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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第四話】




 鴨南蛮をすすりつつ、珠総長はぐいっとグラスの中の琥珀の液体を飲み込む。

 マッカランで頬を赤くする総長。

「くるるもふぐりも、よくやっておるよ。音楽ユニット〈ソーダフロート・スティーロ〉のライブコンサートをはじめて観たときのおぬしらのあのステージ上での輝き。未だに目に焼き付いておる」

 くるるちゃんはいきなり自分のことを言われたからか、椅子からぴょん、と飛び上がって、

「ないない、そんなことないんよぉ」

 と、恥ずかしそうに手を振って否定する。

 くるるちゃんの挙動に笑う珠総長。


「この場合、音楽じゃが、ほかにも、絵がうまくなったり漫画を描くのがうまくなったりすると、その受け手、送り手たちにとってはそのうまいひとは魅力的な人間に映るようになるもんじゃ。じゃが、同時に承認欲求スパイラルに陥る場合もあるのじゃな。もともと自己評価が低かったひとが人気者になったり、人気が下がったりなどしてひとがたくさん寄ってきたり、去って行ったりするのを経験すると、その人気の浮き沈みが起こっているのに耐えられなくなって、つらい、死にたいと思うこともある……というか、当然ある浮き沈みで一喜一憂するのがそもそも人間てものじゃしな。成功で感覚が麻痺してるときに人気が地に落ちたら、まずは失意と憎しみが襲ってくるじゃろう。話を戻すと、ルックスがアレなおっさんでも、地位があったり金があるとモテたりするものではないか。そりゃぁその業界のひとには魅力的に映るからで、モデルやアイドルの方が望んでプロデューサーに抱かれるなんてよくあるし、世の中そんなものじゃ。そんなものでしかないのじゃよ。ひとが寄ってくるときはたくさん口説かれるし、ひとが去っていくときは、本当に誰もいなくなるものじゃ」


 僕はぽかーん、と口を開けて、話を聞いていた。

 珠総長はくすくす笑って、

「なーんちってのぉ。探偵結社の一員とはいえ、女子高生のくるるとふぐりが人気者になるのも、それはそれで不安なのじゃ。今のは、そういう話じゃ」

 と、付け足した。

「そんなもん、なんでしょうか、総長。僕は、くるるちゃんのもとを去ることなんて考えられない」

 と、僕。

「おだててもなにもでぇへんでぇ」

 人差し指を立てて頬を膨らますくるるちゃん。

 僕とくるるちゃんのやりとりを見て、珠総長はスコッチ、マッカランを自分のグラスに注ぐ。

「若いのぉ、おぬしら」

「珠総長だって、まだ二十代じゃないですか」

「はーっはっは。まあ、山茶花の隣部屋の更科美弥子よりは若いかものー」

 またぐいっとマッカランを飲む珠総長。

「なっ。別に僕は美弥子さんとはなにもないですからね!」

「なーに、ムキになっておるんじゃ、山茶花。含みもなにもないわい」

「そ、そうですか」

「ふぅ。しかし、我が輩の飼い猫はいつ戻ってくるのやら」

 飼い猫とは、もちろん探偵・破魔矢式猫魔のことである。

「猫魔の奴……〈土浦九龍〉なんかに行って生還出来るのかな」

「気になるか、山茶花」

 そこにくるるちゃん。

「うちは九龍のことなにも知らへんけど、そんなにヤバいとこなん? 嫌な噂はたくさん聞きよるけど」

 ふむ、と口を閉じて珠総長は頷く。

「ヤバいとこ、じゃよ。我が輩のこの百瀬探偵結社の仕事でヤバくない仕事なんてないのじゃが、土浦九龍は、それでもランク上級のヤバさ、じゃのぉ」

「どない場所なんですの? 土浦九龍いうのは?」

 鴨南蛮をずずず、とすすってから、珠総長は口元をティッシュで拭いた。

「土浦九龍……それはのぉ、常陸国ひたちのくにの、土浦市に出来た自己増殖する違法建築群じゃ」

「自己増殖する違法建築群?」

 頭にはてなマークが付くくるるちゃん。

 人差し指を唇にあてて首をかしげる。

 僕はくるるちゃんのその仕草に見とれてしまうが、かぶりを振ってグラスの中の、ザ・マッカランを一気飲みする。

 日本に出来た、現代の九龍城砦くーろんじょうさいの外観を思い描き、気を引き締めるようにしながら。





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