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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第十一話】




 その違法建築群には臭気が漂っていて、吹きだまりになっているかのようだ。

 ともかく、空気が悪い。

 だが、狭い通路から頭上を見上げると、三階以上、上の階で、向かい合う建物にロープを通し、そこに洗濯物をぶら下げている光景に出くわす。

 生活を、ここの住民が確かにしている息吹だ。

 九龍内部の通路は、二人ですれ違うくらいしか出来ないほどの狭さ。

 通路の両サイドには、無数のドアと、ネオンの看板がひしめき合っている。

 ドアを開けたら、なにが飛び出すか、わかったものじゃない。

 ネオンにしても、多国籍言語が飛び交っていて、日本語しかわからない僕には読めないものだらけだ。

 トタンやベニヤの壁には、びっしりと落書き、そして、貼り付けたピンクチラシ。

「さて、階段だ。登るぞ」

 猫魔が言う。

 だが、足場ががたついた階段だ。

 大丈夫だとは思えない。

「はぁ。登れば良いんだよね」

「怖じ気づいたか、山茶花」

「猫魔こそ、寝不足で倒れるなよ」

「山茶花に阿呆探偵。あんたらの夫婦漫才に付き合っている暇はないの。総長を助けるため、とっとと進むわよ!」

 酷い言われようだ。

 小鳥遊ふぐり。

 度胸がパワーアップしているのを感じる。

 重苦しいゴス衣装でもひーひー言わないで猫魔についてきているのがその証左だ。


 僕らがしゃべっていると、通りすがりのおっさんたちがこっちを睨みつけてきたり、通路につばを吐いて威嚇してくる。

 そんなの慣れっこだ。

 僕らは伊達に探偵結社のメンバーを名乗っていない。

 しかし、こいつらが僕らを襲ってこないのにはワケがある。

 それは、三人とも羽織っている〈七つボタン〉の威光があるからだ。

 金をせびりたくてうずうずしてる様子はうかがえるが、ここの住人たちはこの詰め襟制服を見ると、目が飛び出るくらい凝視して、それから僕らの顔を睨んで、そっぽを向く。

 効果絶大だ。

 猫魔を先頭にして、工事現場の足場にしか見えない、しかも錆びている階段を上がっていく。

 冷や汗が頬を伝う。


 登り切ると、そこには鳥居があった。

 後ろに、社がある。

 横手に、社務所。

 空が、ここからは見える。

 僕らを待っていたかのように、社務所から、緑色のフード付き・蛇の着ぐるみパジャマを着た背の低い女の子が出てきた。

「遅かったでごぜぇますよ?」

 あくびをしながら出迎えるその娘は、〈夜刀神〉そのひとだった。

 いや、ひとじゃなくてカミサマなのか。

 ひとかカミかは知らないけど、裏政府のエージェントなのは確かだ。

 所属が……〈横浜招魂社〉。

 夜刀神うわばみ姫。

 僕は、

「久しぶり、だね」

 と、声をかけた。

「面白かったか、『ヴァリス』は?」

 夜刀神が不意に僕に尋ねる。

 ヴァリス。

 そういや読んでたとき、ベンチに一緒に座って眠っていたのだ、この夜刀神は。

 一緒にベンチでお昼寝した仲だ、とも言えないこともない。

「ディックが好みかい? ディックの小説ならたくさんある。貸そうかい?」

 僕も減らず口を叩いてみる。

「人間。わたしもディックは全部読破したでごぜぇますよ?」

 そこに割って入るは破魔矢式猫魔。

「さっそく本題に入ろう。いいかな、夜刀神?」

「異論はねぇでごぜぇます」

 ディックの話はまた今度、か。

 今度があるかどうかはわからないけども。

 僕は横にいるふぐりを見る。

 あきらかにキレそうなのを我慢しているみたいだった。





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