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泰山に北辰尊星の桜吹雪を【第六話】

**********




 破魔矢式猫魔は、言いたいことだけ言うと、カレー南蛮を平らげ、僕とふぐりを残して席を立った。

 次の時間も猫魔が受け持つらしく、その調整に職員室へ向かったのだろう。

 僕の横に座っている小鳥遊ふぐりは、ぐいっと上半身を僕に近づけて、言った。

「こっくりさんなんて信じてるのかしら、あのバカ探偵は。やっぱり三流ね」

「いや、正式な手順を踏めば誰でも降霊できるシステマティックな呪術が、こっくりさんであるらしいよ。ただ、やってる本人たちは素人であることがほとんどだから、ミスったら、災いや不幸を呼び起こしてしまうらしい。失敗するなら、最初から手順も装置も間違っていた方がいいんだってさ。つまり、こっくりさんを〈召喚〉してしまってからでは、遅いのだ、と」

「ふん。なにそれ。猫魔が言ってたのかしら」

「いや、総長だよ。百瀬珠総長が昨日、酒の席で教えてくれた」

「え? 珠総長が! でも、そうだとして、なにか不都合があるの? 関係ない話じゃない。桜が狂い咲いていても、素敵なだけで問題ないじゃないの」

「ふぐりは短絡的だなぁ。僕と猫魔がここへ理由をこじつけて来たのは、意味があるんだよ。父兄参観と特別講師は、総長が〈裏政府〉に掛け合って、急遽予定を組んだのさ。ここに合法的に介入するために、ね」

「なんで潜入する必要があったって言うのよ」

「うちの探偵結社は、元々、なんのためにここ、常陸市にあるか、覚えているかい」

「それは、平将門と十年前の〈厄災〉との関係性を調べるため、でしょう。平将門は、江戸の守護神だったけど、常陸の国府を攻め落として〈新皇〉を名乗ったっていうのがあって、常陸側から、その調査をするためよね。そのために、東京に事務所を構えるより、効率が良いってことで、山の手のお嬢様なのに珠総長がわざわざこっちに設立したのも知ってるわ」

「うん。そうなんだ。話が通じやすくてよかったよ。実は、桜の件が泰山府君だったとしたら、将門のパワーが働いている可能性があるんだよ」

「なによ。どういうこと? 将門伝説に泰山府君は直接関係ないでしょ」

「さっきの猫魔の授業、寝ぼけて聞いていたのかい? 泰山府君は、妙見菩薩のことを指すんだぜ」

 そこまで一気に喋ると、僕はコップの水を一気に飲んだ。

 コップの中に氷が残って、カラカラ鳴った。


「平将門は、合戦中に自分の味方をする〈童子〉に遭う」

「自分の味方って?」

「童子は、将門の行く手を阻む川があれば、通ることが出来る浅瀬を教えてくれて、将門の装備から弓矢がなくなれば補充してくれた。将門が疲れると、代わりに敵と戦ってくれて百発百中の矢を射た、という。その〈童子〉が将門に言うんだよ、〈自分は妙見菩薩である〉と、ね」

「で、将門は重用でもしたのかしら」

「微妙に違うね。自分は上野国の花園という寺にいる、志があるなら花園の寺に行って我を迎えろ、と言うんだね。それで、将門は使いをやって菩薩を迎え、深く信心するようになる」

「それがどうかしたの」


「どうかするさ。妙見は、密教による本誓ほんぜい……本誓とは辞書的な意味で言うと〈阿弥陀仏の衆生救済の願〉を指す、仏、菩薩が菩薩の段階でたてた根本のマニフェスト、なんだけど、……その本誓には〈妙見は人間界の帝王を擁護する〉と、記されているのさ。つまり、このときを以て将門は妙見に守護された〈帝王である〉ということが成り立ってしまうのさ。その事件をきっかけに、平将門は〈新皇〉を名乗ったのである、という説がある」


「え。じゃあ、帝王気取りなんじゃなくて、帝王そのものになったってことじゃない、将門は」

「でもね、将門は妙見を裏切ってしまう。上野の国府で官位除目を行ったとき、今度は八幡大菩薩の使いであるという巫女に出会うんだ。それで、その巫女も将門に〈帝位〉を授ける、と託宣を述べる。将門は八幡神を祀った。今度は、〈そのときに新皇を名乗った〉のではないか、と言われている説なんだね。つまり、一番目の説と二番目の説を足すと、最初に妙見を迎え入れたのに、同時に八幡神を祀ったのさ。ここらへんも眉唾で、いろんな説があるみたいなんだけど、妙見に嫉妬され祟られて、将門は帝王にはなれなかったんだってさ」

「よく覚えているわね」

「仕事の前に調査くらい、するさ。妙見は北極星。エンペラーの星だよ。それに裏切られた将門は帝位につくことなく〈消された〉んだ。それで以て、妙見は泰山府君と同一神なのさ。泰山府君と対面するか、その波動でも感知できれば、もしくは、百瀬探偵事務所は、大きく前進できる。桜を満開にした人物を探れば、将門に近づける可能性が高くなる」



 納得した風な顔のふぐりと一緒に教室に戻る。

 授業が始まった時間になっても、ふぐりの担任教師の授業なのに、なかなかやってこない。

 僕が不審がっていると、廊下を走る靴の音。

 教室の前の方の扉を開けて入ってきたのは廊下を走ってきた破魔矢式猫魔だ。

「ここに担任教師、……来たか、山茶花」

 教室後方にいる僕に大きなよく通る声で、猫魔は尋ねる。

「いや、来てない」

「昼休みから姿をくらましたようだ……」

「そんなに焦るようなことなのか、猫魔?」

「校長室に校長もいない。職員室の話では、校長と、あの女性の担任教師が連れ立ってどこかへ行ったままだ、という。この行方のくらまし方……。犠牲者が出ているかもしれない、畜生! おれのミスだ。しくじった!」

 僕は自然と猫魔に訊いていた。

「どこを探せばいい?」

「桜だ。満開の桜の下の、どこかにいるはずだ」

「任せろ。分担して探そう!」

「助かるぜ、山茶花!」



 僕とふぐりチームと猫魔の二組にわかれて、校庭の桜を見て回った。

 そして、丘の上のこの学校の斜面の芝生の斜面に、その女性…………、校長はいた。


 校長は、桜の木の根元でぐたりと桜を背もたれにして倒れていた。

 体中、刃物でメッタ刺しにされていた姿で。


「死んでる……」

 僕はぼそりと、状況を発声してしまっていた。





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