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南方に配されし荼枳尼の法【第九話】




 常陸松岡にある〈本町銀行〉の奥。

 指定文化財〈胎蔵界曼荼羅〉の掛け軸があったはずの大金庫の前で、僕らは立ち尽くす。

 大金庫の中は空っぽだった。

「情報機器は誤動作してる。半導体、抵抗器、コンデンサなんかが異常発熱してぶっ壊れてる。まるで〈カミナリ〉でも食らったかのようだ」

 と、猫魔。

「カミナリ?」

 と、僕。

「いや、なんでもない」

 猫魔はそう返してから、金庫の中を見る。

 先に入っていた警官が、

「こんな物が落ちていました! 野中もやいからの新たな予告状です!」

 と、猫魔に名刺大のカードを差し出す。

 それを読む猫魔。

「これから本町銀行会長宅に隠されている〈金剛界曼荼羅〉の掛け軸もいただく、……と来たか」

「金剛界の方の曼荼羅が紛失したってのは、やっぱり嘘だったんだ!」

 僕が驚いてそう言うと、その場に来ていた銀行の会長が、はははは、とカラ笑いをした。

「ええ。そうです。文化財として国に取られるのが嫌で、代々うちで保存しておったのです」

「会長宅に行くぞ。山茶花! ふぐり!」

「はいよ」

 と、僕。

「わかってるわよ、大声出すな、三流探偵!」

 いらつくように、ふぐり。




 本町銀行の裏手に、会長宅はある。

 大きな屋敷だ。

 隣にあるので、歩いても行ける距離だ。

 僕らは走って移動する。

 遅れて銀行の会長もやってくる。

 会長は奥座敷の隠し扉を開ける。

 木製の古い棚が隠し扉になっていて、それが動く。


 その中はきちんと整理されていたが、すっぽりと空隙がある。

 その壁の空隙を指さし、

「盗まれた……。盗まれおったわ……」

 と、会長は崩れ落ちた。

「おい、探偵ども! どうしてくれるッ! 罰金だ! これは罰金を支払ってもらわねばなるまいて! おい、聞いているのか、似非探偵結社! 〈魔女〉の飼い猫どもがッ」



「予告状の時間通りでもなかったし、時間指定もせずにここからも、〈ウワサ〉でしか存在しないはずの物を奪い去っていった。……手段を選ばなくなったのか、怪盗・野中もやいの奴はッ」

 舌打ちする猫魔。

 僕は独り言のように言う。

「手段を〈選ばない〉、か。そういえば今日、夜刀神うわばみ姫が〈ダキニ法はひとを選ばない〉って言っていたなぁ。それを思い出しちゃったぜ」

 僕の脇腹を小鳥遊ふぐりが突く。

「ちょっとアンタ、黙りなさいよ」

「わ、わかったよ」

 それに意外な反応をしたのは、破魔矢式猫魔だった。

「なんだって? 今、なんて言った? 山茶花?」

「ん? いや、ダキニ法はひとを選ばない、って」

「ダキニ。ダキニと言ったな」

「そう。僕はダキニって言った」

「わかったぞ」

「なにが?」

 僕は首をかしげる。

「この隠し扉の中の空間。掛け軸はなにか掛けてあったみたいだけど、ちょっと変だな、と思ったんだ。代々保存していた風に思えない。この入り口の仕掛け自体が、年代が新しいんだ。違う場所に隠していたとしても、不都合が多すぎる」

「ん? なにが言いたいんだ、猫魔」

「ダキニはひとを選ばない、のさ」

「どういうことさ」

「この銀行に保存してあるのは真言宗の寺にあったもの、という情報はフェイクだってことさ」





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