーバランスが崩れたし、タルタロスが今後、なんらかのアクションを起こしてくることも考慮しなきゃならない。やることは山積みだぜ。だから、今日は休もう」


 一時、休息か。

 僕も読みたい本がたまっていたし、部屋に引きこもろうかな。

 探偵・破魔矢式猫魔はあくびをしながら、言う。

「誰がなんと言おうと、やっぱりその自らの運命を正当に非難できる奴なんてどこにもいないぜ。かるまや十字架を背負って生きてくのが、おれたちに出来る唯一のことだろう」


 それを聞き流した僕は、考える。

 この闇の先にはなにが待ち構えているのか、を。

 常闇は深く、足下をすくわれそうになる。

 それを必死にこらえて、僕たちは進む。

 願わくば、我が運命よ。

 世界の果てまで僕を連れていってくれ。






〈了〉


参考文献

菊地成孔・大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー』

    

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