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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第九話】




 お茶をくみながら、どころかお茶をくみながらファンイベントをやっている音楽ユニット様を見ながら、僕らは話を続けていた。

 破魔矢式猫魔は、ストレッチをしながら、僕に向かい合う。

 昨日の仕事疲れが抜けていないようで、目には少しクマが出来ている。

「神に酔える魔女……と、呼んだらしいな、あの雲水。神に酔える魔女という百瀬珠総長の二つ名は存在感が突出してるよな。でも、その二つ名を言うってのは、くだんの尼僧、総長の存在は知ってはいたが、総長に会うのは初めてだったんだろうな」

 猫魔が、不意にそんなことを言った。

「なんでそんな風に思うんだ、猫魔」

「確かにスタンスとしては総長は〈神に酔える魔女〉って表現は妥当だとは思うが、おれたちからしてみりゃ、……普通に酒で酔っ払ってることの方が多いからさ」

 ケラケラ笑う猫魔。

 僕はため息を吐いた。

「さて。〈禅〉と言えば、臨済宗には護符を使ったり神通力を使ったりといった傾向があり、〈異能力〉との相性が良い。如何にも戦闘向きだろう。だが、今回は曹洞宗。禅と言えば〈不立文字ふりゅうもんじ〉や〈以心伝心〉という、言葉以外で伝えていくってのが有名だろ。ところが曹洞宗の道元は大著『正法眼蔵』を書いていて、その思想がベースのひとつだ。〈不立文字〉とか言いながら〈文字〉で書かれた経典を読むことをベースにしている。今回、敵にするにはその使い手だけに、ちょっと厄介だとおれは思っているんだ」

「厄介、というと?」

「術をビシバシ使うやり口なら対抗策もあるが、……今回は〈思想〉そのものを〈術式〉にした奴とやり合うことになりそうだから、さ」

「具体的にはどういうことだい、猫魔」

「法術や仙術なんかは最初から実用性を考えて敵に飛ばしてくる方法だが、実用じゃなくて『正法眼蔵』という本の理論がそのままのかたちで敵に飛んでくる……と言えばいいのかな。つまり」

「つまり?」

「実体のないものがこっちに向かって飛んでくるのさ。対処するには相手を知らないとならないが……あいにくとおれはその理論を読み解いていない。いや、言い過ぎた。おれは今回の敵、あの尼僧……名前を暗闇坂寂滅くらやみさかじゃくめつというんだが……そいつが一体どんなことをしてくるのか、全くわからない」

「昨日は蛇淫の性、とか唱えてたような」

「いや、蛇淫の性は『雨月物語』に出てくる話さ。如何にもとんちが利いている」

「とんち?」

「雑念を払うための尼僧なのに、欲望丸出しの蛇の話をベースにした術式だし、くるるに聞いたら、語尾が、やはり尼僧なのに、ありんす、だぜ? どう解釈しろってんだ。欲を祓わない、囚われた自分を肯定した方法論だ。もちろん、書物の言葉を使った術式での攻撃ってのが、おれにはもうすでにわからない」


 僕らが顎に手をあてうなりあっていると。

「じゃあ、どうしろって言うのよ、このへっぽこ探偵! 無能! 猫魔はやっぱり無能ね!」

 現れたのは小鳥遊ふぐりだった。

 金髪の髪を大きなリボンで束ね、黒い眼帯をつけている、ソーダフロート・スティーロのボーカリストの〈神楽坂ふぐり〉であり、その正体が女子高生探偵・小鳥遊ふぐりなのである。

「ん? イベントは終わったのか、ふぐり」

 いつの間にか近づいてきて声をかけられたからか、猫魔は不思議そうにしている。

 なんというか、ソーダフロート・スティーロのファンに見られたら問題だし、探偵見習いの女子高生だ、というのは一般には伏せられているから、思わずあたりをキョロキョロ見回してしまう。

 ファンに見られたら一大事だぜ。

 そう思う僕が見回すと、スタッフの撤収作業も終わりかけていた。

 喋りすぎていて気づかなかった。


 ふぐりの方は猫魔が挑発してきたのだと勘違いしてか、声を荒げる。

「ふん! あんたに言われなくてもイベントは滞りなく終わったわよ! あのねぇ、猫魔。どんな攻撃してくるのかわかんない奴なんて、パワーで押し切りゃいいのよ。簡単じゃない」

「ふぐり、おまえ、〈暗闇坂家〉の一族がどんな優秀な〈異能の使い手たち〉だか、わかって言ってるのか?」

「バカねっ! イエの血や地位でモノを図ってんじゃないわよ! だからあんたは探偵として無能ってわけ! わかるかしら? 寺山修司の競馬予想は当たらないことで有名だったらしいわよ、何故かわかる? 全部馬の血脈で判断してたからよ! 伝記的エピソードに弱いか安全牌のつもりだったんでしょうけど、そんなのアウトねッ! ジャイアントキリングしていくのがジャスティスよッッッ!」

 ものすごいロジックが飛び出てきた……が、さすがプリンセス・オブ・ステージと名高いふぐりだ、説得力がある、とも僕は思った。

 探偵はくっくっく、と含み笑いしながら、

「さっき山茶花に話した、岡倉天心の著書の中にある、〈みずからの精神の働きに関係ないものは一切実在ではない、という立場〉の理解が今回の敵の撃破の鍵になるのは、昨日、土浦九龍で得た情報でもある。ふぐりのメンタルなら、あるいは倒せるかもな」

「やっとあたしの強さを認めたわね、へっぽこ探偵。で、土浦九龍で誰にその話、吹き込まれたのよ、わたし好みな話よね」

「そう。九龍とタルタロスが内戦を起こすのを見越して潜伏してる奴がいる。そいつが潜伏してる最中だったから、聞いてきたのさ。〈横浜招魂社〉のエージェントである、そいつに」

「だから誰よ、それ」

 くっくっく、と破魔矢式猫魔は笑いをかみ殺す。

夜刀神やとかみさ。夜刀神うわばみ姫。ふぐり、おまえの好敵手らいばるだよ」

「なっ? あの蛇の着ぐるみパジャマ妖怪かッッッ!」

「いや、妖怪じゃないって。夜刀神は『常陸国風土記ひたちのくにふどき』にも登場するカミサマさ。異境の神なのに違いはないけどね。そして、〈横浜招魂社〉のエージェントであり、〈元麻布呪術機構〉の鏑木盛夏と夢野壊色のバディのサポートをして、将門を倒した〈正義の味方〉でもあるのが夜刀神さ」

「あああああああ! あったまに来るッッッ! また夜刀神の奴かあああああああぁぁぁぁ、ムキーーーー!」

「そう吠えるなよ、ふぐり」

「夜刀神めぇッ! あの〈正義の味方〉、許さないわ!」

 僕も猫魔につられるように笑う。

「正義の味方を許さない、ってふぐりらしいよ」

「うっさいわね! 黙れえろげオタク!」

 いつも通り酷い言われようだった。

 だが、ファンクラブイベントが無事に終わって良かった、と僕は思った。

 ファンクラブイベント、珠総長はだいぶ気にしてたし。

 イベントをこなしたことで、総長の行方を追うことが出来る。

 さらには再びの〈厄災〉の阻止も、だ。


「さて、と」


 言って探偵・破魔矢式猫魔は、猫がそうするような仕草で背伸びをした。

「百瀬探偵結社、探偵開始だぜ!」





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