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道現成は夢む、塗れた華の七仏通誡偈【第三話】




 大人になったらブロードウェイに行きたいわぁ、と背伸びしながら言うくるるちゃん。

 何故にブロードウェイ? と尋ねると、うふふ、とくるるちゃんは微笑む。

 少し待つ。

「ミュージカル。〈総合芸術〉の最高峰を、現地で、ナマで観たいんよ。うちの人生、変わる気がするんよ」

「ふぅん。僕が一緒についていこうか」

「あはは。なに言うてん、山茶花。それ、告白かなんかのつもりやの?」

「い、いや、違う、けどさ」

「さ、カレー南蛮つくってぇなぁ」

「はいはい。麺はソフト麺で良いかい」

「ええよぉ」

「じゃ、鴨南蛮にしよう。材料があるから」

 そんなこんなで午前一時過ぎ、ソファから腰を上げた僕は、キッチンで調理を始める。

 調理なんていうたいしたものでもないけどもね。

 キッチンから目をそらさずに、またパソコンに向かい始めたくるるちゃんに、僕は話しかける。

「さっきの話の前提になってた、『十二音平均律』って、どんなんだい? 僕はそこからわからないんだけど」

 ああ、あれなぁ、と思い出したように、くるるちゃんは手を止めないで話を紡ぐ。


「十八世紀半ば頃から西欧音楽で使われるようになった調律の仕方のことやよ。〈ド〉からその上の〈ド〉までの間を十二に割って、等しい幅を持った十二個の音程でオクターヴをつくるんやわ。簡単にいうとピアノが十二音平均律で調律された楽器の代表やな。1722年、バッハが十二音平均律を使って『平均律クラヴィーア曲集(第一集)』を発表すると、西欧で爆発的に広がっていって、ワールドスタンダードになっていったんやよー」


「へぇ」

「その数値化の結晶が、今うちがパソコンで起動させてるDAW……デジタル・オーディオ・ワークステーション、っていうアプリケーションソフトなんよぉ」

「DJソフトいじってるのかと思ったよ」

「違うでぇ。今はトラックメイキングをしてるとこなんよ。明日、北茨城の六角堂でうちら〈ソーダフロート・スティーロ〉のファンたちと〈野点のだて〉をする予定で、そこで初披露ということでプレイする新曲の、編曲作業中なんよ」

「明日って……。ふぐりはぶっつけ本番になるんじゃない、新曲を歌うの」

「ラフは送ってあるから大丈夫やと思うで。〈プリンセス・オブ・ステージ〉こと〈神楽坂ふぐり〉には不可能なんてないんや」

「そんなもんなのかな。天才の考えることやすることは僕にはさっぱりだよ」

 神楽坂ふぐり。

 それは、小鳥遊ふぐりのステージネームだ。

 くるるちゃんは、DJ枢木くるるぎ

「……凄いな。凄いよ、本当に」

「鴨南蛮つくる手が止まっとるでー、山茶花」

「はいはい。つくりますよー、だ」


 鴨南蛮をつくっていると、事務所のドアが開いた。

 ドアから入ってきたひとは、ここ百瀬探偵結社の総長、百瀬珠ももせたまだった。

「ふはははははー! 良い匂いに釣られて我が輩参上じゃ! 山茶花、我が輩も、お相伴にあずかろうぞ! さっさとつくるのじゃ。我が輩はスコッチを持ってきたからのぉ! 食しながら飲もうぞ」

「総長。くるるちゃんには飲ませないでくださいね」

「わかっとるわい」

「って、これ、ザ・マッカランの30年物じゃないですか。〈シングルモルトのロールスロイス〉と名高い、あのマッカランだ。飲みましょう」

「おぬしも好きよのぉ、ウィスキー」

「珠総長には敵いませんよ」

 低身長の珠総長は、床まで届きそうなロングの髪を揺らしながら、ザ・マッカランの30年物の瓶を片手に持って、反対の手を腰にあてて笑みを浮かべている。

 グリーンを基調にしたエスニックな服装に、ビーズ系のネックレスとブレスレットをたくさん身につけている総長。

 頼れる僕らの〈飼い主〉だ。


 疑問があったので、僕は珠総長に訊いてみる。

「今日はあいつは、破魔矢式猫魔はまやしきびょうまは、いないんですか?」

「まだ仕事が終わってないと、ついさきほど連絡があったのじゃ。我が輩の〈迷い猫〉は、いつも迷いがあるのじゃよ」

「猫魔に迷いがある? あの〈探偵〉に迷いなんて……あるのかな?」

「今、猫魔は〈土浦九龍つちうらくーろん〉で作業にあたってもらっておる。どうも、キナくさいのじゃ、土浦九龍。水戸にある〈水戸アートタルタロス〉との敵対関係が、濃厚になってきおったのじゃ。内戦状態になる可能性もある。そこで、探りを入れてもらっておるのじゃよ」

「土浦九龍と水戸アートタルタロス……か」

「ふぐりの奴はもう眠っていることだし、我が輩らだけで美食を楽しもうぞ」

「は、はぁ」

「煮え切らないのぉ、山茶花」

「鴨南蛮は煮えてますよ。食べましょう」

「良い良い。こころは煮え切らないがつくった料理は煮えている、か。……山茶花も明日は北茨城に向かうのじゃよ?」

「え、なにかあるんですか」

「〈ソーダフロート・スティーロ〉のマネージャーとして、北茨城の六角堂へ向かうのじゃよ」

「は、はぁ。ま、とりあえず出来たので、鍋から食器に移しましょう」

「問題の先延ばしは感心せんな」

「ほはほら、冷めちゃいますよ」

「ふむ」

 そんな僕と珠総長のやりとりに、ひとり微笑むくるるちゃん。

 深夜の眠気のなか、食事とお酒の用意をして。

 僕らは鴨南蛮を食べた。





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