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衆生済土の欠けたる望月【第四話】




 三ツ矢学生宿舎から外に出て、学園都市の街を歩く。

 自動車もひともまばらだ。

 逆を言えば、まばらなだけで、十時過ぎでも、ひとは歩いている。

 歩いているそのほとんどは学生くらいの年齢のひとたちだ。

 セイコフマートで珈琲とグミキャンディを買って、小さな公園に入ってゾウさん滑り台に乗って珈琲を飲みながらグミを噛む。

 空は星々がきらめいている。

 グミを咀嚼していると、公園そばにあるライブハウス『たまつかの坂』の入り口のネオンの奥から複数人の罵声が飛んできた。

 そして、ライブハウスからつまみ出されるスカジャンに、鍵穴の付いた錠前のかたちをしたゴールドチェーンネックレスをつけている男。

「痛てぇ! ふざけんなよ、おれはフリースタイルバトルがやりたいだけなんだ!」

 つまみ出された男の叫びに、つまみ出した屈強な男が言う。

「オオトリの超人気ラッパーの舞台に上がり込んでバトルを申し込むだぁ? てめぇは営業妨害を何度したらわかる! 田舎者が調子こいてんじゃねーぞ!」

 ぼぎゃっと派手な音がした。

 つまみ出された男が屈強な腕のげんこつで殴られたのだ。

 殴られて倒れたところに、次いで蹴りがみぞおちに入る。

 吐瀉するスカジャン男。

「もう二度と来んな!」

 つまみ出した男はネオンの中に戻っていった。

 僕はスカジャン男に近づいて、倒れてげーげー吐いてるその頭の上から声をかける。

「またMCバトルを希望したのか、西口門?」

 スカジャン男はよろよろと起き上がって、

「あ。誰かと思ったら萩月山茶花か……。畜生!」

「宿舎に帰ろうぜ」

「畜生ッ」

 僕はスカジャンのこの男、西口門の肩を担いで、三ツ矢学生宿舎まで歩きだす。

 西口門は、宿舎に到着するまでずっと、

「畜生! 畜生!」

 と、繰り返していた。

「西口門。宿舎のみんなの使う言葉で言うなら、西口門は〈オールドスクール〉なんだよ」

「おれがオールドスクールか。ハハッ! 面白いこと言うじゃねーか、山茶花」

 オールドスクール。

 昔ながらの価値観やスタイルの〈プレイヤー〉のことを指す言葉が、〈オールドスクール〉だ。

「畜生! 見ていやがれ、おれの声明しょうみょうが最高のフロウに変わっていくサマを、なぁ! ライムデリバリーにはあとちょっとで届く!」

〈フロウ〉とは、ラップに於いて、〈言葉が演奏される〉そのサマを言う。

〈ライムデリバリー〉とは、フロウをリズム視点から表現するときに使う用語だ。

 この場合、ステージで輝けるようになるにはあともうちょっとだ、みたいなところか。

「頑張れよ、西口門」

「ありがとよ、山茶花」

 西口門は、腫れたまぶたの瞳で、空を見上げる。

「月がまぶしいぜ」

 僕はつい吹き出してしまい、それを隠すように言う。

「せいぜい笑う月に追いかけられないようにしろよ、西口門」

「笑う月? ハッ! 安部公房かよ!」

 とぼとぼ歩く僕ら二人の影は、月明かりで長く伸びた。





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