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手折れ、六道に至りしその徒花を【第六話】




 簡素な部屋に通された僕は、そこで精進料理を食べる。

 部屋には三人。沼地と琢磨小路が同じく料理を食べている。

 今宵の精進料理は琢磨小路がつくったようだ。

 本人がそう言って運んできた。


 食べ終えた頃。

 最前から憤っている沼地が唾を飛ばす。

「おい! おまえ、山茶花とか言ったな! そもそもおまえは〈末法の世〉ってのがどんな状態だかわかってんのかよ」

 記憶を探る。

 確か破魔矢式猫魔が、末法とかいうのについて講釈していたことがあったのを思い出す。

「あ、あー。まあ、なんとなく」

「てめっ! なんとなくだと! ぶっ殺すぞ!」

「や、や、やめなよ、沼地くん」

 琢磨小路が、僕を殴ろうとする沼地を止める。

「その手を離せよ、琢磨小路! いいか、山茶花! 末法ってのは」

「携帯電話のウェブで検索するよ」

「すんな、ボゲェ! 釈迦が説いた正しい教えが世で行われ修行して悟る人がいる時代が過ぎてな! 次に教えが行われても外見だけが修行者に似るだけで悟る人がいない時代が来て、その次には人も世も最悪となり正しい教えがなくなった時代が来る! そのまさに正しい教えが行われない、今の状況を末法っつーんだよ! 浄土宗、浄土真宗は業因、禅宗は天魔の外法! この末法の世を救うのはおれたちの〈一殺多生〉なんだ! 国の御柱となること、一人一殺を以て国賊を討つこと、それがこの末法の世を世界が回避する唯一の方法なんだ! わかったか、山茶花!」

 僕はため息を吐く。

「一人が一人を殺したくらいでなにが変わるってのさ」

「〈気づく〉からだよ! 今この世界が末法の世になっているってことになぁ! 気づけば、邪教はすべて折伏される! 折伏とは説き伏せられるってことだ。おれたちの〈主義〉が〈正しい教え〉だって気づくことだ! 気づけば、〈血盟〉のときのように、この国が変わる契機となる! 実際、この一人一殺はこの国の〈流れ〉を変えただろう! 違うか、山茶花!」


 血盟……常陸国で起こったその昭和のテロ自体は失敗に終わったが、血盟の残党や、その〈主義〉に共鳴した者たちが起こしたのが五・一五事件だ。そしてその流れは収まらず、二・二六事件が起こり、この国は軍国主義へと転換された……。


 だが。それは昔の話だ。こいつらはなにがしたいんだ?

 テロがクーデターに繋がったそれをお手本にして、こいつらは、なにを?


「なにが君たちを駆り立てるんだい。動機がわからない」


 沼地が歯を食いしばりながら言う。

「おれには、最愛の妹がいた……ッ」

 慌てて話すのを止めようとする琢磨小路。

「金を……国賊どもが吸い上げちまったんだ! 小さな田舎の漁村の金すら、奴らはな! 食い扶持に困ったおれの親も、村のほかの大人も、……売り飛ばしたんだよ! 村の若い、年端もいかない女の子たちを、な! 同じだろ、あの昭和のテロの時代と! 国の中央にいる奴らの性的欲求を満たして手に入れたなけなしの金で、おれたち村の者はみんな、飯を食うことが出来たんだよ! あんな飯は、もう……喰いたくねぇんだよ」

「村の近くには原発もある。対策は」

「てめぇ! ぶっ殺すぞッッッ!」


 そう、『血盟連通史』に書かれているのはつまり、そういうこと、か。


 僕は立ち上がる。

「話してくる」

 ドアノブに手を掛ける。

「井上と。〈一殺多生〉という方法しか、本当にないのか、尋ねてみる」

 君たちが暴走しないためにはボスと話をつけるしかなさそうだからね、と僕は言って、お堂へ向かう。

 沼地も琢磨小路も、僕を止めなかった。

 話はズレていた。僕は要件を果たし、帰宅して良いはずだったのだ。

 しかし、僕は今、このドグマに入り込もうとしている……。





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