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手折れ、六道に至りしその徒花を【第一話】

 文章が嫌いだ。

 わたしが断言したこと、

 私が共鳴した信念、

 すべてが笑うべきものであり、死んだようだ。

 わたしは沈黙にほかならず、世界は沈黙である。


          【ジョルジュ・バタイユ『無神学大全』】より






 東京都港区。

 その僧にしてテロリストの頭の葬儀は、しめやかに行われた。

 会場ではその僧に影響を受けた若者たちが黒いダブルスーツに身を包みながら二列に並び、

「お疲れ様でした」

 と遺影に声をかけながら焼香していく。


 その葬儀の、会場入り口の外の喫煙所で、僕、萩月山茶花はぎつきさざんかは、セブンスターを吸って、こちらに向かってくる男の姿を見ていた。


 男が灰皿の向こう側に立ち、僕と向かい合うかたちになる。

「やぁ、山茶花さん。この葬儀、花輪が飾られていないでしょう?」

 男が言う。肩には雨粒がついている。今は冬だ。冬の雨は、今日、葬儀であるテロリストでもあった僧の眼差しのように、冷たい。

 そう、冷たい目をした男だった。

 目の前の男は続ける。

「故人の意思を尊重して花輪は辞退、質素に行うことに決まったのですよ」

「ふぅん」

 僕は視線を横に逸らし、紫煙を吐く。

「徒花。狂い咲くときも使うけど、咲いても実を結ばない花を、そう呼ぶのですよ、山茶花さん?」

 僕はその言い回しに、イラッとする。

「徒花? なにが言いたい?」

 声を荒げてしまう僕。

 向かい側に立つ男は灰皿からこちら側に回り、煙草を持ったその手首を掴み、それから体重を掛けて僕を押した。

 僕の背中がコンクリートの壁に叩きつけられる。

 男に押さえつけられて、身動きが取れない。

 僕は振りほどこうとするが、男の力は強い。

 振りほどくことが出来ず、コンクリートに身体を固定させられたままだ。

 手首も強い力で壁に押しつけられ、手が緩んだ僕は煙草を地面に落とす。

 ジュッと音がした。

 水をよく含んだアスファルトの地面が、僕のセブンスターの火を消したのだ。

 にらむ僕ににらみ返すその男の顔は、しかし余裕に満ちている。

「〈一人一殺〉……。僕らはまだ負けませんよ? 萩月山茶花さん。井上先生はあなたを許してらしたようでしたが」

 そこで言葉を句切り、身動きが取れない僕のくちびるを強引に奪う。

 ぬめる舌が、僕の口腔内を侵犯する。

 執拗な責めに、目をそらす僕は、手首を捕まれていない方の手で、この男を引き剥がす。

 男は後方に一歩、下がった。

「つれないですねぇ」

 ごほごほ、と咳をする僕。

「当たり前だ」

 男はネクタイの乱れを直してから、

「僕はあなたを許さない。あなたの〈思想〉、または…………〈主義〉を、ね」

 と、鼻で笑った。

「僕に思想なんてないぞ、孤島こじま

 僕は男の名を呼ぶ。

「やっと名前、呼んでくれましたね。光栄ですよ、山茶花さん。僕の名は孤島。これからも忘れないでくださいね。それでは、僕は焼き場へ行きますので。ふぅ。僕は井上先生の最後を看取らないとならないので、ね」

「まだ死んでないような口ぶりじゃないか」

「遺灰になったのち、井上先生の思想は僕らが受け継ぐことになるのです。井上先生とその意志は、これからもずっと我らのそばに」

「まだ……続ける気なのか、こんなこと」

「山茶花さん。あなたが在籍する〈百瀬探偵結社〉が、僕らとぶつからないことを願うのみです……ああ、探偵さんにもよろしく」

「探偵さん?」

「なにをすっとぼけているのですか、山茶花さん。破魔矢式猫魔はまやしきびょうまさんのことですよ」

 男、孤島はくすくす笑いながら唇をハンカチで拭い、それから会場の自動ドアの中へと消えていく。


「井上…………。一殺多生の〈主義〉……か」

 僕は孤島の後ろ姿を見ながら、今は亡きテロリストについて、かすれる声で呟いていた。





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