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手折れ、六道に至りしその徒花を【第二話】




「雲行きが怪しいのぉ」

 事務所の窓から外の空を見上げ、百瀬探偵結社総長・百瀬珠は言った。

 百瀬探偵結社は、茨城県常陸市いばらきけんひたちしにある。

 ここはその探偵結社のビルである。午前9時。

 真っ黒に染まりつつある外の様子をうかがってから、室内に視線を戻して、百瀬珠総長はため息を吐いた。

「こりゃ一雨降るのぉ」

 エスニックな深緑の民族衣装に身を包んだ珠総長が沈んだ顔をしていると、あくびをしながら探偵結社の事務所の、この事務室に入ってくる灰色の髪をした男がいた。

「おはよう、みんな」

 男は挨拶をする。

「おはようやないわぁ、猫魔お兄ちゃん。今日もお仕事頑張らへんとならんのに、もぅ。締まりがないと嫌われよるでぇ」

 このどこの方言だかわからない言語で灰色の髪の男に話しかけるのは枢木くるるぎくるるちゃん。この事務所の事務員だ。

「朝は眠いもんだよ」

 と、猫魔。

「夜更かししすぎなんやよぉ」

 返すはくるるちゃん。

「スーツも着てバッチリなおれと比べたら、そこのでくの坊はどうだい。山茶花はいつもパーカー着てるだけじゃないか。楽でいいよな。それにおれは仕事はこなす」

「まるで僕が仕事が出来ない奴みたいな言い方じゃないか、猫魔」

「違うのかい」

「うっ」

 黙る僕。

 その通りだった。

 僕は仕事が出来ない人間だ。

 破魔矢式猫魔は、窓際にいる珠総長に話しかける。

「〈天気読み〉は、どうです?」

「濁っておるわい」

 応える珠総長。

「天気読み?」

 首をかしげる僕。

「バカ。プレコグ能力のことだよ」

 猫魔にたしなめられる僕。

「全く山茶花はダメやわぁ。だから猫魔お兄ちゃんの助手が務まらないんよぉ」

 ふくれっ面のくるるちゃん。

「助手じゃないんだけどね」

 僕はそっぽを向いて言う。

 くるるちゃんは僕が猫魔の助手だと思っている。

 いつも手柄を立てるのは猫魔なんだから、そう思われても仕方がないし、僕はただの雑用係だ。雑用係は雑用をこなしていればいい。

 ちなみに、〈プレコグ〉とは、予知能力の一種のことである。

 お金に関してにしか使わないようだけど、百瀬珠総長が、そのプレコグという超能力を有しているのは事実だ。裏の政府公認のESP能力者が、百瀬珠総長であり、その能力のため、彼女は〈魔女〉と呼ばれることもあるのである。

 そして僕らは、〈魔女の一味〉というわけだ。

 それがこの、百瀬探偵結社、である。

「さて。総長のプレコグの具合が悪いままでここを離れるのも忍びないけど、おれはもう行くよ」

 探偵……破魔矢式猫魔が言う。

「猫魔。もう行くのか? 今日はどこでなんの仕事だい?」

「山茶花とは反対方向さ」

「反対方向?」

「ま、いろんな意味で、ね」

「ふぅん」

「おれはさ、山茶花。一部のブッディストの、折伏しゃくぶくの方法論が気に食わないと思っているんだ」

「折伏の方法論?」

「自分の宗派以外を徹底的に排撃する、ある方法論のことさ。で、さ。山茶花。ここはどこだ」

常陸市ひたちしだけど」

「常陸国と言えば、親鸞が二十年くらいいたことで有名だけど」

「そうだね」

「常陸国というのは、ね。妙蓮華法の開祖が晩年、排撃と自身への弾圧に疲れて、ここ常陸の〈湯〉で養生しようとして目指した土地でもあるんだ」

「南無妙のひとだね」

「弘安五年のことだ。常陸を目指す途中、武蔵国池上で、その僧、日蓮は死んだ」

「へぇ。常陸を目指していたのかぁ」

「そう。そして常陸と言えば、晩年の国学者・平田篤胤が常陸の山に住んでいた童子を拾い、そこから自らの神道の体系に道教を取り入れたことが知られている」

「平田篤胤。明治の国家神道のルーツの一人だね」

「そう。平田篤胤は、一向宗・浄土真宗と日蓮宗を、徹底的に批判した。それがやがて国家神道の日蓮宗弾圧に繋がる」

「いつ聞いても、ここ常陸という場所は一筋縄では行かないね、猫魔」

「そして、今日、おまえが仕事で向かう先が、その〈常陸の湯〉があった場所さ」

「護獄村……か」

「まあ、ゆっくり湯治でもするんだな」

「猫魔。僕は怪人・小栗判官おぐりはんがんがそこに向かったっていうから護獄村に向かうんだぜ。それに、護獄村って漁村なのに、湯なんてあるのかな」

「あるぜ」

「ふぅん」

「まあ、そういう土地だってことが言いたかっただけだ。じゃ、おれはもう出かけるぜ」

「おう、頑張ってな、猫魔。僕も今度こそ探偵結社の一員として、小栗の奴を捕まえてみせるぜ」

 僕が拳を突き出すと、猫魔も拳を突き出し、拳と拳をぶつけ合った。

 探偵は言う。

「あるのは『主義テネット』だけさ。覚えておくと良い。それにさ」

 探偵・破魔矢式猫魔は付け加える。

「運命を正当に非難出来る者なんてどこにもいないさ。だからこそ、主義を大事にするといい」

 そう言うと探偵は先に事務室を出た。

 総長とくるるちゃんに挨拶をした僕も自分の部屋に戻って、今日の仕事の準備をすることにした。

「主義……ねぇ」

 僕は、言葉を反復した。主義は大切らしい。排撃でもしなければ、ってことなんだろうけども。





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