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衆生済土の欠けたる望月【第三話】




 僕は今、常陸の南、『学園都市』の〈大学生〉として、ここ〈三ツ矢学生宿舎〉の一室に住んでいる。

 見上げればあるのは筑波山。

 目をまっすぐ向ければ、都市がまるごと大きな教育機関と研究機関の集まりである『学園都市』の区画された街並み。

 ここは都会だ。

 しかし、そこに住む者のほとんどが学識高いという、異形の都市だが。


 三ツ矢学生宿舎での僕、萩月山茶花のルームメイトでキーボーディストの湖山こやまに影響を受けたのか、さっきからベーシスト・蔵人くんは僕の部屋で、奇っ怪なシンセサイザーをいじっている。

 うねうねした低音が出ている。

「湖山ぁ、このうねうねした攻撃的なベース音の出る機械はなんなんだ?」

 と、僕。

 即座に答えるのは、腕組みしながら蔵人くんのプレイする指先を睨んでいる湖山だ。

「山茶花さん。これはTB-303っす」

「んん? TB-303?」

「うねうねなのはワブルベースの音の特徴っす。このベースシンセサイザーから、アシッドハウスってジャンルははじまったっす」

 そこに重ねるように、

「最高すよ、このサウンド。山茶花さんもどうすか?」

 と言うのは、蔵人くん。

 この二人の語尾が「っす」ってなってるのは、ちょっと古い若者っぽくて、好感が持てる。

 それでいてこの二人、大学では成績優秀なのだから、侮れない。

 一体、いつ勉強をしているんだろう?

「やべ、ベースシンセを使う曲を書きたくなった」

「いいじゃん、蔵人。YMO超えようぜ?」

「クラフトワークスだっておれたちなら超えられるかも知れねーな」

 笑い合う湖山と蔵人くん。

 蔵人くんは腕につけた手錠の鎖をじゃらじゃらさせながら、TB-303というそのベースシンセでベースラインを奏で続ける。

 湖山は尖った髪の毛をゆさゆさ揺らしながら、そのうねうねするベースで高揚している。

 湖山は、僕に言う。

「この三ツ矢の〈プロップス〉じゃ、ミクスチャーは当然あり得る選択肢なんすよね」

「プロップス?」

「シーンてことっすよ、そのくらい覚えてくださいよ、いい加減。三ツ矢プロップスの、超ドープな最先端をおれたちは走っているんすから。山茶花さんは、その現場にいるんすよ? もうちょっと胸張ってたっていいくらい、それは名誉なことなんすからね」

 湖山に怒られる僕。

 ごめんごめんと言っていると、湖山もKORGのアナログシンセでベースに合わせて〈ウワモノ〉を乗せる。

 ごっついサウンドで奏でるアルペジオだ。

 暴力的とも思える即興演奏の始まりだ。

 僕はその音に耳を澄まし、ペットボトルのコーラを飲む。

 掛け時計を見ると、もう午後十時をまわっている。

 音楽オーケイの宿舎なのがこの三ツ矢学生宿舎のウリだが、まあ、騒音をこの時間にまき散らしているのを横目で見て、若干気が引けるし。

「コンビニに行ってくるよ」

 と、聞こえないだろうけど言ってみて、僕はドアノブをまわす。

 さて、学園都市で深夜徘徊とでも洒落込みますか、ってな。





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