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南方に配されし荼枳尼の法【第二話】




 まっすぐ事務所ビルの中にある自室に戻ると、僕はシャワーを浴びた。

 頭からシャワーのお湯を浴びて、僕は考える。

 小栗判官を倒すには、どうすればいいか。

 頭の中に〈あいつ〉の顔が浮かぶ。

 探偵・破魔矢式猫魔。あいつならば、良い案を出してくれそうだ。

 だが、頼ってばかりもいられない。

 なんと言っても、今は雑用係の僕までが探偵として駆り出されているほどの忙しさなのだ。あいつも、忙しいだろう。

 それに、頼りっぱなしじゃ、ダメだ。

 絶対に、ダメだ。

 シャンプーをつけた頭を洗って泡だらけになりつつ、僕はダメだダメだと、何回も呟く。

 身体を洗い流す。

 考えすぎたせいか、シャワーからあがると、立ちくらみがした。

 のぼせたのだろう。


 パジャマを着てソファにその身を埋めていると、硝子戸がこんこん、と叩かれる。

 なにかと思って見てみると、隣室の住人、更科美弥子さんがニタニタ笑んで、ベランダにいた。

 ああ、非常用の〈壊せる壁〉を破壊してこっちに来たのだな、と理解した僕は、美弥子さんを招き入れようと硝子戸を開けた。

「どうしたんです、美弥子さん」

「まあ、一緒にベランダで煙草でも吸おうと思ってね」

「はぁ」

「ソファにうずくまってないで、こっち来いよ、少年」

「いつも強引なんですから、……もう」

 僕はジッポライターとセブンスターのソフトパックを持って、ベランダへ出た。

 風が心地よかった。



「山茶花少年、きみは仕事、順調に進んでいるか」

「い、いえ、あまり」

「そう言うだろうと思ってたよ」

「ですよね」

「シケたツラしてんじゃないわよ、少年。おっと、悪りぃ、煙草の火貸してくんない?」

「いいですよ」

 僕はジッポを渡そうとしたが、美弥子さんは、首を横に振った。

「違う違う。わかってないねぇ。煙草の火の移し方はこうやるんだよ」

 美弥子さんの顔が僕の顔の正面を見て、近づいてきた。

 美弥子さんは、僕の顔を真っ正面になるよう、両手を伸ばして僕の頭を掴み、ホールドする。

 そして、僕がくわえているセブンスターの紙巻きの先端に、美弥子さんは自分のラッキーストライクを押しつけた。

 押しつけてから、美弥子さんは息を吸い込む。

 すると、美弥子さんの煙草にも火がついた。

 美弥子さんは煙草を一口吸う。

 煙草を指で持ってから空中に紫煙を吐き出すと、煙草を持ってない左手で僕の煙草ひょい、と取り上げる。

 僕がなにか言うその前に、すばやく美弥子さんは僕のくちびるに自分のくちびるを重ねた。

 それから舌で上唇と下唇を舐める。

 舌で僕のくちびるをこじ開けて、口内に美弥子さんの舌が侵入してくる。

 美弥子さんの舌が、僕の舌を求めるようにするので、僕はそれに応え、舌同士を絡み合わせ、深いキスをした。

 長い長い、キスをした。真夜中の、星空の中で。


 どれくらい経っただろう。そんなに時間は経ってないと思う。

 でも、短いとは言え、体感時間は長い、ディープな瞬間だった。

 美弥子さんは、

「はい、おしまい」

 と言いながら顔のホールドを解き、僕から離れた。


 ベランダのコンクリートに落ちたセブンスターとラッキーストライクは、火が消えていた。

 火の消えた二本の煙草を、スリッパをはいた足でもみ消して、美弥子さんは、うっしっし、と笑った。

「くだらないことでは死ぬなよ、少年。帰ってきたらいつでもちゅーしてやるから、さ」

「か、からかわないでくださいよぉ」

「リップサービス、だよ。これが本当の」

「そういう問題じゃないし、リップサービスって洒落、それを今、この余韻のなかで言いますか!」

「言うねぇ、わたしは」

「もう。美弥子さんはこれだから」

「山茶花少年の生存率が上がったぞ。『乙女のキッス』でカエル化が治った気分だろう?」

「意味がわかりません!」

「まあまあ。そう怒るなって。女性とキスするのも、たまにはいいもんだろ」

「たまにはっていうか……いえ、なんでもありません!」

「今度は照れていやがる。ダメだねぇ、山茶花少年。まー、そんなとこが、わたしは好きなんだけどね。君の煮え切らないとこが」

「煮え切らない?」

「押し倒せばよかったじゃねーか、キスしてるときに、さ」

「え、えぇ……。んん? あ、いや、そんな」

「わたしのこと、嫌いか、山茶花少年」

「好きですけど……いや、でも…………」

「あー、あー、もういいから、その優柔不断は。それよりさ」

「なんです、美弥子さん?」

「萩月山茶花が童貞だってうわさ、本当なのかな?」

 思わず硝子戸に頭をぶつけてしまう僕。

 そんなうわさがたっているのか……。いや、知ってはいたけど。

「試して確かめる、なんて言わないでくださいよね」

「あっは。わたしだってそんなにまでは男日照りじゃない、さ」

「…………ですよね」

 ちょっと期待していた自分が嫌になった僕なのだった。





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