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衆生済土の欠けたる望月【第十一話】




 JESTER【道化師】


 昔、王宮に配属されていた役人で、そのなすすべ、いうことの滑稽さで宮廷中を笑わせるのが仕事だった。その馬鹿ばかしさは、彼のだんだらの服が証明している。しかし王は威厳を装っていたので、彼の行いや布告が宮廷のみならず全人類を楽しませるほど馬鹿ばかしいということを世間が発見するには数世紀かかった。道化師は通常フール(愚者)と呼ばれたが、詩人や小説家はいつも喜んで彼を、非凡な賢さと機知に富む人物として描いてきた。現代のサーカスでは、宮廷道化師の陰鬱な亡霊が、世にあったときには大理石の広間を陰気にし、貴族的ユーモア感覚を痛めつけ、王室の涙のタンクの栓を抜いたのと同じネタで、平民の観客を意気消沈させている。


          アンブローズ・ビアス『悪魔の辞典』筒井康隆・訳より抜粋







 バンドマンの朝は早い。

 通常イメージだと昼遅く起きるイメージだろう。

 だが、彼らはバイトに行ったり楽器の練習のため、早く起きる習慣が付いている場合もあって、ザ・ルーツ・ルーツの面々も早起きだった。

 髪の毛をツンツンにセットして、ルームメイトの湖山はキーボード練習をヘッドホンつけながら行う。

 キーボードにはリズムマシンも接続されていて、カウントを聴きながら、演奏する。

 その間に、僕は読書タイムだ。

 取り出すのはアンブローズ・ビアス。

『アウルクリーク橋の出来事』の収録された短編集だ。

 ビアスは〈死〉を見続けた作家だ。

 その、〈死〉と〈諧謔〉を見つめる瞳は芥川龍之介にも届き、芥川が好きな短編の名手である、として日本では有名になった。

 ビアスはまた、自身も行方不明になって、その生涯を終わらせている。

『悪魔の辞典』を書いたせいで、悪魔に憑かれてどこかへ連れていかれたのではないか、なんて僕は思っている。

 そんなアンブローズ・ビアスを読みながら、湖山の打鍵の音を聴く。

 ヘッドホンから漏れ出すクリック音混じりのアナログシンセの凶暴な音が奏でる曲と指運を聴いて、本のページをめくる。

 ザ・ルーツ・ルーツのほかのメンバーは午前中バイトで、午後から大学の講義の日のようだ。

 よくやるよ、こいつたちは。

 ちょうどおなかもすいたし、西口門のいるドーナツ屋でフレンチクルーラーかエンジェルリングを食べながらコーヒー飲もうかな、と思い、立ち上がる。

 僕は湖山の肩を背中からぽんぽんぽんと叩き、部屋を出て行く。

 湖山は、汗だくになって集中していたが、部屋を出る僕に手を振ってくれたのだった。





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