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南方に配されし荼枳尼の法【第七話】




「オンナの匂いがする」

 開口一番、小鳥遊ふぐりが僕にそう言った。

 陽が落ちる頃で、湿度が高くてじめじめした夜を迎えそうだった。

 常陸松岡、本町通りにある、〈本町銀行〉。

 さっきいた公園から、スクーターで十五分くらいの位置にある。

 その建物の前に、小鳥遊ふぐりはいらつきながら僕を待っていた。

 遅い、と怒られるかな、と思ったら、「オンナの匂いがする」だもんな。

 勘が鋭いというか、なんというか。

 駐車場から出てきた僕を睨むと、ふぐりは、

「あんたねー。やる気あんの? この時間までどこかのオンナと遊んでたわけ? しっかりしない奴は捜査に加わる必要はないわ。邪魔よ。出て行け、このえろげオタク」

「えろげは関係ないだろ」

「山茶花がえろげと現実の区別がつかないのが問題なのよ。夏だから白いワンピース着て麦わら帽子の女の子とキャッキャウフフ、みたいな展開になりたいと思ってるんでしょ?」

「すごいな、その偏見は……」

「じゃあ、今までなにしてたのよ」

「蛇の着ぐるみパジャマ着た女の子と一緒にいた」

「あーんーたーねぇー! 夏をエンジョイしてんじゃないわよッ! って、んん? 蛇の着ぐるみパジャマ? それってまさか……」

「そうだよ、いきなり現れたんだ、夜刀神うわばみ姫が、ね」

「夜刀神うわばみ姫……。あのクッソ語呂が悪い名前を持った〈正義の味方〉サマが、萩月山茶花の前に現れたですって? あたしを舐めてんのかしら、夜刀神も、そして山茶花も! ウキー!」

「いらついても仕方ないよ。どこかに消えちゃったし」

「で。あいつはなんか言ってた?」

「うん。言ってたよ」

「なんて言ってたのかしら。参考までに聞いておくわ」

 僕は唾を飲み込んで、呼吸を整えてから、言った。

「ダキニはひとを選ばない。平清盛も後醍醐天皇も、ダキニ法を修法し、使った。ダキニ法はひとを選ばないが、それ故に外法であり、永続しない。……だってさ」

「ダキニ? うーん、どこかで聞いたような……」

 銀行の自動ドアが開いて、スーツを着た男が出てくる。

 そしてその男、破魔矢式猫魔はケラケラ笑う。

「〈胎蔵界曼荼羅〉に、ダキニの姿も描かれているね」

 ハッとして口を開けるふぐり。

「今夜狙われているお宝じゃないの、指定文化財〈胎蔵界曼荼羅〉掛け軸! ちょっとバカ探偵! 箝口令かんこうれい敷かれてるんじゃなかったの、この事件は?」

「箝口令は敷かれているよ。バカだなぁ、ふぐり。壁に耳あり障子に目あり、飲みたいカクテルはブラッディメアリーってね。そういうもんだろう? なぁ、山茶花」

「僕はなにもわからないよ」

「こういうの、わかる奴にはわかっちゃうんだよなぁ。それ以前に夜刀神も僕らとは違うルートで〈政府のエージェント〉だってこと、忘れてないかい。知っているだろうさ、この事件のことも。敵に塩でも送ったのかな」

 ふくれっ面になるふぐり。

「これのどこが〈塩〉になるってのよぉ」

 顎をさすって、考える猫魔。

「今のところ、わからないな、おれにも」

「つまり猫魔も山茶花と同じレベルってことね!」

 僕は大きく息を吐く。

「二人とも。午前零時にはまだ時間があるぜ。ヒートアップしない、特にふぐり」

「あんたにゃ言われたくないわよ! べーっ、だ!」

 舌を出して僕を牽制する小鳥遊ふぐりだった。

 猫魔が、手をポキポキと鳴らす。

「ま。揃ったところで、おれたちも配置につこうぜ。今日こそ捕まえてやる、野中もやいめ!」

 そう。怪盗・野中もやいは、探偵・破魔矢式猫魔のライバルなのだ。

「よし! お宝は死守、もやいを捕まえよう、猫魔、ふぐり!」

 僕たちも警察に交じり配置につき。

 そして、時間が過ぎ去っていく。





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