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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第五話】




 知っての通り、日本は十年前に〈厄災〉に見舞われた。

 平将門の怨念が再び日本を襲ったのじゃったな。

 それを〈元麻布呪術機構もとあざぶじゅじゅつきこう〉の退魔士・鏑木盛夏かぶらぎせいか夢野壊色ゆめのえじきのコンビが山手線を使った陣形である〈山の手魔方陣〉で封じた。

 そこには〈横浜招魂社よこはましょうこんしゃ〉の連中の暗躍があったとも言うが……、それはさておき。

〈スガモ・プリズン〉で斬首した将門の首はここ、常陸国に飛ばされた。

 いや、飛んでいった、のじゃな。

 飛んでいった先の常陸国自体が新しい首塚、呪われた冥府のヘソと見なされるようになったのも記憶に新しいのぉ。


 東京は東京であるから〈厄災〉の被害が軽く済んだのだ、守られたのだ、という立場の人間たちがこぞって東京に住み始め、東京の地価はまた高騰した。

 実際はそんなのは妄想で、被害は甚大なものじゃったが、のぉ。

 その立場の人間たちを違う立場の者たちは〈東京妄想〉と呼んだのじゃったな。

 格差は拡大の一途をたどったその末の出来事じゃから、お金がなくて追い出されたり、また、東京だから被害が軽く済んだという〈東京妄想〉の立場に否定的、信じない者たちが弾圧されて東京を追放されたのじゃった。

 それは〈東京追放〉と呼ばれておるな。

〈東京追放〉された難民たちのたどり着いた、その受け皿になったその先のひとつが常陸国の〈土浦〉であり、難民の受け入れが〈土浦九龍〉の始まりじゃ。

 土浦に追放された者たちは、住み着いた土地を改築し始めた。

 改築により、バラック、違法建築、鉄筋コンクリートが日々、設計もなにもないままつくられ続け、日々自己増殖していく巨大アパート群となったのじゃ。

 昔、アジアの違う国にあった九龍城砦と外観がそっくりなことから、その違法建築群を指してひとは〈土浦九龍〉と呼ぶ。




 ……一気に説明した珠総長は、大きく嘆息した。

「鴨南蛮も食べ終えたことじゃし、マッカランのボトルも空になった、今夜はお開きじゃの」

 珠総長が立ち上がったその刹那、

「術式〈蛇淫じゃいんせい〉!」

 と、誰かが叫ぶ。

 大きな声量で唱える〈術式〉の〈じゅ〉が、部屋に響いた。

 唱えたのと同時に〈術式〉は発動し、巨大な蛍光オレンジ色の大蛇が現出する。

 大蛇は珠総長に飛びつくと全身に巻き付いた。

「なっ! なんじゃ、これは! 蛇淫の性じゃ、と?」

 部屋が濃霧に包まれたかと思うと、その霧が収斂して像を描く。

 像は女性の身体になって、その場に〈霧状で不鮮明〉なまま、姿を現した。

 珠総長が息をのむ。

「なっ、我が輩のプレコグでも〈出現〉の〈予知〉が出来なかった……じゃと! バカな! 何奴じゃ!」

 霧人間は言う。

 白いビキニの上に袈裟を着ている霧人間の女性が。

「尼僧も暗闇坂家くらやみさかけの人間ゆえ、百瀬珠、尼僧の出現はあなたの〈プレコグ〉では予測出来なかったのでありんす。プレコグの能力の〈埒外〉に尼僧は存在するのでありんす」

 白いビキニに袈裟を着ているのも異様だが、それで語尾が「ありんす」というのも異様だった。

 異様な上に、姿は霧のようにうつろだ。

 全身を大蛇で締め付けられる総長。

 僕もくるるちゃんも、巻き付く大蛇の鋭い目に射すくめられて、その場で凍り付いた。

 珠総長は言う。

「我が輩の部下には手を出すな!」

 その霧人間は、そこにいるのかいないのか不明なほど不鮮明な輪郭で、つかみ所がない。

 悔しくて唇を噛む僕は、しかし動けない。

 くるるちゃんも声を失っている。

「ふふ。〈神に酔える魔女・百瀬珠〉。尼僧があなたを〈連行〉致すでありんす。ご同行を願うでありんす」

「暗闇坂家の人間が、我が輩を捕まえる、じゃと? どういう了見じゃ」

 それに答えない霧人間は。

 珠総長、そして総長に巻き付いた蛇とともに。

 霧のように…………消えた。



 珠総長がいた空間には誰もおらず。

 僕は、唖然となって、事務所を見た。

 形跡すらない。

 忽然と、消えたのだ。

 床で音がした。

 ザ・マッカランの空き瓶が床に転がる音だった。





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