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衆生済土の欠けたる望月【第六話】




 三ツ矢プロップス・ナイト、と題されたライブコンサートが今週も開かれた。

 西口門をつまみ出したライブハウスである『たまつかの坂』は、西口門のヒップホップバンド『ザ・ルーツ・ルーツ』をトリにして、対バンを行った。

 対バンとはいくつかのバンドが代わる代わるライブを行う形式のことであり、トリとは一番最後にライブを行うバンドのことを指す。


 ドラムのにしきくんがルーズなビートを叩き、そこに蔵人くんのベース、湖山のキーボード、ラップを歌いながらの西口門のギターが重なる。


 眼も眩むような高速の言葉を繰り出しながら、西口門はギターのカッティングを鳴らす。

 西口門は、〈魚山流声明〉の使い手であり、ラッパーであり、ギターも弾く。

 彼の実力は、確かにこの学園都市随一で間違いないだろう。


 西口門は彼特有の〈パンチライン〉で最後の楽曲を締めた。

「Num-Ami-DaDaDa-Butz!!」

 一瞬の沈黙の後、オーディエンスから拍手喝采が送られる。

 パンチラインとは、ラップの〈ライム〉……つまり歌詞、の決め台詞のことだ。


 オールスタンディングの客席でオーディエンスとして『ザ・ルーツ・ルーツ』の演奏を聴き終えると、僕は大きく拍手をしてから、お客さんたちをすり抜けるようにして、ライブハウスの外に出る。


 熱気が冷めるような外の空気を吸う。

 夜空が綺麗だなぁ、と天を見上げながら、スポーツドリンクを飲んで思う。


「楽屋には行かないのね」

 甲高い女性の声。

 見上げた空から顔を地上に戻す。

 そこに仁王立ちしているのは金髪眼帯ポニーテイルのゴス衣装少女。

 百瀬探偵結社の誇る女子高生探偵の。

 小鳥遊ふぐり、だった。


「油売って数ヶ月。なにやってんのよ、この雑用係!」

 汗を拭って、僕はふぐりに返す。

「油売るのも、悪くないな、と思ってね」

「阿呆が格好付けてもキショいだけよ、阿呆は阿呆なりに仕事をこなしなさいよね。なに大学生に溶け込んでんのよ、バカ山茶花。あんたねぇ、学生時代にでも戻ったつもり?」

「ごめん、ふぐり。僕にこんな素晴らしく青春な学生時代は存在しないよ」

「いつものえろげオタクに戻りなさいよ。それでこそうちの探偵結社の雑用係ってもんでしょ」

「確かに、ね。その通りだ」

 ふぐりは僕に言う。

「〈毒麦は蒔かれた〉わよ」

「毒麦を摘み取るかい?」

「いいえ。収穫時により分けて焼き払うわ」

 僕は思わず吹き出す。

「聖書の〈毒麦のたとえ〉みたいだね」

「その通りでしょ」

「難しいなぁ」

「南無阿弥陀仏も良いけれども、その南無阿弥陀仏の浄土真宗本願寺派の本山である西本願寺には、新約聖書『マタイによる福音書』の一部が伝わっている。その『山上の垂訓』を中心としたものの漢訳の、『世尊布施論せそんふせろん』から、親鸞はキリスト教ネストリウス派の教えも学んだということが、今回の事件に繋がっていること、忘れないで。いいかしら、山茶花? あんたが青春ごっこやってるうちに、また将門の引き起こした〈厄災〉の二の舞がこの国を襲うわよ?」

「厄災…………この場合、疫病……、か」

「この三ツ矢周辺が昔、常陸の八坂信仰の中心だったこと、忘れないで」

「八坂信仰は、疫病神である牛頭天王を祀っている、ってこと、でいいのかな」

「そうよ!」

「ありがとう」

「好い加減、目を覚ましなさい! このどあほ!」





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