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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第七話】




 常陸国の北茨城。そこには岡倉天心が住んだ六角堂がある。

 六角堂が見渡せるそのすぐそばの旅館の庭園で、ソーダフロート・スティーロのファンクラブイベントである〈野点〉は行われた。

「しかし、なんでまた野点なんかしてるんだ? 和風ユニットってわけでもないだろ、音楽ユニット・ソーダフロート・スティーロは」

「バカだなぁ、山茶花は。常陸国の一番北のこの土地、北茨城市でイベントやるんだ、そりゃ野点がぴったりだろうよ」

「なんだよ、猫魔。僕にはさっぱりだ」

「アジアの文化はひとつである。それが岡倉天心の思想の中核にある。本当の亜細亜主義ってわけさ。もっとも、同時多発的にどこかで起こった亜細亜主義は戦争の口実に利用されてしまったんだが、な」

「アジアの文化はひとつである、か」

「そう。それを詳細に書いている本がアメリカを中心にバカ売れした。その本のタイトルが『茶の本』だ。野点って、要するに野外のお茶会だ。今、ふぐりたちが抹茶を点てているだろ。あれでいいんだ。お茶をすること自体が、〈思想〉なのさ」

「お茶が、思想?」

「うまいだろ」

「お茶だけに、ね。うまい。って、ごまかすなよ、猫魔。意味がわからない。お茶するのがなんで思想なんだ? なんの実践だっていうのさ。どういう理論がお茶にあるのさ」

「そういっぺんに訊くなよ」

「訊きたくもなるさ。僕にはさっぱりだ」

「文学青年が泣くぞ」

「それはいいから、教えろよ。どういうことなんだ」

「現・東京藝術大学の前身の一つであるところの『東京美術学校』の設立に大きく貢献し、『日本美術院』を創設した人物が、岡倉天心だ。1906年……つまり明治39年だな、その年に日本美術院の拠点を茨城県の五浦いづらに移す。五浦ってのは北茨城市のことだ。ていうか、この六角堂があるのが北茨城の五浦海岸だ。日本美術院の生徒には福田眉仙、横山大観、下村観山、菱田春草、西郷孤月らがいた」

「横山大観か。大観なら知ってるよ、僕でも」

「その、大先生である思想家の岡倉天心が英語で書いた、挑発的、挑戦的な本が、『ザ・ブック・オブ・ティー』……日本語訳で『茶の本』だ」

「で、お茶がなんで思想なんだ。岡倉天心はなにを考えてそう述べたのさ」

「ああ。そうだな。客人に茶を供する礼の始まりには、道教の始祖、老子に密接な関係がある。そして、その老子の道教の意志を受け継いだ思想が〈禅〉であり、その特殊な〈禅〉の東洋思想の寄与が、道教とともに〈茶道〉にその精神性を与えた、と言える。それが、〈茶〉の思想だ」

「いきなりでまとめすぎだよ、猫魔。もっと優しく、丁寧に教えてくれよ。これじゃちんぷんかんぷんだ」

「ったく、山茶花、おまえって奴は。物覚えが悪いな」

「悪かったな、僕が覚え悪くて」

「いや、仕事に関してなら山茶花は記憶することには長けているだろ。でも、いきなり茶の話をしても、右耳から入ったら左耳から抜け落ちていくだろうな。だが、さ。今回の〈魔女〉の誘拐にも、この話は繋がるかもしれないんだ。覚えておいても損はないぜ」

「繋がるのか、これが?」

「ああ。だから、頭の片隅にでも茶の話を置いておくんだ、山茶花。まあ、ここでは与太話にしか聞こえないだろうけどな」

「やけにうろんな言い回しじゃないか」

「昨日現れたという霧のような尼僧ってのは、〈禅門〉の尼僧だ」

「禅とお茶……か」

「暗闇坂家から出家したとは聞いていたが、出戻ってきたのかな。曹洞宗という、禅宗の雲水だ。おれの記憶が確かなら、な」

「曹洞宗。道元だね」

「だが。宗派は、今は置いて、〈道教〉との繋がりとしての〈禅〉の話をすることになる」

「なるほど」

 僕は、ふむ、と首肯した。

 破魔矢式猫魔は、話を続ける。





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