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衆生済土の欠けたる望月【第二十四話】




「うっうー! それでは最後の曲です。ふぐりとくるるが出会った最初の曲で、今日はお別れです。聴いてください。タイトルは『冬にうたう恋のアルバム』!」


 流れ出すミュージック。

 心地よいリズムと、思わず口ずさみたくなるメロディ。

 ソーダフロート・スティーロの、代表曲。

 僕らは、間に合った。

 西口門は行方不明で今頃、楽屋では大騒ぎだろう。

 でも、そんなのどうでも良かった。

 僕にとっては。



 僕は知ってる。

 このプリンセス・オブ・ステージ〈ソーダフロート・スティーロ〉が、きちんと〈厄病送り〉を完遂させてくれることを。


 僕がスタンディング席でステージを見上げていると、背後から声をかけられる。

「こりゃ一杯食わされたわ! 我が輩もびっくりじゃわ! 大きくなったのぉ、雑用係。ふははははあぁー。我が輩、ご機嫌じゃぞ! そう。今回の事件はそもそもその流脈の根本に〈マタイによる福音書〉が関係しているのじゃから、そりゃぁ〈術式〉としての〈豚に真珠〉も、アリじゃよなぁ! 大ありだったわけじゃ! 聖書にある豚に真珠の一節から咄嗟に〈術式〉を発動させるとは。番狂わせもいいところじゃよ、山茶花! 〈道化師〉が〈玉座〉に鎮座する〈キング〉に化けたな! ふははははあぁー! 高笑いが止まらんよ、我が輩は! なぁ、ほっけみりん?」

「はにゃはらぁ~!」

「そうじゃろ、そうじゃろ! ほっけみりんも喜んでおることだ! 今日は宴じゃ、宴!」

 幼児体型でエスニックな服を着こなすこの女性、百瀬探偵結社の総長である百瀬珠は機嫌良く呵々大笑し、屋台で買ったたこ焼きを食べ、紙コップのビールを飲んでいる。

「う~ん! 良い曲じゃのぉ。ふぐりもくるるも成長したもんじゃなー」

 人ごとのように言ってはいるが、ステージを観るその瞳は緩んでいる。

 今にも泣きそうだ。

 こんな総長も、めずらしい。

「『冬にうたう恋のアルバム』……か。デジタルデータだけと言わずに自主制作盤でも、うちの探偵結社から発売するというのはどうじゃ?」

「ちょっ、やめてくださいよ、総長」

「冗談じゃよ。この道化師、冗談が通じないのじゃな」

「どんな道化師ですか、そりゃ」

「我が輩の〈飼い猫〉は孤島と声明使いの少年の二人と共に病院へ搬送され……、雑用係がこうして残った」

 総長の隣でやはりたこ焼きをもぐもぐしている女の子がいて。

 その女の子のセルフレームの眼鏡がきゅぴーん、と光る。

「猫魔さん、大丈夫なんですか、珠総長?」

「ん? ああ、ま、大丈夫じゃよ、心配せんでも。プレコグ能力者の我が輩が言うのじゃから、本当に大丈夫じゃ。財布が痛くなりそうじゃが、な」

「財布が痛いって、もしかして重傷なんじゃないですかぁ?」

「ふはははは。めるとは猫魔贔屓じゃのぅ」

「ち、ち、違いますよぉ! わたしが猫魔さんをす、す、す、好きなのはそういう意味じゃないんですぅ!」

「本当かのぅ」

「本当ですってばぁ! 総長のばかぁ!」

「ふーはははは!」

 セルフレーム眼鏡の女の子、舞鶴めるとは顔を真っ赤にしてふくれっ面をする。


 僕はDJ枢木と神楽坂ふぐりのステージを見つめる。

 くるるちゃんのトランスフォーマースクラッチを挟みながら、ふぐりが歌い上げる。

 高く、高く、天まで届くような歌声で。




 百瀬珠総長が、聖書の一節をそらんじる。


 聖なるものを犬に与えてはならない。また、豚の前に真珠を投げてはならない。豚はそれを足で踏みつけ、犬は向き直って、あなたがたを引き裂くであろう。

          【『新約聖書』(新共同訳)「マタイによる福音書」7章6節】より






「自らを〈豚〉と言い、〈引き裂いた〉な、あの若造の、……孤島の心を。そういえばあの章は【人を裁くな】という章題だったかのぅ、確か。よく咄嗟に思い出して決行したものじゃな、山茶花」

 僕はふぐりがアイドルステップをして歌っているのを観ながら、

「買いかぶらないでくださいよ、総長。今回は総出で迎え撃った。だから、僕もそれこそ相応に、その場に臨まないとならないと考えていた。それだけのことですよ」

 と、珠総長に返した。

「ふふっ、お前らしい答え方じゃの。どうじゃった、マボロシの大学生活は?」

 今度は僕が微笑む番だった。

「楽しかったですよ、一生の想い出になるくらい」

 百瀬珠総長は背伸びをする。

 たこ焼きとビールを持ちながら。

「それは、…………良かった」

「ええ。とっても」

 涙が僕の頬を伝う。

 学生宿舎のみんな、さよなら。


 今回も、いろいろあった。

 でも、変わらないのは。

 僕らは、これまでも、今も、そしてこれからも、最高の探偵結社だってことだ。




 ……余談だけど。

 ザ・ルーツ・ルーツのメンバーがボーカル不在で困っていて、結局はジャムセッションをしてその場を乗り切ったことに対して、神楽坂ふぐりこと小鳥遊ふぐりは、

「なぁに泣いてたのよ、関係者一同困ってたのに! みんな、さよなら、じゃないわよこの雑用係! 一人でナルシズムかしら? やっぱり阿呆は大学で講義受けても阿呆なのが変わるわけないわね!」

 と、僕を大いに罵ったのは、出来ればオフレコにしておきたい、〈今回のオチ〉だった。

 どうせ僕は阿呆ですよー、だ。

 さらに付け加えるのならば、僕がマタイのことを思い出したのは、今回、〈魔女〉がそういう風に誘導したからなのではないか、と思う節があるのだけど、それは黙っておこうと思った。

 蛇足が過ぎるぜ。






〈了〉


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