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衆生済土の欠けたる望月【第十三話】




 三ツ矢学生宿舎の、共同風呂。

 服を脱いで入ると、西口門と蔵人くんが湯船につかっていた。

 僕と入れ替わりに、ドラマーの錦くんが浴場の外へ出て行く。

 錦くんと片手でハイタッチした僕は、シャワーで身体を流したあと、湯船に入っていく。

「夢物語に出遅れなくて良かったぜ。もしくは、おとぎ話に、な」

 タオルを頭に乗せた西口門がそんなことを言う。

「なにかの比喩表現かい、西口門」

 僕が尋ねる。

「ああ。星に願いをしてたんだ、さっきまで。夜空を彩る想いがおれの前でみんな燃え尽きちまうような、昔はそんな気がしてた。でも、夢物語はおれを置き去りにはしなかった」

 蔵人くんが西口門に返す。

「バンドは、夢物語っすか、西口門さん」

「殴り合いをして生きてきて、ある日突然、親に大学進学だけを目標にされて、無気力になりそうだったおれを救ったのは、この学生宿舎だ」

 僕は湯船で発汗しながら、あはは、と吹き出す。

口伝くでんである魚山流声明を使いこなしてる今の西口門は、求道者だよな。間違いない。前に湖山に西口門が学園都市に入るときの逸話を聞かされたんだが、あれは『今昔物語』の中にある讃岐の源大夫のエピソードに似てるな、って」

「阿弥陀も、ヒップホップも、おれたちのような極悪人であっても分け隔てなく救う点は同じさ」

「功徳……か。学園都市にも良心がある、といいな。それこそ、悪い病も吹き飛ばせるような」

「ははっ。笑えること言うなよ、山茶花。おまえにゃ道化師の才能があるとは思うけどよ、〈衆生済土〉、つまり〈みんなを救う〉ためには、学園都市は浄化される必要があるんじゃないか、とさえ、おれには思えるんだよ」

「ふぅん?」

「不浄の身、宿業に苛まれる身、自戒できぬ身、それら今まで救われないとされていた者も救われるとするのが『浄土門』の優れたところだ」

 ああ、と僕は黙って頷いた。

 言ってることは『山上の垂訓』と似てるように、僕には思える。

 影響関係があるんだな、やっぱり。

 ネストリウス派……か。

 いや、似てるとして、じゃあ、それがなんだって言うんだ?

 日本には大陸経由でマニ教、ゾロアスター教、そしてキリスト教ネストリウス派が入ってきたってのは事実だってわかったし、それを親鸞が〈悪人正機〉の考えをつくるきっかけのひとつとした可能性が大きいのもわかった。

 でも、だとしても、この事件とどう繋がるんだ?

 復古神道の体系に聖書を取り込もうとする一派がいたのも確かだ。

 だが、危険すぎて何度も明治政府に弾圧を受けていて……。

 ん?

 弾圧を受けていた?

 長い二度の大戦が終わったとして、弾圧を受けた信仰を持った者でも、海外の生物兵器のラボから帰国してきていたら……学園都市の頭脳のひとつになるんじゃなかろうか?

 国が違うと難関のひとつになるそのひとつが、宗教だ。

 ドグマに入ったらまず抜け出せないと考えた方が良いが、だが、その国の信仰のドグマを知らないと思考のその論理がわからないのもまた本当だ。

 だから、その道のエキスパートが存在する。

 それはともかく、繋がっている糸を手繰るようにして、ドグマの〈越境〉が可能だとしたら?

 ドグマを越境できる共通の〈敵〉がいるとしたら?


 話を変えよう。

 ひとを殺しちゃいけない、なんてのは本当は大戦が終わったこの国でもなければ習わない考え方だ。

 人類史では、「味方は助けろ、敵は殺せ」がスタンダードだ。

 近くにいるのは味方だから、殺さない、殺させない。

 だが、敵は殺す。

 近代国家は暴力を国家が独占することによって、〈復讐原理〉を克服しようとしたし、ある程度、それは成功した。

 だが、だ。

 ここに敵がいるとしたら?

 つまり、諸悪の根源と見なされているみんなの嫌われ者、孤島の言葉で言うなれば〈国賊〉という怨霊が跋扈しているとしたら?

 将門をよみがえらせてまた十年前の〈厄災〉を引き起こそうとするのではないか?


 自分ら共通の悪である敵を、同盟した正義の味方の自分らが結集して倒す、という〈わかりやすいストーリー〉を用意すれば、とりあえず結束するのではないか?


「……あいつらも、学園都市に滞在してるんだよな」

「黙ったと思ったら、いきなり誰の話をしてるんだ、山茶花」

「いや、とある旧友たちが学園都市にいるみたいだからさ、会ってくる」

「今からか?」

「ああ。それに少し、外の空気でも吸おうかな、と思ってさ。先にあがるよ」

「おう。風邪を引くなよ」

「わーってるって」





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