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衆生済土の欠けたる望月【第十二話】




「マジかよ」

「マジだよ」

「フレンチクルーラー20個に、エンジェルリング20個……?」

「そうだよ」

「おーけい。残したら山茶花でも容赦しねぇ。よくその痩せた身体で食えるなぁ、おい」

「今日は接客なんだな、西口門」

「ああ。生地の仕込みは早朝やったからな。あとは後輩に任せてる」

「ふぅん」

 たらふくドーナツを買った僕は奥の席に座る。

 全席禁煙……だよなぁ、もちろん。

 窮屈になったもんだな、この社会も。

 僕はコーヒーを飲みながら、ビアスの続きを読みはじめる。

 ラッパーの接客ってどんなもんだよ、と思ったが、西口門のリリカルテクニックによる接客はお客さんにも大ウケのようだった。

 まあ、西口門たちは学園都市の〈有名人〉でもあるので、客の入りも上々なのは、当たり前でもある、というか。

 ドーナツ屋は盛況だねぇ、と思いつつ、大量に買ったドーナツを頬張る。

 コーヒーで流し込んでいると、

「向かいの席、よろしいでしょうか」

 と、バリトンボイス。

「ええ、いいですよ」

 僕は言ったあとで、文庫本から顔を上げる。

 顔を見た瞬間、目を丸くしてしまった。

 向かいの席に座ったのは、孤島こじまだったからだ。

 孤島。

〈一殺多生〉の精神で生きる、とあるテロリスト集団の……現在のボスだ。

 店内を見渡す。

 空席だらけだ。

 つまり、ここに座ったということは。

「そうですよ。あなたと話が、少ししたくてね、山茶花さん」

 つり目の奥に自信を秘めたその男は、大胆に、不敵に、目の前に現れた。

「お前に用事なんてないぞ、孤島!」

 スーツに身を包んだ孤島は、肩をすくめてみせる。

「あなたになくとも、僕にはあるんですよ、萩月山茶花さん?」

 咳き込む僕。

 危うくコーヒーを吹き出しそうになってしまった。

「そう。祇園祭で花火を打ち上げようというわけですよ……」

「祇園祭? って、神社の祭りのことか?」

「ほかになにがあるというのですか、山茶花さん?」

「三ツ矢八坂神社、……か」

「さて。〈花火〉の内容です。三ツ矢八坂神社の奥の院にあるご神体は、一体なにか。気になりませんか、山茶花さん」

「いや、特に気にならないが。それと祇園祭と、なにが関係あるんだ?」

「山茶花さんがここに潜入捜査される前、頻繁に常陸国が震源での地震が多発していましたよねぇ」

「地震くらいあるだろう、ここ、日本だぞ?」

「常陸国震源の地震の多くが、ここ、学園都市のそばにある神社だ、としても、関係ないと思いますか?」

「関係あるとしたら、それがどうだって言うんだよ」

「疫病神である八坂の牛頭天王。地震によって眠りから覚めた牛頭天王がその疫病を起こし病原体をばらまくなら、地震で避難してる学園都市の、〈この国屈指の頭脳たち〉の上にばらまく、というのはどうでしょうか」

「〈祇園サマ〉がまき散らすのか、生物兵器のプロがまくことのメタファなのかはわからないが、……お前、本気なのか? 介入するってことだよな、この事件に」

「〈ぎょく〉を取りますよ、僕は、ね。この土地の秩序の証である玉を取ってしまえば、すべては崩壊する。国賊を討つのにもちょうどよくて、ね。利用させてもらいますよ、僕らも、楽しそうなこのパーティに」

「なぜ、それを僕に話す?」

「守ることは出来るかもしれない。でも、〈守り続けること〉の難しさを、案外便利屋であるあなたたち探偵結社の皆さんは知らないんじゃないか、と思いましてね。〈国家鎮護〉のために、この学園都市にどのくらいの予算が割かれているかご存じで?」

「知らない」

「もう限界なのですよ、この国がこの地域に予算を割くのは。だから表の政府は、見殺しにして、学園都市を隔離する予定です。そこに、僕らの〈シンパ〉が、動いてくれた。〈玉〉を破壊すれば、疫病送りである〈祇園御霊会ぎおんごりょうえ〉は失敗する。国賊を皆殺しにして、我らが仏国土をこの地に建てます。千年王国、と呼ぶシンパの者もいますね。玉が破壊され、十年前の〈厄災〉が再び起こるそのエックスデーは、祇園祭のその日です。いや、なに、無力感を感じて欲しいだけですよ。そして、僕らの実力をその身で知ってください。ね? 山茶花さん?」

 殴ろうとした、僕は孤島のその顔を、思い切り。

 だが、立ち上がったそのとき、背後から押しつけられている鉄の塊に気づいた。

 僕は、ピストルの銃口を背中に押しつけられていた。

「くそ!」

 棒立ちで拳を強く握っているだけの僕。

 惨めだった。


 その僕の頬に、孤島は口づけをして。

 そして、去っていった。


 自動ドアのガラスが開いて、閉まって孤島がいなくなると、銃口は消えた。

 背中を振り向くと、そこには誰もいなかった。

「畜生ッッッ」

 僕はまた、なにも出来ないで終わるのか!

「祇園祭…………ッ!」

 そこにコーヒーのおかわりを注ぎに来る西口門。

「どうした、山茶花?」

 ああ、知らない、のか。

 知らない方がいい、こんなこと。

 僕は気が抜けたようにどさっと音を立てて、椅子に座り直す。

「コーヒー、もう一杯もらうよ」

 コーヒーを注ぎながら、西口門がさらり、とした口調で言う。

「祇園祭って呟いたよな、今? 今年の祇園祭には、ザ・ルーツ・ルーツもステージに立つぜ」

「ステージなんてあるのか……」

「ああ。今年最大の見せ場だぜ。それに、ソーダフロート・スティーロも出演する」

「ふぐりたちも出るのか……ああ」

 頭を抱える僕。

 最近、こんなんばっかだよ。

「ん? どうした、頭抱えちゃってさ、山茶花。神楽坂ふぐりかDJ枢木にでも恋してんのか? 商売オンナに恋をするのはやめとけって」

「それどころじゃないよ……。お手洗い行ってくる」

「貴重品は持っていけよ」

「ああ。わかった」





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