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泰山に北辰尊星の桜吹雪を【第七話】

**********




 猫魔が少し遅れて現れる。

 校長の死体の近くには、返り血を大量に浴び、ナイフを持った女性教師。

 その横には、この女子校の生徒が一人。

 女性教師は、ふぐりの担任教師、今日の朝、講師の猫魔を紹介したひとだ。

 生徒の方は、ツンとすました態度でいて、返り血は浴びていない。


「猫魔……」

 僕は遅れてきた猫魔の名前を呼ぶ。

「ああ。遅かった。おれのミスだ」

 落ち込んだ表情の猫魔と、打って変わって、激高しているのは小鳥遊ふぐりだ。

「先生! あんた、一体なにをしたの! 校長を殺したの? 隣のクラスの朝倉さんを連れてきて、生徒と二人でなにやってるわけ? 共謀?」

 ふぐりの担任教師は言う。

「わたしが殺しました。この〈奇跡的に満開の桜の下〉で。……現行犯ですよね、返り血もこんなに浴びて、弁解の余地がないわ」

 ふぐりは教師の横の生徒を指さす。

「その生徒はなに、って訊いてんのよ! 共謀かしら、って尋ねているでしょうが! こんなの、メッタ刺しにして、犯人なんて一目瞭然でしょうがッッッ」

 そこに、低いトーンで、破魔矢式猫魔はふぐりに言う。

「いや。校長は首に絞め殺された痕が残っているよ」

「絞め殺された? でも絞め殺した凶器がないわ」

「凶器を使う〈絞殺〉でないよ。手で絞め殺した、これは〈扼殺〉だよ。くびり殺したのさ」

「相手が女性だとは言え、うちの担任もそこの朝倉さんも、女性よ。しかも、腕が細いタイプの女性。扼殺できたかしら。それに、二人とも半袖で、被害者の校長が苦しんで、普通は残すであろう引っ掻き傷は見当たらないわ。犯人はほかにいるってこと?」

 猫魔は一拍置いてから、ふぐりに答える。

「例の〈こっくりさん〉で〈神がかり〉状態になってしまった生徒がいたそうだ。それがそこの朝倉さんだ。昼飯のあとで、いろんなクラスで尋ねてみたんだ。話はみんな一致していた。扼殺の手の痕を観れば、朝倉さんが絞め殺したのがわかるさ。……〈表の警察〉には不明で処理されるだろうが、引っ掻き傷が見当たらないのは、憑依していたときエンパワーメントされた能力が活きていたからなんだ。〈妙見菩薩〉の力が、付加されていた。生死を司る、星の神の力が。この子、朝倉さんはあとで〈桜田門〉に連れていかれて絞られるだろうね……。その後の彼女のことは、……考えたくないな。おれのミスだ。もう少し早く動けていればよかったんだ」

「大丈夫ですよ、特別講師さん」

 生徒、朝倉が猫魔にツンとした態度を崩さず、言う。

「ボクは妙見に〈選ばれた〉んです。『万歳。やがて王となるお方』と言われてね」

 猫魔は弱々しい感じに、ケラケラ笑う。

「そりゃいい。将門の妙見伝説じゃなくて、『万歳。やがて王となるお方』は、シェイクスピアの『マクベス』の冒頭の言葉だろう? なんだい、友達にでも言われたのかい」

 言いよどんでから、朝倉は頷く。

「そりゃぁ友人にヨイショされたもんだな。マクベスからの一節。『明日、また明日、また明日と、時は小きざみな足取りで一日一日を歩み、ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく、昨日という日はすべておろかな人間が塵と化す。死への道を照らしてきた。消えろ、消えろ、つかの間の燈火! 人生は歩き回る影法師、あわれな役者だ、舞台の上でおおげさにみえをきっても出場が終われば消えてしまう。白痴のしゃべる物語だ、わめき立て響きと怒りはすさまじいが、意味はなに一つありはしない』……だ。あわれな役者を演じてしまったのさ。どうせ恋愛がらみの怨恨だろう?」

 歯ぎしりする朝倉。

 返り血を浴びているふぐりの担任教師は、その場で泣き崩れてしまった。

 担任教師は言う。

「校長が。わたしに性的嫌がらせをしていたんです。ある日、たまたまそれを見つけた朝倉さんが、わたしを好いてくれていて、それで、一緒に校長を殺そう、って言ってくれて、それでわたしは」

「ふぅん。『わたしは妙見に選ばれた、王となる人物だからそれも可能だ』とね。なるほど。でも、上手くいくとは思っていなかったろ。少なくとも、返り血をこんなに浴びるほどメッタ刺しにしたんだ。そのくらい憎かったのだろうし、バレていいと考えていた。……ああ、そっか、だから、〈探偵〉であるおれが来た日を選んだのか」

「探偵結社さんが来るにあたり名探偵であるあなたを講師に選んだのはわたしです。〈裏の政府〉と関係のあるあなたなら、発見者になるだろうし、悪いようにはしない、と思っておりました」

「買いかぶられたもんだね、こりゃ。『忌まわしい染み……。やってしまったことは元には戻らない』だね」

 猫魔の引用に、教師は笑う。

「それも、マクベスからの一節ですね」

「ええ。そうです。あわれな役者を演じるのは人間みな同じです。……さあ、事件の幕引きだ。山茶花は警察に連絡を。ふぐりは一応二人が逃げないように、見張っててくれ。おれは〈桜田門〉と、上手くかけあってみるよ。まあ、罪を犯した二人には、あとでうちの〈魔女〉に、たんまりお金を払ってもらうことになるけどね」

 僕は猫魔に注意を促す。

「猫魔。珠総長を〈魔女〉だなんて、言わない方がいいよ」

「本人の前ではもちろん言わないさ」


 僕は、携帯電話電を取り出し、警察に電話をした。



 僕は独り言をもらす。

「百合賛歌と、百合の悲劇、か……。別に、性別は関係ないとは思うけどもね。でも僕は、自分の部屋にある詩集の一篇、ボードレールの『地獄に落ちた女たち~デルフィーヌとイポリート~』を想起してしまうんだ。破魔矢式猫魔が解説してくれた、そのことを。〈堕ちていけ、堕ちていけ、憐れな犠牲者どもよ〉……と」



 妙見の、北極星の神の守護を失った満開の桜が、一斉に散り始めた。

 僕はそれを見上げて、舞い散る花びらを眺める……。





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